135ー地下牢
「……んん〜……」
お昼寝してたんだよ。お昼寝は大事。
ベッドの中で伸びをする。
「殿下、お目覚めですか?」
「うん、ニル」
「また、楽しそうでしたね」
「え? ずっと見てたの?」
俺はベッドから下りる。
ユキは大きいまま、ベッドの横で寝ていた。
「はい、フィオン様と見てました。りんごジュースどうぞ」
「ありがとう……」
「殿下が真ん中で、旗を振りながらぴょんぴょん跳ねてらして可愛いと」
「あー……また見るとこが間違ってる」
「楽しそうでしたね」
「うん! 楽しかった。ユキ、凄かったね」
「はい、驚きました」
「ねー。さすが神獣だよねー」
「はい。やっと領主隊のメンバーが、決まったみたいですよ」
「本当、もう本番みたいだよね。盛り上がってるし」
「ええ。邸の者が皆見てましたね」
「そうなんだ。でも、ボクこう言うの好き」
「はい」
「いいよね。なんか団結力が増す感じでさ」
「でも、騎士団が負け知らずなのは、凄いですね」
「うん。本当、本当」
――コンコン
「殿下、起きておられますか?」
クーファルの側近、ソールだ。
「うん、起きてるよ」
「失礼致します。クーファル殿下がお呼びです」
「分かった」
俺は、ニルとユキを連れてソールの後を歩く。
「殿下、楽しそうでしたね」
「え? ソールも見てたの?」
「はい。クーファル殿下と」
「楽しかったよ〜」
「ぴょんぴょん跳ねてらして。クフフフ」
「何だよー」
「いえ、本当にお可愛らしいと」
「やめて、ソール」
「どうしてですか?」
「だからね、ボクは男の子。可愛いは、だめ」
「駄目ですか。クフッ」
「だめだよー。兄さまなんて、いつもカッコいいもん」
「でも殿下、可愛いと言われるのは今のうちだけですよ?」
「あー、そうだね。でもダメ」
「クフフフ」
クーファルの部屋に着いた。
「殿下、お連れしました」
「リリ、よく寝たかな?」
「はい、兄さま。兄さま何か御用ですか?」
「ああ、うん。楽しかった後に、言いにくいんだけど」
「兄さま、何ですか?」
「もう、城に帰るだろう? ケイアに会っておくかい?」
会えるのか!? もう、諦めていたのに。
「兄さま、いいのですか!?」
「でも、リリ。条件がある」
「兄さま。何ですか?」
「兄さまと一緒だ。それと、牢の外から見るだけだ」
「兄さま……それは、話せる状態じゃない、て事ですか?」
「ああ、そうだ」
そうなのか……一体どんな状態なんだ?
「やっとね、狂った様に喚き散らしていたのは落ち着いて、大人しくなったんだ。会話は出来ないけどね。
だから、兄さまと一緒に牢の外から見るだけだ。それでも、良いかい?」
「はい、兄さま。会いたいです」
どんな状態でも、このまま会えないより良いさ。
「分かった。じゃあ、今から行こう」
「はい、兄さま」
俺はクーファルに連れられて、邸の地下にある牢に向かう。
ニルとユキは先に部屋に戻ってもらった。
ニルには見せたくない。て、俺より先に見てるかも知れないけどな。
邸の裏側の方へ向かうと、牢のある地下に下りる階段があった。
こんな裏側に、階段があったんだ。
オクソールとリュカが待っていた。
「殿下、抱っこしましょう」
「オク、ありがとう」
オクに抱っこされて、階段を下りて行く。
どんどん暗く湿っぽく重苦しい感じになって行く。
壁や天井は岩肌が剥き出しになっている。
等間隔に、光る魔石が設置されているから、歩くのには支障がないが、それでも暗い。
転移門も地下だけど、空気が全然違う。
それに、階段自体が違う。
わざわざ階段を離して、分けてあるんだ。正に光と闇て感じだな。
「リリ、良いかい。見るだけだよ。兄さまが駄目だと思ったら、直ぐに引き返すからね」
「はい、兄さま」
突き当たりの扉をソールが開けると、一層空気が変わった。
ゴツゴツとした、岩肌が丸出しの空間に、鉄格子の部屋が並んでいる。
中には小さいベッドが一つ。
扉は勿論鍵付きの、鉄格子だ。
「この奥だよ」
俺はオクソールに抱っこされたまま、クーファルの後ろを行く。
俺は、ケイアもある意味被害者だと思っている。確かに罪は犯したが、前世で言う情状酌量があっても良いだろうと思っている。いくら甘いと言われようがだ。俺はそう思う。他の考えもあって当然だ。
だが、俺はまだ子供だ。俺にはどうする力もない。俺だけの意見で、どうなるものでもない。
それに、ここは法治国家の日本じゃない。
異世界だ。皇帝が治める国だ。
現代日本より、命の価値は軽い。
そして、簡単に失われる。奪われる。
牢が並んでいる1番奥に、ケイアはいた。
簡易の様なベッドに腰掛けていた。
静かだ。目が何も捉えていない。
「兄さま……」
「昨日からずっとあのままだ」
「食べてますか?」
「ああ、少しだけど食事はとっている」
「そうですか。話しかけてみたら駄目ですか?」
「名前を呼んでみるかい?」
「はい。オク、下ろして」
オクソールに下ろしてもらい、牢に近づく。
俺は出来るだけ優しく静かに名前を呼んだ。
「ケイア……」
ケイアがピクッと反応した。
「ケイア、ちゃんと食べてる? 寒くない?」
俺がそう話しかけると、ケイアはゆっくりとこちらを向いた。
「ケイア」
「…………」
やっぱ話せないか……
「ご……」
「ん? 何? ケイア、言いたい事があるなら、何でも言って」
ケイアは、掠れた小さな声で呟いた。
目はちゃんと、俺を見ている。
「……ご……ごめん……なさい……」
ケイアの目から涙がこぼれた。
ポロポロと……瞬きもしないで、ただ涙を流していた。
「……ごめんなさい……わ、わたし……酷い事……を……」
大丈夫だ。現実を分かっているんだ。
気持ちが少しでも聞けて良かった。
「ケイア、ちゃんと治療しよう。身体も心も元気になるように、治療しよう」
「……ごめ……」
「大丈夫。まだケイアは生きている。まだ幸せになれるんだ。やり直せるんだよ!」
「……しあわせ……ご…めんな……」
「ケイア……」
「リリ」
クーファルに呼ばれて気が付いた。
また俺は泣いていたんだ。
くそ、5歳児。弱っちい。