108ー暴挙
「スゴい! ユキ、もっと早くー! キャハハハ!!」
昨夜は疲れてぐっすり寝て、今朝も朝食をしっかり食べた。
俺は、オクソールとリュカと一緒に邸の裏でユキと遊んでいる。今はユキに乗って走っているのさ! 超早い!
最初の俺の喜び様で、分かるだろ? 風を切って走る、とか疾走とかはこの事だな! 俺自身は走ってもショボいからな。
「殿下、ユキ! 危ないですよ!」
「リュカー! 大丈夫!!」
ユキが一回りして、オクソールとリュカの所に戻ってきた。
「しかし、ユキの走りは綺麗ですね」
「オク、綺麗?」
「はい、殿下。身体がしなやかで、正に豹ですね。まあ豹は、走るより木に登ったりする方が得意らしいですが。神獣はどうなんでしょう?」
「我か? 登りもするな。走りもするがな」
「ねえねえ。オクとリュカとユキなら一番早いのは誰?」
「「「…………」」」
「えっ? 何? 三人共、何?」
何か変な空気になっちまったぞ? 何でだ?
オクソールもリュカもキョトンとしている。
「殿下、それを聞きますか?」
「リュカ、なんだよ?」
「殿下、神獣は分かりませんが。皆、よく似た速さでしょうが、ユキヒョウでしょうか?」
「オク、そうなの?」
「はい、ただリュカは系統が違うと言うか。狼なので」
あれかな? ネコ科とかかな?
「オク、もしかしてネコかイヌか、て事?」
「はい、そうです」
「ふ〜ん。仲悪いの?」
「殿下、獣人ですから。野生とは違います」
「そうだよね。良かった」
オクとリュカとユキは、仲良くしてほしいよな。
「殿下!!」
「あれ、ニル? どうしたんだろ?」
ニルが凄い慌ててダッシュしてやってくる。
「ニル、どうしたの?」
「殿下! 大変です! ケイア様が!」
「え? ケイアが何?」
「ナイフを持って!」
「はぁッ!? 何それ!? どこ!?」
「夫人の部屋です!」
「ユキ! 乗せて! ニル、乗って!」
「はい! 殿下!」
何なんだよ! 何でナイフなんて持ってんだよ!
俺とニルがユキに乗って邸に戻る。
その後を、オクとリュカがついてくる。二人共、獣化しなくてもスゲー早いじゃんよ!!
「殿下! 危ないですから、こちらには来ないで下さい!」
部屋の前でアルコースに止められた。
「アルコース殿! どうなっているんですか!? 何故ケイアが!? アリンナ様は!?」
「母が説得しています」
俺は部屋の中のケイアを見た。手に小さなナイフを持っている。
あのナイフは……薬草を切り分ける時に使う仕事道具だ。
大事な仕事道具をこんな事に使うなんて……!
「ケイア、落ち着きなさい」
「煩い! 煩い! 煩い!! 無理矢理あんな危ない調査に出しておいて! 私が魔物にやられて、死ねば良いとでも思ってたんでしょう!? さすが、悪役令嬢よね! そうはいかないわよ! 先にあんたを殺してやるわ!!」
何わけの分からない事を言ってんだ!? しかも目つきが普通じゃないぞ。まさか、本当に病んでたのか!?
「リリ、どうした? 何なんだ?」
クーファルが慌ててやって来た。
「兄さま! ケイアです。アリンナ様を殺すと言っているようです」
部屋の中でケイアがまだ喚いている。
「あんたがいなかったら、私がアラウィン様と婚姻してたのよ! さっさと出て行きなさいよ! 私の父は、アラウィン様のお父様の代わりに死んだのよ! それ位してくれてもいいじゃない!」
「ケイア、それは違うわ! 代わりなんかじゃないのよ!」
「煩いって言っているでしょう!? あんたのせいよ! クーファル殿下だって私を迎えに来て下さったのよ! なのに、邪魔しないでよ! 私がいつまでも幸せになれないのは、あんたがいるからよ!!」
夫人がケイアを落ち着かせ様としているが、興奮して耳に入っていない様だ。
クーファルの事まで妄想が混じっている。クーファルよりどんだけ年上なんだよ。普通じゃないな。
「馬鹿じゃないの!? 許せないわ!!」
「姉さま!!」
いつの間に来ていたのか、フィオンが人をかき分けて、堂々と部屋に入って行く。
「リリアス殿下、大丈夫です。姉がついています」
「ニル、でも!」
フィオンを止めようと後を追おうとするが、ニルに止められた。
俺は部屋の中をのぞき見る。
「ケイアでしたか?」
「あなた誰よ!」
「フィオン様、危ないです。部屋を出て下さい」
夫人がフィオンを近付けまいとするが、フィオンはお構いなしに近付き話しかける。
「夫人、大丈夫ですか?」
「フィオン様。私は大丈夫ですから、どうか離れて下さい!」
「ケイア! あなたいい加減にしなさい! 迷惑ばかり掛けているくせに、ぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃないわ!!」
「なんですって……!!」
「フィオン様! お願いですから、出て下さい!」
「夫人、私はこの人を許せないのです。リリに暴言を吐いておいて、謝りもしない! 皆に守られて甘えているだけの人に、何を言っても無駄ですわ! そうやって甘やかすからダメなのです! もう終わりにしないと駄目です! 夫人も分かっているでしょう!?」
あー、フィオンよ! 何言ってんだよ!
頼むよ、危ないよ!
「兄さま! 姉さまを!!」
クーファルに訴える。
「リリ、放っておきなさい」
「兄さま!!」
「ソール、レピオスを呼んできなさい」
「はい、殿下」
「兄さま?」
なんでレピオスなんだ?
「リリ、兄さまもね、怒っているんだ」
あー、ダメだ。どーすんだよ!?
アルコースが指示して、見物人達を部屋から離している。
アラウィンはどこだ? アスラールもいない。何してんだ?
「アルコース殿、アラ殿はどこに?」
「それが……出掛けているのです」
「え?」
「今日は、隣街の視察の予定が入っていたので、兄とハイクと一緒に朝からそちらに」
「そんな……」
「きっとケイアは、父と兄の不在を狙ってやっているんです。最初から母を狙っているんです」
「えっ!?」
「殿下、私はフィオン様が心配なので……」
「あ! アルコース殿!」
アルコースがそれだけ言うと、部屋に入って行った。
「フィオン様、危ないです。部屋の外に出ましょう」
「アルコース殿。いいえ、私は彼女を許せません。夫人にこんな乱暴を!!」
「アルコース、お願い。フィオン様を外に!」
夫人はアルコースへ合図をするかの様に黙って首を横に振る。何だ?
「母上、諦めて下さい。フィオン様はこうなったら、言う事は聞いて下さいません」
お、アルコース。よく分かってるじゃないか。
いや、そんな場合じゃないんだよ。
「何よ! 皆で私を馬鹿にして! 私がアラウィン様と婚姻する筈だったのに! あんたがしつこいから! 邪魔なのよ! さっさと死になさいよ!」
突然、フィオンがツカツカとケイアに向かって歩き出した。
側にいたアルコースが不意をつかれて動けない。
――パシンッ!!
フィオンが、ケイアの頬を思い切りぶった。
同時に、フィオンについていた侍女、ニルの姉だな。が、素早くまわり込みケイアを取り押さえた。