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―白銀のフェリクス―

作者: 美風慶伍

アニメイト主催『耳で聴きたい物語』に参加するために、一度削除して再投稿しました。

よろしくおねがいします!

 まぁ、難儀な時代になったもんさ。

 不老不死なんてもんは存在しないけどさ、老いをゆっくりとさせることくらいは出来るからさ。

 100年で3歳、1000年で30歳、それくらいの歳のとりかたでゆっくりと暮らしてきたのさ。

 でもまぁ、人間の世の中なんてクソみたいなもんさ。

 文明の利器ってやつかい? アタシらが身につけた魔法と比べたらなんてまぁひどい代物さね。

 医学とやらで病を退けたら今度は長生き者の行き場がない。

 乗り物とやらでどこでも行けるとなったら、地の果てまで踏み荒らして洗いざらい持ってかないと気がすまない。

 炎や雷を自在に操れるようになったと思ったら、やることは戦争に人殺し。

 くっだら無い生き物さ。人間なんてさ。

 アタシは自分が魔女でよかったとつくづく思ってるよ。

 

 でも――、アタシみたいな魔女の眷属も少なくなっちまってねぇ。

 魔女狩りでやられたやつもいる。

 人間様の戦争に巻き込まれてあっさり死んじまったやつもいる。

 この世の魔法の力が希薄になっちまって魔力が枯れてあっさり老いぼれちまったやつもいる。

 昔は世界中のそこかしこで魔女の集会があったもんだけどさ、今じゃあ5年に一度だけ、世界中で生き残っている魔女がほそぼそと集まるのが関の山さ。

 随分と前にも行ってきたけどさ、また一人知り合いが消えちまってた。

 コンピューターとかネットとか言うやつさ。人間たちの街の中でどこに逃げ隠れても、コイツが怪しいとなると洗いざらい暴かれる。

 普通と違う、なかなか老いない――それを突き止められて追い回されて、魔法を駆使すれば逃げ切れるのに、心が追い詰められちまったんだねぇ。

 自分から命を消しちまった――、もう疲れたって言い残してね。

 ほんと嫌な時代になったもんさ。

 

 でもさ、アタシはなんとか自分の身を守れてた。

 誰にも遭わずに、ひっそりと静かにこの山ん中で暮らしてた。人間たちと関わり合いを断って誰にも会わずにゆっくりと時をすごす。

 昔は町の人間たちとたまにあって、相談事聞いたり、病を治してやったり、結構仲良くやってたんだけど、文明の力を身に着けた人間様には敵わないからさ。それこそ洗いざらい暴かれてお終いになっちまう。

 だからもう誰にも会わない。誰ともしゃべらない。そう決めたのさ。


 魔女集会ももう結構な年月行ってないねぇ。誰がどうなったかなんてのも分かんなくなっちまった。ダチの魔女たちもどうしてるんだか。

 もしかするとアタシが最後の魔女かもね。

 でもさ、仕方ないさ。

 そう言う時代なんだからさ。

 

 しかしさぁ――

 人間ってのはつくづく糞だね。

 こんな獣もなかなか来ないような山奥にたまーに姿を表すやつがいる。

 なんだかでっかい荷物抱えてコソコソして。

 何やってんだろうって使い魔飛ばしてみてたら、その荷物を放り出して逃げちまった。

 中身確かめたら――〝ゴミ〟でやがんの!

 人間様の街の中に捨てられないからってこんなところまで来て捨ててくなんて!

 追っかけてって懲らしめようとも思ったけど、それで自分の事が知られるのもアホらしいから追うのはやめた。

 そのかわり、あのアホどもが捨ててった物を片付けることにした。

 まぁ、たぶん。暇だったんだろうね。

 誰ともしゃべんない毎日だったからさ。

 

 包みを開けてなかをたしかめる。

 何だこの注射器とか瓶とか――、医療用廃棄物? こっちは切り取った臓物じゃないか! 何考えてんだ! 人んちの庭に!

 ――ったく! 浄化して、昇華して、灰化して、コレでいいだろう。

 でも、コレとコレは転換すれば使い物になるかとっとこうか。

 コレは――あぁいい薬に出来るね。

 よしこれでいい。


 あ――

 また来やがった!

 今度は何だ? 檻ばっかりだね――って、死にかけの犬っころに猫?

 あーあ、もう! 飼いきれなくて見捨てに来たんだね?

