137ー雰囲気読んで
「殿下、さあお食事です! 今夜はステーキです!」
「おー! シェフ張り切ってるね!」
俺は食堂にいる。
目の前にステーキがドドンッと出てきた。
「はい! 明日は領主隊と対戦ですからね!」
あ、なーる。力をつけなきゃ、て事ね。
ま、俺は出ないけど。
「いただきまーす!……んん〜! 柔らかーい。シェフおいしいよ!」
「有難うございます!」
「殿下、沢山食べて下さい。今日はおやつ食べなかったのですから」
「うん、そうなんだよ。だからお腹すいちゃった」
「ああ、おやつの時間に、リリは寝ていたからね」
「兄さま、今なんか悪意を感じました」
「リリ! 兄さまがリリに悪意なんてある訳ないじゃないか!」
「はい、そうでした。兄さま、いつもありがとうございます」
ステーキを切る手を止めて、ニコッとしながら言った。
「おや、どうしたんだい?」
「いえ……そう思ったんです」
「そうかい?」
「まあ、またお兄様。リリを独り占めしたら駄目ですわよ」
「フィオン、お前は本当にその考え方やめなさい」
「お兄様、何がですか?」
「兄弟で、独り占めも何もないだろう?」
「だって、お兄様は狡いですから」
「ハハハ、フィオン様は本当にリリアス殿下がお好きなんですね」
「辺境伯、当然ですわ。リリは末っ子ですしね」
「ああ、そうでした。リリアス殿下は1番下でしたな」
「はい」
「なのに、我々大人が情けない……」
「アラ殿、これからなのでしょう?」
「殿下、何でしょう?」
「父さまと約束してませんでしたっけ? これから、領地の為に頑張るぞ! みたいな? ボク、殆ど寝てたからあんまり覚えてないけど」
「殿下、そうですね。これから、より一層頑張りますよ。陛下のお気持ちに報いることができるよう」
「うん。アラ殿なら大丈夫!」
「殿下、有難うございます」
夕食を食べて、応接室にいる。
クーファルと、アラウィンとアスラールが一緒だ。
何をしているかと言うとだな。
ユキがまだ厨房から戻って来ないんだよ。
「殿下、りんごジュースです」
「ニル、ありがとう。ユキどんだけ食べてんの? ボクもうそろそろ眠いんだけどな」
「リリ、もう少し待てるかな?」
「兄さま? 何ですか?」
「うん。もうそろそろだよ」
そうクーファルが言ってた時だ。
――コンコン
「あ……!」
フィオンとアルコースに支えられながら、辺境伯夫人が入ってきた。
「歩いて大丈夫なのですか!?」
目が覚めたぜ。思わず走り寄ってしまったよ。
「リリアス殿下、大丈夫です。有難うございます」
「早く、姉さま。ソファーへ!」
「リリ、大丈夫よ」
ゆっくりだが、足取りはしっかりしている。顔色も悪くない。良かった。元気そうだ。
「リリアス殿下、お帰りになられる前に、ちゃんとお礼を申し上げたくて。本当に殿下、有難うございました。
今日は、ケイアに会って下さったと聞きました」
「そんな、ボクは別に大した事はしてません。それに、ケイアにはボクが会いたかったのです」
夫人が、微笑んだ。
「殿下、失礼は承知ですが。一つ私のお願いをきいて頂けませんか?」
「なんですか?」
「殿下、抱き締めさせて頂けませんか?」
「ボクをですか? それくらい、いつでも」
夫人が両手を出した。
俺はゆっくりと、怪我に障らない様に夫人の腕の中に入っていく。
ふんわりと抱き締められた。良かった。暖かい。
「殿下、私がベッドでお話した事を覚えて下さってますか?」
夫人が声を抑えて話す。
『どうか、殿下。まだ子供でいて下さい。
慌てて大人になる必要はありません。
笑って元気な子供でいて下さいね』
夫人がまだベッドにいる時に、言われた言葉だ。
「うん。覚えてます」
「なのに……また殿下に大人の役目をさせてしまいました。申し訳ありません」
「そんな事はないです、大丈夫です」
「私はお母様ではありませんが、殿下を抱きしめる事はできます」
おいおい。やめてくれ。
5歳児の涙腺はまだ弱いからさ。
「殿下……」
「うん……グシュ。大丈夫。ありがとう」
俺の後ろから、夫人ごとフワッと抱き締められた。フィオンだ。
「リリ、アリンナ様……」
「姉さま……ヒック」
今度は横からガシッときたぞ。
「フィオン様、殿下。もう二度とこの様な事はありません! 我ら一家で、しっかり守っていきます!」
アルコースだ……ちょっと、テンションが違う。お陰で涙が引っ込んだわ。
「アルコース殿、ダメダメです」
「え? え? リリアス殿下?」
「姉さま、離して下さい」
「リリ?」
フィオンとアルコースが離れた。
でも、俺はまだ夫人にくっついてるよ。
「アルコース殿、こう言う時はもっと、そぉ〜っとふわぁ〜っとです。
ガシッ! は駄目。もう、雰囲気分かってないですよ?」
「えっ? 殿下?」
「それに、もっと優しく言わないと!」
俺は夫人から離れて、短い人差し指を立てて、ダメダメと横に振りながら言った。
「アハハハ、リリそうだね」
「はい、兄さま。もう、アルコース殿。雰囲気は大事ですよ?」
「はい、殿下。気をつけます?」
「アハハハ。リリの方が大人じゃないか!?」
「アルコース殿、まだまだですね。そんなんじゃ、姉さまを任せられませんよ?」
「リリ、止めて」
「え!? リリアス殿下、駄目ですか? それは困ります!」
「アルコース殿、何を言ってるんですか!?」
あらあら、フィオンは真っ赤だぜ。
「ふふふ。クーファル殿下、フィオン様、リリアス殿下。心から感謝致します。有難うございます」
夫人が座ったままだが、頭を下げた。
俺はもう一度、そうっと夫人に抱き着いた。へへへ、役得だ。