112ー何もしない事が罪
翌日、ケイアが今まで辺境伯一家に、特にアラウィンに隠れてしていた事実が詳らかになった。
皆、我慢していたのであろう。
邸内の使用人や、薬師達、さらには領主隊からも報告が上がったらしい。
やはり、薬師達が1番多かった。
自分の道具を壊された。薬草を独り占めする。研究室を私物化している。研究なんてしていない、いつも訳の分からない本を読んで寝ている等から、仕事なんかしていない。全部自分達がやっていたと。全否定だ。
使用人からは、夫人への嫌がらせが上がってきた。
本当は自分が婚姻する筈だった。アラウィンが愛しているのは、自分だ。早く出て行け。
そんな嫌がらせから始まって、最近では妄想も入っていたらしい。
クーファルは自分を迎えに来てくれた。
アラウィンとクーファルが自分を取り合っている。
自分は皇子妃になるんだ。等、呆れてしまう内容だった。
薬師達も使用人達も、辺境伯の血縁者だからと我慢していた様だ。
それでも、使用人達は皆夫人とケイアを会わせない様にして守ろうとしていたそうだ。
夫人とアスラール、アルコースは気付いていた。
夫人は嫌がらせをされていたのだから、当然だろう。
それを頑なにアラウィンに隠した。俺には理解できない。
アラウィンも気付いていただろうに。
もっと早く対処していれば、こんな最悪の状態になるまでになんとか出来ただろうに。
そして、その日の夕食後。
「クーファル殿下、フィオン様、リリアス殿下。少し応接室の方へ、お願い出来ますでしょうか?」
きたよ。とうとうきたな。
皆で、応接室へ向かう。
「此度は、大変なご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした。また、お心遣いいただき有難うございました」
アラウィン、アスラール、アルコース、そして側近のハイク、領主隊隊長のウル。
皆で頭を下げられた。
「心は決まったと、思って良いのか?」
「はい、クーファル殿下」
「そうか。では、話を聞こうか」
クーファル、こんな時は本当に立派な皇子だな。カッコいいぜ。
アラウィンが静かに話し出した。
「私は……ケイアに、どんなに振り回されても、守らなければと思って参りました。可哀想な子だからと。叔父の忘れ形見だからと。それが間違っておりました」
アラウィンは話を続けた。
あれから、まだベッドにいる夫人をまじえて話し合ったそうだ。
アラウィンの知らなかった事を、全て聞いたらしい。てか、アラウィン。それは駄目だろうと俺は思うぜ?
アラウィンの家族だけでなく、この邸で仕えてくれている皆にも、どれ程迷惑をかけていたか。夫人が傷付くまで、気付けなかった。アラウィンは、家族に背負わせて、一人何もしようとしなかったと後悔の気持ちを語った。しかしだな。
領地経営が、魔物討伐がと、逃げていたのだと言った。そして……
ルーが言っていた様に、全てアラウィンの責任だと。
ケイアは罪を犯した。罰を受けて当然だ。しかし、アラウィンも罰を受けなければならないと話す。ケイアに対して、もっと毅然とした態度で接しなければならなかったと。
「どうか、私も処分して頂けますよう。クーファル殿下、お願い致します」
そう言って、アラウィンは跪いた。
かわいそうだと思う事自体は悪くない。しかしだな……
「そうか。分かった。ルー様、お願いします」
ポンッ! と言ういつもの現れ方ではなく、大きな光がブワンと現れた。
そして、その光が消えた後には……
「父さま!!」
俺は思わず、駆け寄って抱きついていた。
帝都の城にいる筈の父がルーを肩に乗せて立っていた。
「リリ、元気にしている様で良かった」
俺は父に抱き上げられた。
「父さま! なんで!?」
「ルー様に連れて来てもらったんだよ。リリ、よく頑張ったね。クーファル、フィオン、お前たちもだ。有難う」
「父上、夫人が傷付けられてしまいました。申し訳ありません」
「父上、私も力が及ばず申し訳ありません」
クーファルとフィオンが父に頭を下げる。
「いや、充分だ。クーファル、よくリリを守ってくれた。
フィオン、夫人を助けてくれて有難う。お前達に怪我がなくて良かったよ」
あ……俺、ヤバイ……
「ゔッ……ヒグッ……父さま。ボクは……ヒック……何もできませんでした。申し訳ありません……ヒグッ」
頑張れよ、泣くなよ、5歳の俺!
「リリ、何を言うんだい。良いんだ。充分なんだ。泣かないでくれないか?」
「父さま……うぇ……ヒグッ」
俺は父の首に両手を回してしがみ付いた。
父は、優しく俺の背中を撫でてくれている。
「リリ、言ったろう? あれはもう駄目だったんだ。手遅れだったんだよ」
ルーが、父の肩から俺の肩にピョンと移ってきた。
「ルー、全部分かってたんだね?」
「ああ、すまないな。でも、言ってもリリは納得できないだろう?」
「ルー……」
父は俺を座らせて、俺の横に座った。俺が父に身をすり寄せると、肩を抱いてくれる。
5歳の俺、めちゃ甘えん坊だ。
「アラ、助けが遅くなってすまなかった。夫人の怪我はどうだい?」
「陛下……! 申し訳ありません! 有難うございます!」
アラウィンは膝を付いたまま、ガバッと頭を下げた。
「アラ、よしてくれ。今は公式の場ではない。オージンでいい」
「いえ、私は自分が恥ずかしい」
「ハハハ、そうだな。私も息子達に助けられているから、偉そうな事は言えないが。アラ、無責任だったね。しかし、良く出来た奥方に、立派な息子達だ」
「ルー様の仰った通りだった。私は、私だけ何もしなかった。妻が、息子達が、皆が、必死で我慢してくれているのに気付けなかった。領主失格だ。いや、夫として父として失格だ。陛下、私を罰して下さい。お願い致します」
アラウィンはまた頭を下げる。
「アラ、君は何も罪を犯していない。強いて言うなら、何もしなかった事が罪か」
「陛下……」
「私も、呑気だと息子達に言われるよ。まあ、そう言う事だ。ケイアは帝都で罰する事になる。クーファル、騎士団と一緒に帝都まで護送しておくれ」
「はい、父上」
「陛下……」
「そうだな……じゃあ、私の可愛い子供達を、帰りも城まで護衛してくれるかい?」
「それは! もちろんです! 領地のために来て頂いたのですから!」
領主隊隊長のウルも、頷いている。