5、落ち着け、俺。もっとちゃんとゲームの細部を思い出すんだ!
なんかもう色々とすみません(懸命に目を逸らしながら
そして。ミニゲームに一勝も出来ず、好感度およびスペックのどちらもが足りなかった時、リリィディアは、婚約者である王子をはるかに凌ぐその完璧さ故に、ヒロインに関係なく王子から婚約を破棄される。
そうして、その力で王都の下に封印されていた母竜を連れ出そうとするのだが、この時、レインがリリィディア達の前に跪き、過去を謝罪して鱗を返してくるのだ。
母竜に紅い鱗が戻されると、暗雲が立ち込めていた天から光が射し、虹色の翼を持った巨大な竜が下りてくる。
その竜は、母竜の番であり、リリィディアの本当の父親だった。
二人が母竜に祈りを捧げると、母竜がリリィディアを産むために失った筈の心臓が再生。母竜リリィの意識が戻る。
復活だ。
そうして番の竜たちと愛の結晶たる仔竜(リリィディアたんな!)は、空へと飛び立っていくのだ。
俺の最推し。リリィディアままんとリリィディアぱぱんによる、至高の純愛ノーマルカプ。
成龍の証とされていた紅い竜の鱗は、本当は番の証としてお互いの逆鱗を交換したもので、これを得ることでお互いの力と同じだけの力を新たに得ることができるのだが、その紅い鱗が何かによって奪われると、番になることで新しく得た力だけでなく相手に与えていた分(つまりは元々自身が持っていた竜としての力)も失ってしまうという諸刃の剣というべきものだった。
これを奪われた母竜は勿論その竜としての力をレインに奪われて無力化されていたし、番である父竜も力を失い倒れ、一族の長たる地位も失い床に付く破目になっていたのだ。
母竜はリリィディアを産んだ時に自らの死を覚悟していたが、レインたちの再度の封印により時を止められたこと、更に命を掛けて産んだリリィディアがすでに生死の境にある父竜との絆を細くとも繋ぐ架け橋となり、心臓を失っても命の灯が完全に消えるまではいかなかったのだ。
そうして、母竜が紅い鱗を取り戻してすぐに父竜はその力を取り戻すと、愛する番の下に駆けつけるのである。
愛が繋ぐ奇跡である。これを純愛と呼ばずになんとするのか。
異論があるなら聴こう。ただし、聴くだけだが。その異論を俺が認めることはない。
このふたりの話は、百合男から腐男子を巡って更に三周半くらい巡り廻って、フツーの男女の純愛だってフツーに熱く萌えることが出来るようになっていた俺の心にどすんと突き刺さった。突き刺さりまくった。時を超え、死を超える。どっすんどっすんキタ。
性別とか、年齢差とか、職業倫理とか。いろんな壁なんかなくても、純粋でまっすぐな想いがそこにあればそれ以外に何も要らないんじゃないか!! って。
まさに悟り。開眼しちゃった訳よ。
え? 『用意された萌えになんか萌えねぇよ!』とか言ってただろって?
いいの! これは”萌え”ではなくて、”燃え”だから!! 熱くなる気持ちに定義なんて関係ないのだ!!
…ごめんなさい。でも、見ていてこんなに熱くなったの初めてだったんだもん。
でも本当は、萌えとか燃えよりも、単なる憧れなのかもしれない。
ああいいなーって。お互いの心の中に、お互いしかいなくて。自分の心の真ん中にいる人の、心の真ん中に置いて貰える。生涯をかけて、その相手が簡単に入れ替わったりしないの、すごいなーすげえなって。
リアルにはあんまりないじゃん? なんかくっつく時は「永遠に愛してる」とか言って、おきながら「なんか思ってたのと違う」とか翌月には違う人の横にいるヤツ多すぎなんだよ! …はぁ。それで何度振られたかなぁ。
でも、このふたりは違う。物語の中かもしれないけれど、でも。妻の失態を責めず、夫の無力さを責めず、ただ、再び傍にいれるようになったことを、喜ぶ。尊い。
その愛の復活で、両親を会わせることができるのはこのルートのみ。
ゲームとしてはバッドエンドであろうと構わない。俺が開きたい道はこれだけだ。
その為の、目指せハイスぺ完璧リリィディアたんだったのだ。
俺はなんとしても完璧超人化して、エンディングでコリーン関係なしにキャメロン殿下から婚約を破棄されなければならない。
そうして初めて、俺は最推しカプの至高の愛をこの目にする事ができるのだ。
……でももう、どうやっても無理そうだ。
俺には尖った爪先のちいさな靴で美しく踊ることも、ネイティブな発音で諸外国の言葉を操ることも、テストで出題の問題点を見つけ出し、満点の更に上、加点を貰うこともできない。
所詮、凡人だ。
記憶だってちゃんとあったのに。あの大魔法を使った時のリリィディアたんは2歳か3歳だったとしても、綺麗な字が書けた筈なのに。
ゲームの知識を書き連ねてある日記帳に並んだ文字は雑で、思いつくまま攻略についてだのイベントのについてだの萌えについてだのと雑多に書き散らしてある。間違いなく、俺以外の人間には暗号にすら見えるんじゃないかと思える汚さ。
そうして俺は、机の奥にしまっていたもう一冊の日記帳を取り出した。手垢でよれよれになって、まるで年代物の希少本の様に見えるそれを開く。
「俺の心の癒しは、誰にも見せることのできないSSやら手描き漫画だけだな」
それは、日々感じた俺の萌えの集大成が込められた、俺だけのすっごく厚い薄い本。