 ひどい目にあったねあんたら。ほらちゃんとお食べ、ほら食べさせてやるからさ。

 でも――駄目か、病がひど過ぎる。薬もろくすっぽやってないんだ。

 こんなゴミみたいにされるために生まれてきたんじゃないだろうに――

 そらせめて苦しくないようにしてやるからさ、天にお帰りな。

 え? 帰りたくない?

 何ってんのさ。アタシの所にいたって使い魔にしかなれないよ?

 え? それでいい?

 しゃーないねあんたら。まぁ、たまの話し相手になっておくれな。

 

 そんなこんなで人間たちが捨てに来るものを処分して、時には治して、浄化して、退屈だった山奥ぐらしも結構な暇つぶしになったときだった。

 それもまた文明の利器の落とし子ってやつだったのかもねぇ。

 

 なんだ? 今度はまた小さいね。

 いつも捨ててくのが大荷物だからね。

 なんか小さな棺みたいだね、ホトケサマでも入ってんじゃないだろうね?

 

 その棺を恐る恐る開けてみたんだけどさ、そこに何が入ってたと思う?

  

 あら? え? 子供?

 にしちゃ変だね。

 脚は作りもんだ。

 手も作り物、それも左手は造られてすらもいない。

 なんだこの白い衣は。病人の寝間着じゃないか。ボロボロになっちまって。

 そら何か着せて――え?

 なんだいこれ? 体も作り物?

 首も、頭も! 全部!

 まるっきり人形じゃないか!

 

 でも――

 アンタ、アタシの声、聞こえるかい?

 そうか言葉が使えないんだね?

 安心おし、あたしゃアンタの心が読めるんだよ。

 あぁ、体は全部作りもんだけど、心がちゃんと入ってる。魂もある。

 そうか、アンタ作り半端で捨てられたんだね?

 え? なに?

 何言ってんだい! 馬鹿だね! 捨てるわけ無いだろ!

 心も魂もまだまだ種みたいな小さなのだけどちゃんとあるんだ。これも何かの縁だアタシが面倒見てやるよ。

 でもその前に、その何にもない骸骨みたいな顔をなんとかしてやらないとね。

 さて、まずはアンタの目から造ってやろうか。

 あぁ、そうだ。この間捨ててったのを創り変えれば良いのが出来るね。

 もうちょっと辛抱おしよ。

 人間の子供より可愛くしてあげるからさ。

 

 たぶんアタシも一人で居ることに疲れ果ててたのかもしれない。

 長い年月をひたすら一人で生きる。

 誰もと分かり合えず、誰とも触れ合わず――

 神様だって無理だ。

 だってそうだろう? 神様は一人じゃ寂しいから人間たちや天使たちを造ったんだからさ。

 

 アタシは古ぼけた人形みたいなソレを少しづつ直してやった。

 目をつけて光を与える。

 ソレはアタシをいつまでもじっと見つめていた。

 次は耳だ。アタシの言葉を聞かせてやるよ。

 次は口かな? あぁ、鼻も一緒に造ってやるよ。

 あとは顔の皮をはって髪を生やせば――

 そらできた! いいねぇ。なかなか可愛いじゃないか!

 ふふ、何笑ってんのさ。

 でも、不憫な子だね。このままじゃ起きることもできやしない。

 手足を直してやろうか。

 からだは――

 なんだコレじゃ物も食えやしない。

 よし決めた。

 全部造ってやるよ。

 アンタが人間として足らないものをアタシが造ってやるよ。

 そしてアンタは自分の足で胸を張って歩いていきな。

 あせらなくていい。

 ゆっくりでいいんだ。

 アタシが最後まで面倒見てやるからさ。

 

 それからアタシはこの子を少しづつ直してやるのが日課になった。

 

 歩かせるまで2年かかった。

 無くした左手の代わりを付けてやるのに1年。

 両手で物をつかめるのにもう1年。

 腹の中の造りも人間とはまるっきり違うからくりだったから、アタシが自分の魔法と錬金術を使って少しづつ造ってやった。

 息を吐いて吸うようになるのに1年

 心の臓が動くのにさらに1年

 水を飲めるようになるのにさらに1年

 ものを食べて美味しいと感じられるようになるのにはさらに5年かかった。

 体の外側も少しづつ人間らしくしてやった。

 手足が人間と変わらなくなるのに3年

 体も人様と変わりなくなるのにもう3年

 頭が人の子とまるっきりおなじになるのに5年はかかった。

 最後に、言葉を話せるようになるのには7年かかった。

 自分が頭で考えたことを声にする――たったソレだけのことなのにこの子は血の滲むような努力をした。

 ほんとに難儀な子だね。

 何の因果でこんな体に生まれさせられたのか――

 それだって人間様が思うようにならなかったから、こんな所に捨てられたんだろうしさ。

 

