159ー7歳
「せいッ!」
――カン! カン! カーン!!
「殿下! まだまだ、甘いですよ!」
「オク! 煩いよ!! せいッ!」
――カーン!!
俺の木剣は、最も簡単にオクソールに叩き落とされた。
「あー、また負けた」
「殿下、力で押しても無理です」
「分かってるけど……ハァハァ」
俺は相変わらず、オクソールのシゴキに耐えている。
俺は7歳になった。多少は大きくなった。
でもオクソールには、全然敵わない。そりゃそうだ。7歳になったと言っても、まだまだ子供だ。
まあ、大人になってもオクソールに敵わないだろうけどな。
なんせ、オクソールは、最強の獅子の獣人だ。
「殿下! 全然駄目ですよ!」
「煩いよ! アースだって、オクには敵わないじゃないか!」
「そりゃそうです! オクソール様に敵う訳ありません」
5歳の時に、友達になったアース・シグフォルスだ。
金髪を短くしていて碧眼の爽やか君だ。
アースはオクソールを崇拝していて、時々見に来ている。
兄が、第1騎士団にいる。本人も騎士団志望だ。
「殿下、そろそろ時間ですよ」
「うん、レイ分かった」
レイリオン・ジェフティ。通称、レイ。
アースと同じで5歳の時に友達になった。
ダークグレーの髪を後ろで一つに纏めて、青紫の瞳の文学少年だ。
今日は、同じ5歳の時に友達になった、ディアーナ・アイスクラーの誕生日だ。
俺が、アイスクラー侯爵家に行く訳にいかないので、皆に城に来てもらってお誕生日を祝う、細やかだが昼食会をする。
だって、俺が城から出るとなったら護衛やら何やらで大変なんだよ。これでも皇子だからね。
「ねえ、プレゼント持ってきた?」
「殿下、まあ一応」
「アース、一応て何だよ」
「レイ、だってさ、何にしたら良いか分かんねーもん」
「レイは持ってきたの?」
「殿下、もちろんです」
「殿下は用意したんですか?」
「うん。一応ね。でも本当に、女の子に何あげていいか分かんないよ」
「ですよねー」
そう、中身55歳のオッサンでも、分からないもんは分からない。
前世での恋愛スキルも大した事ないからな。
「殿下、お部屋に戻りましょう。ニル様が着替えの用意をして待ってますよ」
「リュカ、分かった」
リュカは、この2年で従者としての教育を受けて、無事正式に従者になった。
護衛としても、今度騎士の誓いとやらをするらしい。そうしたら、リュカは護衛としても正式に公の場に出られる。
ただ、リュカは騎士団に入る訳ではなくて、俺の護衛だ。騎士の誓いでは、俺が受けないといけないらしい。何すんのか、全然知らないけどな。
「リリ! 頑張ってるな!」
「テュール兄さま!」
俺の兄の一人、テュール・ド・アーサヘイム。第3皇子だ。
テュールは学園を卒業して、その上のアカデミーに進学した。
アーサヘイム学士院、アーサヘイム帝国の国立アカデミーだ。
テュールが、そのアカデミーの制服でやって来た。
「テュール兄さま! アカデミーはお休みですか?」
「いや、用事があって少し戻ってきただけだ」
アーサヘイム学士院には、5つのアカデミーがある。
騎士アカデミーもその中の一つだ。
卒業後、騎士団へ入団する為のアカデミーだ。
戦略:目標を達成する為の総合的な準備・計画・運用の方策。
作戦:戦略を実現するための計画
戦術:戦略を実現するための計画を達成するための具体的な手段
戦法:戦場での実際の戦い方
などを学ぶそうだ。
各アカデミーには、アカデミーカラーがある。
テュールが通っている騎士アカデミーは、ルビーレッド(宝石のルビーのような濃い紅色)だ。
だから、制服のポイントや、ネクタイ、コートの刺繍等がルビーレッドで統一されている。
制服はダークグレーにルビーレッドのパイピングがしてあって、ネクタイもルビーレッドだ。飾りのラインもルビーレッド。
上着の襟にラインが入っていて、1本なら一年。2本なら二年と言った様にラインの数が学年を表す。
普段は制服の上着の代わりに、同じカラーのローブを着ている生徒も多い。
冬になると、制服と同じ様に、ダークグレーにルビーレッドのパイピングと飾りがあり、アカデミーの紋章がルビーレッドで刺繍されているマントがある。
騎士アカデミーは独自に、ルビーレッドのソードベルトがある。これがまた、カッコいい。
「カッケーな! 騎士アカデミーの制服だ! 俺も行くんだ!」
「アースは、アカデミーに進学希望だったな」
「ああ、レイ。目指せ騎士アカデミー! 目指せ騎士団!」
「ハハハ、頑張れ」
「はい! テュール殿下、有難う御座います!」
この2年で、アースもレイも俺の兄達とは顔見知りになった。二人も慣れたのか、皇子と言ってもそう緊張する事もなくなった。良い事だ。
何より、二人の侯爵家は皇子に取り入ろうとはしない。
息子の友達として、対等に見てくれる。
その事が俺はとても助かっている。
「レイもアカデミーに行くんだろ?」
「ええ、殿下。目指してますよ。僕は、学術アカデミーだな」
レイの言っている、学術アカデミーとは。
史学科、考古学科、地質学科、哲学科、政治学科等、学問全般に研究する事を目的にしたアカデミーだ。
それぞれが専攻を決め、各科に分かれる。
5つあるアカデミーの中で、1番規模が大きい。
アカデミーのカラーは、ロイヤルブルー(濃い紫みの青)だ。
実は、レイは俺の側近にどうかと言う話も出ていた。
しかし、レイの親であるジェフティ侯爵は……
「然るべき家系の、然るべき教育を受けた者が、側近になるのが当然」
と、言って断っている。
俺は、この家系の二人でなかったら、友達にはなれなかったかも知れない。
「リリ殿下はどうすんの?」
「ボク? ボクは、魔術アカデミーかな」
アカデミーカラーは、jet black(漆黒)だ。
卒業後、魔術師団へ入団する為のアカデミーだ。
魔術研究科、魔道具科、錬金術科等、魔術全般に関するアカデミー。
まあ、別に魔術師団に入りたい訳じゃないんだけど。医学に関するアカデミーがないんだよ。ただ、魔術研究科と錬金術科で学ぶ機会がある。
あとは、芸術アカデミーと、建築アカデミーだ。
「なんで医学のアカデミーがないのかなぁ」
「ハハハ、リリはそうだろうね」
「兄上、時間がありませんよ!」
「あ! フォルセ兄さま!」
俺は、やってきたフォルセに向かって手を振る。相変わらず、妖精さんの様に可愛い。
「リリ! 同じ城にいるのに、なかなか会わないね」
「はい、兄さま。学園はお休みですか?」
「リリは休みばかり聞くな」
「テュール兄さま、だっていつもいないから」
「リリ、残念ながら違うんだ。ほら、フィオン姉上の婚姻の時の衣装だよ」
「ああ、昨日ボクも選びました」
「あれ、母上達が張り切っているからな」
「テュール兄さま、本当困ります」
「二人共、仕方ないよ」
「じゃ、リリ行くよ」
「リリ、じゃあね」
「はい、兄さま」
テュールとフォルセは慌てた様子で城に入って行った。
2年前に、フィオンと、辺境伯次男のアルコースとの婚約が正式に発表された。
やっと、今年婚姻だ。母達は、その婚姻式典の為の衣装選びにかなり張り切っている。
因みにアルコースの兄の、アスラールは去年さっさと領地で婚姻している。