109ーフィオンの励まし。
「何すんのよ! 離して! 離しなさいよ!!」
アルコースがケイアを拘束していく。兵がケイアを連行していった。
「フィオン様、無茶はしないで下さい」
「アルコース殿、有難う」
「フィオン様! お怪我は!?」
「夫人、手当してもらいましょう」
「フィオン様……有難う……有難う御座います」
フィオンに礼を言う夫人の目から涙がこぼれ落ちた。
「レピオス、いるか?」
「はい! クーファル殿下」
「夫人を頼む」
「はい!」
レピオスが中に入っていく。
夫人は怪我をしていたのか?
その時、夫人が崩れる様に倒れた。
「母上!」
アルコースが叫ぶ。
近寄っていたレピオスが、咄嗟に夫人を抱きとめた。
「リリアス殿下!」
レピオスが俺を呼ぶ。ビックリしたぜ。何だ? 俺か?
「レピオス、どうしたの?」
「夫人にハイヒールを!」
ハイヒールだと!?
見ると夫人の脇腹から、血が流れていた。ドレスに隠れた床には小さな血溜まりができていた。
「そんな!! 酷い!」
『ハイヒール』
ブワンと光が夫人を包み、傷を癒やしていく。
「殿下、有難うございます」
「レピオス、大丈夫なの?」
「はい。血を流されてますから、後は時間をかけて薬湯で治す方が良いでしょう。アルコース様、ご夫人をベッドに」
「はい。有難うございます」
夫人の侍女らしき女性が駆け寄っていった。
「姉さま、気付いていたのですか?」
「リリ、夫人の怪我かしら?」
「はい。ボクは全然分かりませんでした。」
「ドレスで隠していらしたのよ。こうなっても、まだ助けたかったのでしょうね」
「そうだね。でも、ここ迄くると、もう駄目だね」
「兄さま」
「もう、守る意味がない。守っても増長して、どんどん悪くなるだけだ」
「兄さま……」
「あとは、兄さまの仕事だよ。二人共、戻りなさい」
「兄さま」
「リリ、戻りなさい」
「さぁ、リリ。行きましょう」
「姉さま……」
俺は、オクソールとリュカに連れられて、部屋に戻ってきた。
フィオンが俺の肩を抱いてくれている。
「フィオン様、お怪我はありませんか?」
「ニル、有難う。大丈夫よ。温かい紅茶を頂けるかしら?」
「はい、畏まりました」
ニルがフィオンに紅茶を、俺にはりんごジュースを出してくれた。
いつの間にか小さくなっていたユキは、ニルの姉に撫でられながら、りんごジュースをもらっている。
「姉さま、無理矢理部屋に入ったのは……」
「夫人の命が危ないと思ったのよ。少し強引だったけど、他に思いつかなかったの。ごめんなさいね」
「どうして、姉さまが謝るのですか? 姉さまはアリンナ様を助けました」
「でも、リリはケイアも助けたかったのでしょう?」
「姉さま……ボクは分かりません」
「リリ?」
「ボクはケイアの事情をよく知らないので。どうして、あんなに辺境伯や夫人がケイアを庇うのか、理解できませんでした。だから、ボクはケイアの問題を、後回しにして避けていたのかも知れません」
「リリ、何もかも全て円満にはいかない事も沢山あるわ」
「でも……姉さま。ケイアはケイアで苦しいのかと思ったのです」
「そうかも知れないわね。でも、ケイア以上に夫人は苦しかったのではないかしら?」
「はい……」
「私達が駆けつけた時には、もうケイアは夫人を傷付けていたわ。それはどんな理由があっても、してはいけない事よ。リリもよく分かっているでしょう?」
「はい……」
「リリ、仕方ないのよ。もう問題が拗れすぎていたわ」
「姉さま、ボクが調査にケイアを連れて行かなければ……」
「リリ、それは違うわ。もう遅すぎたのよ。それにね、後は辺境伯一家の問題だわ。リリのせいじゃないのよ。分かるわね?」
「はい……姉さま」
分かるさ。分かっているが……
ケイアだって魔物に両親を殺された被害者だ。
そう考えると、なんとかならないかと思ってしまうんだ。甘いけどさ。
その後俺は、クーファルとフィオンと一緒に昼食を食べたが、全然味が分からなかった。
そして、俺がお昼寝から起きたらアラウィンとアスラール、そして側近のハイクが戻ってきていた。
「殿下、行かれない方がよろしいかと」
アラウィンに会いに行こうとする俺を、ニルは止めた。
「ニル、どうして?」
「クーファル殿下と辺境伯様のお仕事です」
「ニル」
「フィオン様が仰っていらした様に、仕方のない事です」
「ニル……」
「りんごジュースをご用意しましょう」
「うん……」
俺は仕方なくソファーに座った。
――コンコン
「失礼致します。殿下、起きておられますか?」
「ハイク?」
「殿下、ご迷惑をお掛けして申し訳ございません」
ハイクが深く頭を下げた。
「ハイク、謝らないで。ボクもアリンナ様が傷付いているのに気付けなかった」
「殿下、何を仰います」
「ボク、何も出来なかったよ」
「いいえ。奥様がお目覚めになられました。殿下に、お目に掛かりたいと申しております。宜しければ、お部屋までお願いできますでしょうか?」
「うん。分かった」
ユキをニルに頼み、俺はリュカと一緒にハイクの後を歩く。
「殿下、しっかりして下さい」
トボトボと歩いていたら、リュカに突っ込まれてしまった。
リュカが俺の背中に手をあて、トントンしてくれる。ヤバイぜ。マジ幼児だぜ。
「リュカ……」
「殿下は何も悪くないのですよ。殿下は神ではありません。立ち入れない事があって当然なのです」
「リュカ、そんなつもりはないよ」
「では、しっかり背を伸ばして。いつもの殿下でいらして下さい。でないと夫人が心配されますよ」
「そっか。そうだね。リュカ、ありがとう」
「はい、殿下」
そうだ、しっかりしろ。
前世55歳のおれが、息子位の歳のリュカに励まされてどうすんだ。
リュカの言う通りだ。夫人に心配を掛けては駄目だ。