 そら泣くのはおよし。

 アタシが居るじゃないか。

 変な子だね。泣くのは出来るのになんで声が出ないんだろね。

 いいんだよ。謝らなくても。アンタが悪いんじゃない。もう少し、もう少しなんだ。

 アタシがついてる。

 

 そう、アタシはその子のを自分の子の様に思い始めていたんだ。

 お腹を痛めたわけじゃないけど、

 この子はアタシの魔力を注ぎ込んで造った正真正銘のアタシの子。

 

 そう名前は何が良いだろう?

  

 フェリクス

 

 あんたがいつまでも『幸せ』でいられるように――

 

 アタシがその子に名前をつけてやったのはその子と出会ってから。30年たってから。

 そして名前をつけてあげたその時だった。

 

『ぉ、かあ……さん』


 それは生まれて初めてフェリクスが発した言葉だった。

 途切れ途切れでかすれた声だったけど、それは確かに人の子の声だった。

 アタシはフェリクスを抱いてあげた。

 思い切り抱きしめてあげた。

 そして私は100年ぶりに自分が泣いていることに気づいたんだ。

 

 あぁ――それからは夢のような毎日だった。

 誰とも話さない毎日だったのが、朝起きてから夜寝るまで、アタシはフェリクスに沢山の事を話した。

 あの子はなんでも知りたがった。

 だから私が知っていることはなんでも教えてあげた。

 世界の理り、自然のおきて、神の教え、文明の力、そして魔法、錬金術――

 10年も経つころにはアタシが教えられるのはもう何も残っていなかった。

 

 そして――

 そしてさ――

 

 あぁこの日が来ちまったんだねぇ。

 解ってたのにね。

 人間と同じにしてやったら、いつか成長するようになる。

 アタシの膝のあたりまでしか無かったチビ助が、アタシの胸のあたりにまで大きくなった。

 そしてあの子はアタシのことじゃなくて、周りを囲む山々を眺めるようになっていた。


 そしてそして――

 

 いいんだよ。お行き、あんたの行きたいところへ。

 アンタの心と魂を呼んでいる場所へさ。

 いいんだよ。アタシなら一人は慣れてるから。

 それに人間たちのところへはもう行きたくないんだ。いやな思い出しか無いから。

 でもアンタは違う。

 あんたは魔女じゃない。人間でもない。

 あんたはフェリクス、誰よりも強いんだ。

 誇り高くどこまでもまっすぐに行きていけるはずさ。

 そう――

 あんたはあんたの幸せを見つけるべきなんだ。

 アタシはあの子の肩に魔女の黒いマントを着せてやる。

 さぁ、お行きよ! 子供ってのはね、いつか親から旅立つもんなんだ。

 

 そうだ――

 それでいいんだ。

 胸を張って歩いていきな。アンタだけの世界を見つけるためにさ。

 だってアンタは外の世界から来たんだから。

 

 さよならフェリクス。

 ありがとうよ。あんたのお陰で退屈せずにすんだよ。

 でもまた誰とも話さない暮らしになっちまうね。

 これが魔女って言う神の因果に逆らった生き物の宿命なんだろうからさ。

 それにしてもほんとに、誰も居なくなっちまったねぇ。

 

 

 それから何年たっただろうか――

 アタシは月日を数えるのも面倒でやめていた。誰とも話さず、ただひたすら存在し続ける毎日。

 使い魔たちと暇つぶしはできたけど――

 フェリクスとの日々と比べたら腹の足しにもならない。

 しかたないさ。それを解っててあの子を送ってやったんだからさ。


 でもね、何か変だと感じても居たんだ。

 

 空が騒がしいねぇ。

 それに大気もひどく淀んでる。

 水もなんだか汚れてるし――

 

 こんなのは何十年ぶりだろうか?

