136ー待ってる。
「リリ、戻ろう」
「兄さま、もう少し。お願いです」
「リリ……」
俺はもう一度、ケイアに向かい話しかける。
ゆっくりと、出来るだけ穏やかに。
「ケイア、元気になるんだよ。元気になって、またボクと話そう。ゆっくりでいい。ケイアの幸せを探そう。
ケイア、待ってるからね。
ボクは忘れないよ。
約束だよ……ケイア」
「……ゔッ…うぅッ……」
ケイアの目から涙がボロボロ流れる。
泣ける心が残っているんだ。
ちゃんと俺を見ている。
入ってきた時に見た、何も捉えていない目じゃない。
「ケイア、約束だ。元気になって、話せる様になったらまた話そう。
覚えているからね。
ケイア、ボクは待ってるからね」
「……は…い……はい」
「ケイア。よく堪えてくれた。ありがとう」
「……あ、あ……あり…がとう…ござ……」
俺は何度もケイアに頷いた。
充分だ。ケイア、通じたよな?
「リリ、行こう。オクソール」
「はい」
俺はまたオクソールに抱っこされた。
「ケイア、約束だよ。
待ってるからね。
元気になるんだよ」
俺は、オクソールに連れて行かれながらも、声をかけた。
クーファルの部屋に戻ってきた。
オクソールにソファーに座らせてもらうと、クーファルが抱き締めてきた。
「リリ……君は本当に……」
「兄さま?」
「ケイアが謝罪の言葉を口にしたのは、さっきが初めてだ。こちらを見て、話す意思を示した事自体、今までなかったんだよ」
「兄さま、そうなのですか?」
「ああ。だが、リリが泣く必要はない。
兄さまは、リリが泣くのは見ていられない」
「兄さま、もしも……もしも、同情ではなく、ちゃんとケイアの心に寄り添ってくれる人が一人でもいれば、違ったはずです。
その機会を無くしたのが、アラ殿なのかも、アラ殿のお母上なのかも知れません。
ルーが言っていた様に、もっと早くにハッキリと拒絶しなければならなかったのです。
拒絶されたら、その時は苦しいでしょう。でも、早い方が傷は浅くてすみます。
やり直すチャンスが、今よりはあったでしょう?取り返しがつかなくなってからでは、苦しみも傷も深くなります。
ケイアは自分で自分を傷つけていたんだ。心が耐えれなくなって、壊れていたんだ。
ケイアも、ある意味被害者なんです。誰もケイアの幸せを、奪う権利なんかないんだ。
兄さま、帝都に行ったらケイアはどうなるのですか?」
「然るべき施設に入る事になる」
「然るべき施設?」
「ああ。普通ではないからね。カウンセリングを受けて、専門の治療をするんだ。それから罪を償う事になるだろうね」
「そうですか。よかった」
この世界にカウンセリングがあって良かった。治療できるんだ。
後はケイア次第だ。どうか、頑張ってくれ。元気になってくれ。
子供の頃に両親を亡くして、このまま牢の中で人生を終えるなんて寂しすぎるじゃないか。幸せになってくれ。俺はそう願うよ。
「リリ、もう泣かないでくれないか?」
「兄さま、……ヒグッ。ありがとうございました。ヒック……ケイアに会わせてくれて……ありがとうございます」
「ああ、ああ。もう分かった。リリ、泣かないで」
「兄さま……ヒック」
はい、お決まりです!
俺はまた、泣きながら寝てしまいました。
昼寝したのに、どんだけ寝るんだよ。
目が覚めたら、自分の部屋のベッドだったよ。オクソール、いつも悪いね。
「殿下、大丈夫ですか?」
「うん。ニル、ごめんね」
話しながらソファーに座る。
「何でしょう?」
「また心配かけたでしょ?」
「それがニルの役目ですから」
「ニル、ごめんなさい」
「殿下、謝らないで下さい。さあ、りんごジュースをご用意しましょう」
「うん、ありがとう」
「ニル、我も欲しいぞ」
「はいはい」
あー、ニルは本当にいい子だわ。おっさんは感謝してるよ? マジでさ。いつもありがとう。
「殿下、もうすぐ夕食ですが、食べられますか?」
「うん。食べるよ。おやつ食べてないから、お腹すいちゃった」
「まあ、そうですか」
「我もおやつ食べてないぞ」
「ユキ……」
「リリ、なんだ?」
「ユキ、本当食べてばっかだね」
「……!!」
そんなガーン! て顔するなよ。
まあ、豹だから表情は変わらないんだけどな。
なんとなくだ、なんとなく。
――コンコン
「ハイクです。宜しいでしょうか?」
ん? アラウィンの側近か? なんだ?
「殿下?」
「うん、入ってもらって」
ニルがドアを開ける。
「失礼致します。殿下、有難うございました」
ハイクが深々と頭を下げた。
「ハイク、何?」
「ケイアの事です。会って下さったと聞きました」
「ああ、うん」
「有難うございました」
んー、何だろうなー。
ちょっと釘さしとくか。
「ハイクはケイアをどう思ってんの?」
「殿下……」
「幼なじみて、言ってたっけ?」
「はい」
「で? それだけ?」
「ケイアはずっと一緒に育ったので、妹みたいな感じでしょうか」
「そっか。じゃあ、そのスタンスをハッキリしてあげてね。
もう分かってるよね? 余計な期待をさせたら駄目だからね。それは余計にケイアを苦しめる事になるんだよ」
俺は、ハイクの目をしっかりと見て言った。
「殿下……」
「弱ってる時はすがりたくなるんだよ。そこで同情かなんか知らないけど、優しくされると勘違いする人もいるんだ。
だから、妹なら妹だとハッキリしてあげて。その上で、気に掛けるなら、そのスタンスで心配してあげて。手助けしてあげて」
「殿下、分かりました」
「自己満足は駄目だからね」
「殿下……」
「ハイクは奥さんいるんでしょ?」
「はい。おります」
「なら、中途半端なのは奥さんもケイアも傷付けるからね」
「はい……」
大の大人が、下を向いてどんどん泣きそうな顔になっていく。
奥さんに何か言われたか? まあ、いいや。
「殿下、5歳児の言う事ではないですよ」
「え、ニル。そう?」
「はい。まるでおじさんです」
「げッ……!」
「フフフ、可愛いおじさんですね」
「ニル! 酷いー!」
「フフフ」
まあ、中身はおっさんなんだけどな。
ハイクが顔をあげた。
「有難うございます。殿下のお言葉を肝に銘じます」
「あー、ハイク。偉そうな事言ってごめんなさい」
「いえ、何を仰います。正論です。私の方が大人なのに、恥ずかしいです」
そうだよ、本当だよ。
まあ、俺も甘いけどさ。
「ケイアは治療してもらえるそうだから、大丈夫だよ」
「はい、殿下」
「殿下、そろそろ食堂へ参りましょう」
「うん。じゃあ、ハイク」
「はい、お邪魔して申し訳ありませんでした。有難うございました」
さあ、夕飯だ! お腹すいたぜ。