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110/442

110ー子供でいて。

「リリアス殿下をお連れしました」

「入って頂きなさい」


 アラウィンの声だ。

 中にはアラウィンだけでなく、アスラール、アルコースも夫人のベッドの側にいた。

 俺はリュカを連れて部屋に入る。


「殿下、大変ご迷惑をお掛けして申し訳ございません」


 アラウィンがそう言って頭を下げる。

 アスラールもアルコースも、一緒に頭を下げていた。


「アラ殿、やめて下さい。ボクは何も迷惑なんて……」

「いいえ、お心を掛けて頂き感謝致しております」

「アラ殿。本当にボクは何も。アリンナ様のお身体はどうですか?」

「有難うございます。殿下がハイヒールを掛けて下さったお陰で、大事には至りませんでした」

「良かったです」

「殿下、お話して頂いても宜しいでしょうか?」

「うん、もちろんです」


 アラウィンに即され、夫人の側に行く。

 まだ顔色が悪い。思った以上に血を流していたのだろう。話しても大丈夫なのか?

 そう思っていると、夫人が手を差し出してきた。


「アリンナ様、大丈夫ですか? まだ顔色が悪いです」


 そう声を掛けながら、俺は夫人の手を握った。


「殿下、申し訳ありません。大人の嫌なところを、お見せしてしまいました」


 夫人の手が冷たい。

 最初に手を繋ぎ、邸に案内してもらった時はあんなに温かかったのに。


「そんな事ありません。アリンナ様はご立派です」

「まあ……殿下有難うございます。殿下、どうかご自分を責めたりなさらないで下さいませね」

「アリンナ様……」

「殿下は何も悪くありません。悪いのは、不甲斐ない私達なのですから」

「そんな事ありません」

「……どうか、殿下。まだ子供でいらして下さい。慌てて大人になる必要はありません。笑って元気な子供でいらして下さいね」

「はい……」

「私も頑張って早く元気になります。そしたらまた笑顔を見せて下さい。一緒に街にお出かけしましょう」

「はい」

「後はクーファル殿下と主人が片付けてくれます。殿下はもうお気になさいませんよう」

「分かりました。早く元気になって下さい」


 俺は笑顔を貼り付けた。


「はい、殿下。有難うございます」


 俺は夫人の部屋を出た。


「殿下、有難うございました」

「アラ殿、ケイアはどうしてますか?」

「それが……」

「アラ殿?」

「人を傷付けてしまったので、牢屋に入っているのですが……」


 そりゃそうだろ。当然じゃないか。


「狂った様に喚き散らしております」

「えっ……!」

「暫くハイクが宥めていたのですが、何も耳に入らない様で」

「今も変わりないのですか?」

「はい。殺してやると……」

「そうですか」

「殿下?」

「アラ殿は、アリンナ様に付いて差し上げてください。一番の被害者はアリンナ様なのですから」

「はい、殿下」


 アラウィンが、頭を下げて戻って行った。

 俺は部屋を出て少し早足に廊下を歩く。


「殿下?」

「リュカ、兄さまは?」

「お部屋ではないでしょうか?」

「そう。行ってみる」

「殿下、どうするおつもりですか!?」

「分かんない」

「じゃあ、部屋に戻りましょう」

「いや、兄さまに会いに行く」

「殿下!」


 なんだよ、リュカ。腹が立つんだよ! 分かんないんだ!

 俺は自分の気持ちが分からないままクーファルの部屋に向かった。



「兄さま、いらっしゃいますか?」

「ああ、リリ。入りなさい」

「兄さま!」

「どうした?」

「兄さま! ケイアの事を聞きました」

「そうか。それで? リリは何もする必要はないよ」

「兄さま!」

「リリ、落ち着きなさい」

「でも、兄さま!」

「リリは何に腹を立てているんだい?」

「ボクは……ケイアに……」

「どうして?」

「だって兄さま! 間違ってます! アリンナ様は何も悪くないです!」

「そうだね」

「なのに……! ケイアが使ったナイフは、仕事の道具でした。大事な道具をあんな事に使うなんて! みんなに守られているのに、夫人にあんな事を!」

「リリ、だから?」

「兄さま! だから……だからボクは……!!」

「リリ……」


 クーファルに抱き締められ、背中をトントンされた。

 ああ、俺はまた泣いていたのか……


「ヒグッ……ゔっ、グシュ……」

「リリ、リリが泣く必要はない。リリが悲しむ事もない。いいかい? これは辺境伯の問題なんだ。そして、どんな理由があろうとケイアは罪を犯した。人を傷付けたんだ。分かるね?」

「……ヒグッ……はい、兄さま」

「リリは気持ちを掛けすぎる。それで自分の心を痛めてはいけない」

「兄さま……グシュ……」

「最初から話そうか。リリ、座りなさい」

「はい、兄さま」


 クーファルはソファーに俺を座らせ、隣りに座った。クーファルが手を握っていてくれる。


「父上がね、以前から辺境伯に話だけは聞いていたらしい。

 それに、フレイ兄上とアスラールは学友だ。話を聞いて、心配していらした」

「兄さま、そうなのですか?」

「ああ。父上がケイアの事を知ったきっかけは父上と辺境伯の卒業式らしい」

「そんなに前なのですか!?」


 そんなに前からなのに、何も手をうたなかったのか?


「みたいだね。リリは学園の卒業パーティーの事を知っているかい?」

「はい。フィオン姉さまが、着ていくドレスに迷って大騒ぎをしていたので」

「そうか。そのパーティーではパートナーをエスコートするんだ。貴族は大抵婚約者がいるからね。皆、婚約者を連れてパーティーに出席する。父上も辺境伯も、勿論婚約者をエスコートする予定だった。その時に領地から持ってこられた夫人が着る筈だったドレスが切り裂かれていたんだ。母上がドレスをお貸しして、パーティーに出られたそうだ」

「ドレスをですか? まさか、それを?」

「ああ、ケイアがやった事だ」

「どうしてケイアだと分かったのですか?」

「ドレスを入れてあった衣装箱に、メモが入れてあったんだ。アラウィンと婚姻するのは自分だ。パーティーで婚約破棄されるがいい。とね」

「気が狂ってる……」

「兄さまもそう思うよ。先にリリに話しておけば良かったね。すまない」


 マジかよ。俺だけ知らなかったのかよ。言っておいてくれよなぁ。


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