 

 そうだ昔あったよ。

 そう『戦争』だ。

 大地を、海を、空を――

 炎が、鉄塊が、剣が、爆炎が、猛毒が――

 あらゆる命を飲み込み、見渡す限りの大地を焼き尽くす。

 そして、命はおろか、木も、草も、花も、動物たちでさえ、その姿を消してしまう。

 100年戦争、

 ナポレオン、

 2度の世界大戦、

 その度、あたしは戦火を避けて逃げ回った。

 下手な魔女狩りよりも恐ろしい物。それは戦争で理性をなくした人間なんだ。

 

 あぁ、思い出したくない!

 人間が人間を殺すところを!

 人間が人間を狩り滅ぼすところを!

 人が人を串刺しにし、

 人が人を縊り殺し、

 人が人を喰らい尽くす――

 

 それが戦争――

 でも――

 私の脚は隠れ家から出ていた。

 

 フェリクス!

 

 久しぶりに思い出した。

 あの子が危ない。

 あの子の命が――

 あたしが作ってあげた命が――

 助けなきゃ! アタシの子なんだから!

 

 不思議だった。アタシは魔女。人の理を自ら捨てた背教者。

 神の摂理に歯向かう愚者――

 そんなアタシが初めて神に祈ったんだ。

 

 どうか――どうか神様、あの子をお救いください。

 私は100年ぶりに山から降りていった。


 山を降り、川沿いを進み、渓谷を越える。

 人家のあるところを目指して道なき道を私は歩いた。

 どれだけ歩いたろう。

 人間たちの目に触れることが怖かった私は、魔法を使わずに自らの足で歩いていた。

 そして荒れ果てた村を7つ通り過ぎ、

 焼き尽くされた町を7つ超え、

 山の中腹から眼下に開かれた大きな街が見えるはずの場所へとたどり着いたときだった。

 

 なんてこった――

 あぁ、だから人間って愚か者なんだよ!

 そこに見えたのは、見渡す限りの瓦礫の山と焼け残った人家の列――

 そしてその狭間で身を寄せて暮らす人間たちだった。

 当然、親を失い、家をなくし、やせ細っていつ死んでもおかしくない親無し子たちが溢れていた。

 だから――

 だから嫌なんだよ! 人間って!

 

 思い出した。

 こんな時に魔女が何をしていたのか。

 薬をつくった。

 戦争の最中じゃ、町の人々には満足な薬すら手に入らない。

 野草や木々から薬を作り出しそれを無償で皆に与えるのは魔女の役目。

 

 秩序をつくった。

 人心が平穏をなくした地では強者が弱者を貪るのが常だ。

 それを懲らしめ、弱き人々を守るのは魔女の役目。


 道なき道を作り、人々を導き、

 そして命を未来につなぐ。それがあたしら魔女がいざという時に担える役目だった。

 私は思い出した。自らが1000年の時を経て担い続けた役目を。


 ならばやることは一つだ。

 守ろう。人間たちを、人の命を。

 それが万物の理を魔法で自在に操る術を身に着けた魔女だからこそ出来ることなのだから。

 

 そして戦火の中で焼け出された子どもたちを一人一人助けて打ち捨てられた教会で身を寄せるようにして暮らし始めた。

 それでも私の脳裏をよぎるのはあの子のこと。


 フェリクス――あの子は無事だろうか?

 

 でも今は戦火に怯える親無し子たちを一人でも多く救うのがアタシの役目だった。


 そら食べ物見つけてきたよ。

 そっちはどうだった? そうかい畑から芽がねぇ。そりゃいいもうじきしたら食べられるのがもっと増えるよ。

 アンタはどうだい? あぁ火傷が治ってきたね。

 あぁ、ケロイドになった体が気になるのかい。

 大丈夫、安心おしよ。戦争が終わってもう少し落ち着いたらちゃんと治してあげるからさ。それまでもうちょっとの辛抱だからさ。

 アンタにはこれだ。杖だよ。

 そら、コレで片足でもなんとか歩けるだろ?

 毛布ももう少しあると良いんだけど、今はもうちょっと我慢しとくれよ。

 雪が降って来る前にはなんとかするからさ。

 そら、歩けるのは手分けして薪になるのを探しておくれ。

 いいかい? 一人で歩くんじゃないよ? 二人か三人で動きな。

 それと男の子は女の子を守っておやり。

 いいね?

