10ーセティ
「とーさま! とーさま! ダメです! フォリャンねーさまも早く謝ってください! ダメです! ぜったいにダメです!!」
俺は、隣に座っている父に縋り付いて訴えた。
「煩いわよ! あんたなんか大嫌いよ! 私が欲しいものを全部持ってるじゃない! その髪も、目も、光属性も、お母様の地位も! 全部!」
そう言ってフォランは俺を睨みつけた。
「……ねーさま…… ヒグッ……ウッ……ヒック…… 」
「リリアス……」
父に抱き締められて、背中を丸くして泣きじゃくっている俺。
3歳児は涙腺が壊れてるのか? ポロポロ止めどなく涙が流れてくる。
「ビェーー、ヒック! ゥワーーン!
とうさまー! ダメですー!」
「リリ…… 」
「リリ、そんなに泣いたらまた熱が出るぞ」
テュールとフォルセまで側に来て、背中を撫でたりトントンしたりして慰めてくれる。
……が、3歳の俺の涙は止まらなかった。もう大泣きだ。あの父の言い方だと、フォランの命はないだろう。
側妃と皇女が、皇子の殺害を企てたなんて事は発表出来ないだろうから、こっそりと処刑して病死とか事故死で発表するつもりなのかもしれない。
まだ13歳だぜ。前世だと、義務教育の歳だぜ。確かにしてはいけない事をしただろう。弟の命を狙うなんて、こんな子供がする事じゃない。
しかし、しかしだ!
まだ自分で判断できない子供だ!
前世だと少年法の範疇じゃないか。
ダメだ。絶対にダメだ!
小児科医で子供達の命を助けてきた俺が、此処で諦めて未来ある子供を亡くしてどーするよ!
「……ヒック」
「リリアス、落ち着いたかい?」
涙と鼻水でグシャグシャな顔を上げて、両手を握りしめ、俺は父の目を見つめてハッキリと言った。
「とーさま、ボクは国を出ます。おうじをやめます」
「リリ! 何を言い出すんだ!」
「ねーさまをゆりゅしてもりゃえないなりゃ、そんな国、ボクは出ます!!」
「「「リリ!! 」」」
「リリ、お前何言い出すんだ?」
ルーが慌てて肩にのってきた。
「るー。フォリャンねーさまはまだ子供だよ。学園にもまだ行ってなくて。お城の中だけしか知りゃない。まわりの大人の言うことが全てなんだ。ねーさまは、まわりの大人に恵まりぇなかったんだ。だかりゃ、やり直す機会がいりゅんだ。まだ子供だかりゃ、やり直せりゅんだ。子供の未来を奪う権利は誰にもないんだ! とーさま、おねがいします。ねーさまを助けてくりゃさい。おねがいします!」
そう言って俺は、父の前に膝をついて小さな両手を床につけた。
「リリ…… 」
「お父様、私も一緒に罰して下さい。姉として、フォランがこんな心根になってしまっているのに気付けませんでした。一緒に罰を受けます。お父様、どうかお願いします」
イズーナ皇女は、俺の横に並んで膝をついた。
「陛下、とにかく1度落ち着きましょう。リリアス殿下と皆様を部屋に」
「ああ、オクソールそうだな。後は大人の仕事だな」
「はい」
「さあ、皆。1度部屋に戻りなさい。ニル、リリを頼むよ」
「畏まりました。さ、リリアス殿下」
ずっと部屋の隅に控えていたニルに抱き上げられた。
「ヒグッ……ヒッ……とうさま」
「後は父様達に任せなさい。悪い様にはしない」
「本当ですか?」
「ああ。約束しよう」
そして俺はニルに抱っこされ、部屋に着く頃には泣き疲れて寝てしまっていた。
部屋に残った父とオクソール。
「しかし……驚いた。リリには驚かされてばかりだ」
「陛下」
「リリはまだ3歳だ。なのにあの訴えだ…… 」
「はい」
「国を出ると……皇子を辞めるとまで言い出した。自分の命を狙われたのにだ」
「……陛下、リリアス殿下は何がなんでも守らなければなりません。リリアス殿下だからこそ光属性を持ったのかも知れません。それに光の精霊様の加護です」
「ああ、驚いた。今迄聞いた事もない」
――コンコン
「陛下、宜しいでしょうか?」
「ああ。セティ、報告してくれ」
セティ・ナンナドル 皇帝陛下の側近だ。
黒髪の短髪に金色の瞳。
黒のシャツに黒のベスト、その上から膝丈の黒い上着を着こなす長身のこの男は、皇帝陛下の懐刀とも言われる程の人物だ。
皇帝とは乳兄弟に当たるらしい。
しかし真っ黒だな。一昔前のビジュアル系みたいだ。
「第1側妃のレイヤ様とその侍女、そしてフォラン皇女殿下の侍女を拘束致しました。過去のリリアス殿下への未遂事件も、この3人が計画実行していたと調べがついております。レイヤ様のご実家である、フレイスター伯爵家についても調べました。フレイスター伯爵ご自身はご存知無く、夫人と夫人の侍女が糸を引いていた様です。既に拘束済みです。皇后になれなかったのは伯爵家だったからだと、逆恨みが発端の様です。イズーナ第2皇女殿下は、穏やかな性格をされておられるので、取り込むのは諦めたのだと推測されます。フォラン第3皇女殿下は、レイヤ様に似てプライドが高く、見た目を気になさる方でしたので取り込まれてしまった様です」
「そうか……ご苦労だったな」
皇帝は、ソファの背もたれに身体を預けて肩をおとす。
「陛下。どうかされましたか?」
「セティ。フォランの処分についてリリが何と言ったと思う?」
「リリアス殿下がですか? まだお小さいのですから、お分かりにならないでしょう?」
「いや、リリは全て分かっていた。このままだとフォランが極刑に処される事まで読んでいた」
「まさか! 陛下、リリアス殿下はまだ3歳です」
「セティ、その3歳のリリが泣いて訴えたのだ。フォランを許さないなら、自分は皇子をやめて国を出るとな」
「……!?」
「国の1番痛い所を突いてきた。3歳児が言う事ではないだろう? しかも光の精霊様の加護だ」
「……陛下、リリアス殿下は必ずお守りしませんと」
「ああ。今オクソールとそう話していた所だ」
「しかし光属性を持ち、光の精霊様の加護を授かったのが、リリアス殿下で良かったです」
「セティ、そうだな……だからこそなんだろうが」
「はい。では、フォラン第3皇女殿下の処分は如何なさいますか?」
「北の修道院にでも送るしかないだろう。伯爵家は取り潰しだ。第1側妃に侍女2名、伯爵夫人と夫人付侍女は極刑だ」
「畏まりました。イズーナ皇女殿下は如何なさいますか?」
「イズーナは16歳だったか。友好国にでも留学させ、その間に国外への嫁ぎ先を決めよう」
「また、皇女殿下お2人には寛大な処分ですね?」
「リリが言ったのだ。まだ子供だと。周りの大人に恵まれなかったのだと。まだ子供だからやり直す機会を与えるべきだとな」
「まだ3歳の殿下がですか!?」
「ああ……誰にも子供の未来を奪う権利はないとな。オクソール、リリを呉々も頼むよ」
「勿論です、陛下」
「リリが大人になって、自分で自分の身を守れる様になるまで、守ってやってくれ。頼んだよ」
「はい、陛下」