「下手クソめ」自分で描いたそれらを指でなぞって嘲笑う。
こんな時間があるなら外国語のスペルの一つも練習しろよ、と思わなくもないけれど、この胸の内で滾る思いをどこかにぶつけずにはいられなかった。こればかりはどうにもならなかったんだ。
誰かとこの萌えを共有してくれる仲間が欲しい。
そうは思っても、この世界にはロマンス小説すらないのだ。いきなり百合話だの腐話を広める勇気はでなかった。
そもそもリリィディアたんである俺には友達とかいないし。
いつか、この人の国から出ていくことを考えると、心安い相手を作るのも気が進まなかった。
「はぁ。つか、心の声がだんだんリリィディアたんっぽくなってきたなぁ」
転生したことに気が付いたばかりの頃は、あんなに令嬢っぽい言葉を使うのが苦手だったのに。心の中の一人称を頑なに”俺”にしてるけど、たまに間違えそうになる時もある。
覚醒して14年。それだけの月日が経ったということだろう。
「まぁ全然頭の中というかスペック的には底上げできてないんだけどねー」
自分に対して呆れガッカリして。その想いが口から零れ落ちていく。
ずるずると身体から力が抜け落ちていき、俺は机の上に突っ伏した。
じわり、視界が歪んでいく。
ヒロインのいないこの世界で、低スペックの自分がどうやってリリィディアたんのご両親を再会させることができるのか。
まったく判らない。
判らな過ぎて、これまで自分なりにしてきた努力が何の実も結ばないことに腹を立てればいいのか、悔やめばいいの、悲しめばいいのかすら判らない。
「くそっ! 悔しすぎるだろ!!」
バン!! と、拳で机を叩く。痛い。
手も痛いけど、心の方がもっとずっと痛かった。
「リロできないゲームで、育成失敗しちゃうとか。ゲーマー失格、ヲタ失格だろぉぉぉぉおおぉぉ!!!!!」
心の赴くまま、叫ぶ。
頑張ったのに。おれ、リリィディアたんの為にも、がんばったのにぃ。
歪む視界。
指に触れる攻略日記と自筆の分厚い薄い本。
もうどうにでもなれ、とばかりに掴んで破り捨ててやろうと両手で掴んで左右に引きちぎってやろうとしたのに。
「……硬くて重くて、破れないぃぃぃ」
両手を床について、がっくりと項垂れる。
さすが公爵令嬢に与えられた日記帳だ。やっすいラクガキ帳みたいに破けたりしない。
「くそう。くっそ。こんな事すらできないのか、俺は!!」
意地になって、絶対に破いて捨ててやると思ったところで、それはするりと俺の腕から奪われた。
「勿体無い。せっかく描いた作品を世に送り出す前に闇へと葬り去るなど。せめて、僕には共有させてくれよ」
俺の作った分厚い薄い本を片手に、にこやかな笑顔をしてそこへ立っていたのは、
「…殿下」
きらきらしい金色の髪と、宝石の様な碧い瞳。
鍛えられたしなやかな筋肉のついた手足は成長期を迎えて、ぐんと伸びていた。
入学前までは、同じ位の身長だったのに。
いまは男らしくさえ見える。
まるであのミニゲームに全勝してトゥルーエンドを開放できるだけのスペックを得たような、完璧ハイスぺ王子。
その声も表情も笑っているようなのに、ハイライトの消えた瞳だけが強くそれを否定していた。
「どこから入って…」
怖い。
じりりと後ろに這いずり、殿下から距離を取る。
気が付けば壁際まで追いやられ、俺の顔の横に殿下の腕が置かれた。
「なんで僕から逃げようとするの? ねぇ、ディア。大体、逃げられるとでも思っているの?」
できる訳ないでしょう? と、目を眇めて微笑まれた。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
なにこれ。アホ王子にヤンデレルートなんてなかったよね?!
というかそもそもアホ王子×リリィディアたんルート自体が存在しないんだけど?!
可笑しくない?!!!
パニックを起こしている俺に、殿下の綺麗な顔が近付いてくる。ひぇっ。
壁についていない方の手で、俺のサイドの髪を耳に掛けられる。
そのくすぐったい感触に、俺はびくりと肩を竦めて目を閉じた。
くいっ。
その瞬間、俺の顎が殿下の指で固定され上を向かされる。
すぐ近くに感じる熱源に、怖くて目を開けることが出来ない。
ぎゅっと強く目を閉じ直す俺に、殿下がふっと笑った。
「本当に。僕のディアはお馬鹿で可愛い。僕がアホ王子ではないのだから、間者を仕立ててまで教育し直そうなんて、宰相が思う訳ないでしょう?」
耳から入った言葉の意味が理解できなくて。
俺はそのまましばらく動けなかった。
え?
思わず目を開ければ、そこにあるのはアホ王子もとい完璧ハイスぺになったキャメロン殿下のどアップがあった。
近い近い近い近い近い。
慌てて目を閉じ直して顔を背けようとしたけれど、顎を固定されていてできなかった。
それよりも。殿下の言葉は…、もしかして『ことよろ』を知っている?
もしかしてもしかしなくても、殿下も、転生者なのか?!!!
「ふふ。よかったね? 大好きな大好きな、”用意された萌えではない”エンディングだよ。僕とディアの永遠に続く恋。最高だろう? ねぇ、ユリオ」
ユリオ。その名前で俺を呼ぶのは唯一人。
「嘘だろ?」
驚愕に目を開いた俺の視界一杯に、綺麗で邪悪な笑みが広がった。
一時間ごとに続きが公開されます。
読む順番にお気を付けくださいませ。