 頑張って皆で行きてくんだ。死んじまった父さん母さんたちの分までもね。

 

 正直苦労は多かった。

 あまりの大変さに山から降りてきたのを後悔したこともある。

 でも、この子達が安心して寝ている姿を見ているとそんな思いもどこかに吹き飛んじまう。

 未来へ、そしていつか皆で幸せに――

 そう願うことだけがその時のアタシのおもいだったんだ。

 

 でも――

 それでも――

 

 神様ってのは意地悪だった。

 残酷だった。

 これだったら、あたしら魔女が契約した悪魔や魔王たちの方がまだ慈悲があるよ!

 あぁ、なんてこった!

 あんな――あんな物が居るなんて!

 

 あれは人形。

 心のない邪悪な人形。

 光のない瞳で敵を見つけ、

 温もりのない手で命を刈り取る――

 

 馬鹿な人間たちが、どっちが強いとか、どっちがエラいとか、少しでも自分たちだけがいい暮らしをするために、そして敵を少しでも楽に殺せるように造った死なない兵隊たち。

 

 ロボータ

 

 たしかそんな名前だったね。

 でも人間に似ているのは形だけ。魂も心もない。

 そう――、あるのはただ〝命令〟だけ。

 でも今じゃ、その命令を下した奴らすらもコイツラに殺されちまった。

 逃げよう。あいつらには敵わない。

 アタシですらも自分を守るのだけで精一杯。

 

 早く! みんな! 逃げるよ! 遠くへ! 少しでも遠くへ!

 

 アタシたちは逃げた。ひたすら逃げた。

 でも、あいつらには諦めるという心がない。慈悲という許しすら無い。

 そしてなにより――

 あいつらは疲れない。倒れることすら無いんだ。

 

 あぁ、もうダメだ。

 もう走れない! 追いつかれる。

 誰か! 誰か! せめてせめてこの子達だけでも!

 

 神様、アンタなんて残酷なんだい!

 なんで人間に知恵なんて与えたのさ!

 なんで戦うことを許したのさ!

 アンタが与えたものが人間同士がいがみ合い、殺し合うために存在すると言うなら何の意味があるんだい!

 お願い! お願いだ!

 後生だ! この子達だけでも助けておくれ!

 でももう誰も一歩も逃げる力は残っていなかった。

 壁際に追い詰められて狩られるのを待ってるだけだったんだ。

 ごめんよ――あんたたち――

 せめて最後は一緒に――

 

 

『なんでそこで諦めるんですか? 貴方らしくないですよ』


 え? だれだい?

 恐る恐る顔を上げる。するとそこには立派な体躯の銀色の鎧の戦士――

 手には燃え盛る白銀の槍――

 そして、その両肩には見覚えのある〝黒いマント〟


 それはアタシが旅立つ〝あの子〟に着せてやった物だった。

 

『大丈夫です。僕がアナタを護ります。――お母さん――』


 それはあの子の声だった。驚くアタシに彼は頷いてくる。

 そして、アタシが守っていた子どもたちの一人がこう叫んだんだ。

 

『フェリクスだ! 白銀のフェリクス!』


 私はその声に自分の耳を疑った。

 そして真実を確かめるよりも前に、そいつは駆け出していったんだ。

 

 それからはあっという間だった。

 100や200じゃきかないそいつらを瞬く間にいなして打ち壊していく。

 燃え盛る白銀の槍が全てをなぎ払い。

 その白銀の鎧の指先からは降魔殲滅の雷の魔法、

 降りかかる敵の攻撃には大地の精霊を使役して作り上げる鉄壁の土塁、

 そいつは瞬く間に、そして鮮やかに、命なき死なずの兵隊たちを打ち倒してしまった。

 そしてそう――アタシは気づいた。

 

「アタシが――あの子に教えてあげた魔法じゃないか」


 恐ろしい死なずの兵隊たちを殲滅し終えて彼は私の所へと歩いてくる。

 

「えぇ、あなたから教わった魔法です。そして今も僕を支えてくれています」


 右手だけで器用に白銀の兜を外すと、その下の素顔を晒す。それは紛れもなく――

 

「お久しぶりです。お母さん――」


 それはあの子だった。背丈はアタシを追い越して見下ろすほどになっていた。

 そして、その姿はたくましくて――

 

「山から降りてきたんですね。でももう大丈夫です」


――あの子は私をしっかりと抱きしめてくれた。


「フェリクス――」

 

 アタシが見下ろすほど小さかったはずのフェリクスのその腕はたくましく力強かった。

 

「ほんとにアンタなのかい?」

「えぇ、フェリクスです。そしてあなたの子です」


 その力強く立派に成長したフェリクスの声があたしの耳に届いていた。


「これからは僕がアナタを護ります。貴方から与えられた物で人々を護るが僕の使命だと、山を降りてからの日々で気づいたんです」


 そしてフェリクスはアタシのもとを去ってからの日々を教えてくれた。

 

「街へ降りて世界を巡りました。学問のため、そして自分自身を磨くため。自分がこの世界でなにができるのかを知るためにです。でも世界が平穏な時代は長くは続かなかった。人間の文明の力が人間同士が争い合う戦争の姿までも変えてしまった」

「あの死なずの兵隊たちだね?」


 フェリクスは頷いていた。

 

「死なずの兵隊はやがて暴走し人間の支配を断ち切りました。そして終わること無く世界の命を刈り取り始めたのです。敵も味方も区別なく――、そして僕は戦い始めました」


 戦い始めた――その言葉とフェリクスの白銀の姿が痛々しいほどに重なり合っていた。

 

「母さんから教わった魔法や錬金術を使い、武器を鍛え、戦い方を磨いて、戦って戦って――人間たちを救い続けた。そして僕は、僕自身の正体を知るに至りました」

「お前の正体?」

「はい――」


 不思議そうに問えばフェリクスは少し悲しそうにつぶやく。なんで――、なんでそんな顔をするんだい? フェリクス?

 

「僕は――死なずの兵隊の失敗作だったんですよ」


 耳を疑う言葉がフェリクスから告げられる。アタシの心は一瞬、真っ白になりそうになる。

 そして、それと一緒に、あの子にまつわるある事実に腑に落ちることがあった。

 それはあの子と初めて出会った時のその姿――、人間を模していても、何も似ていない。残酷なまでの作り物――、そうか、そういうことだったのかい。

 あの子は出来損ない扱いされた。それに生まれた素性から世の中には出せない。はじめから居なかった物として不要とされて、誰の目にもつかないように人跡届かぬ山の中に捨てられちまった。

 そうか、そうだったのかい。

 ようやく合点がいった。でもさ、こんな話、誰にもできゃあしないよ。

 この子があの死なずの兵隊だったなんて――、

 神様、どこまでこの子を不憫にすれば気が済むんだい。

 驚き、そして呆然とするアタシ。でもそれを優しくなだめてくれたのは、他でもないフェリクスだった。

 

「でもね――、これだけは間違えないでください」


 優しく労るように、そして教え諭すように、フェリクスはアタシにこう言ったのさ。


「僕を死なずの兵隊と言う誰からも忌み嫌われるはずの運命から解き放ってくれたのは――お母さん――あなたなんです。今の僕は死なずの兵隊と戦う〝白銀のフェリクス〟――そうあるべきとして、自分の全てを費やして僕を育ててくれたのは、お母さん、あなたなんです」


 そう問いかけてくるフェリクスの視線がなによりも嬉しかった。

 

「お母さん、僕と一緒に来ませんか? 少し遠いですが人間たちが安心して暮らせる街が作られています。お母さんと僕とならこの子達を護りながらたどり着けるはずです」

「そんな街があるのかい?」

「はい」


 フェリクスはアタシの手を握りながらはっきり頷く。そしてその街の名を教えてくれる。

 

「魔女の街――、この世界で生き残っていた魔女たちが世界の理をもとに戻すために力を合わせて作り上げた街です。お母さんの仲間がそこに居るはずです」


 そしてフェリクスの力強い問いかけが聞こえてくるんだ。

 

「僕と一緒に来てくれますね? ――お母さん――」


 アタシの目から涙があふれる。でもそれは悲しみの涙じゃない。そう、それは――

 

「もちろんだよ。もうひとりで暮らすのには耐えられそうにないんだ」


――それは長い年月の末にたどり着いた〝喜びの涙〟


 さぁ行こう。仲間たちが待つと言うその街へ。

 フェリクスとアタシ、そしてこの子達と一緒に。

 いつか世界が幸せで満たされる日を願って。


 その時、仲間たちの声が聞こえたような気がした。


――Fin――


ちなみに『フェリクス』とはラテン語で『幸福』という意味です。


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