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窓ぎわの東戸さん~雨の日の東戸さん~

作者: 車男

 「あっ、東戸さん~!」

「ふえ?あ、西野さんおはよー。すごい雨だったねえ」

「私ももうびしょびしょだよー」

6月になり、私の住む町も梅雨に入った。雨が降る日が続き、月曜日の今日も朝から強めの雨がずっと降っている。小学校低学年の時は、こんな雨の日は普段履けない長靴を履いて、水たまりにわざと入りつつ通学路を歩いたものだが、小学校高学年、さらに中学生ともなると、長靴を履く子は全くいなくなってしまった。そんな中で子供っぽいそれを履いて学校へ行くのは何となく恥ずかしくなって、雨でじとじとになるのは仕方ないと思いつつも、普段と同じ通学用のシューズを履いて歩いていた。水たまりをなるべくよけていたが、降り続く雨のせいで靴はびしょびしょ、靴の中まで浸水してしまい、靴下もぐしょぐしょ、靴の中の不快指数は最高値に達している。気温もそこそこ高く、風も全くない気候の中、一刻も早く靴も靴下も脱ぎ去りたい気持ちだ。校門を抜け、足早に昇降口へ向かっている時に、黄色い傘を差した東戸さんの姿を捉えた。私の水色の傘を並べて、一緒に昇降口へ向かう。

「あれ、東戸さん、靴下履いてないんだ!」

靴箱について、傘をたたんでいると、東戸さんは先に靴を脱いで、上履きを靴箱から取り出そうとしていた。通学用のスニーカーを手を使って脱ぎにくそうにしながら脱いだ東戸さんの足元は、素足だった。どんよりとした空気の中に、まぶしいくらいに真っ白な肌の素足が輝いて見える。その場で靴下を脱いだ様子もなく、先程靴を履いている東戸さんの足元に靴下が見えなかったので、靴下はもともと履いていなかったのかなと思う。

「うん、雨だし、暑いし、今日は靴下、家においてきちゃった」

先週も、朝は靴下を履いてくるけれど、放課後までには脱いでカバンの中にしまっている日が続いていたが、朝から履いていないのは久々だった。夏が近づいているのを感じる。

「だよねえ、絶対濡れるもんね!」

そう言いつつ、傘をたたんだ私は、びしょ濡れの靴を脱ぎにかかる。ぐしょぐしょの靴下が出てくると、ひんやりとした空気が足を包んで、幾分か涼しかった、いや逆に冷たいくらいだ。

「どうしよう、靴下、びしょびしょだよ・・・」

足先の方の被害が大きく、しずくがぽたぽたとすのこに垂れてしまっている。靴下を乗せた部分に、足の形がくっきりと残ってしまった。この状態で上履きを履くと、上履きまでびっしょりになってしまうので、とりあえず私はその場で靴箱に手をついて、右足、左足と靴下をするすると脱いでいった。その様子を目をキラキラさせて、東戸さんが見つめている。

「わあい、西野さんも素足だ!」

「さすがに、この靴下は履けないなあ。教室で乾かしておくよ」

私はそれから、持っていたタオルで足を拭くと、乾いた素足を上履きに突っ込んだ。東戸さんを見ると、上履きを手に持って裸足でその場に立っている。裸足で教室へ行く気まんまんのようだ。

「やっぱり、東戸さんは裸足で行くの?」

「うん、雨の日に素足で上履き履くの気持ち悪くってね!裸足のままの方がきもちいいよー」

「そうなんだ」

期待を込めた目でこちらを見つめる東戸さんだったけれど、上履きも履かない裸足で教室へ行くのはさすがに憚られて、私はかかとまできっちりと上履きを履くと、ぱたぱたと濡れた上履きの足跡が多数残る廊下へと足を踏み入れた。その後ろから、裸足の東戸さんがペタペタとついてくる。茶色い足跡がたくさんの廊下も、躊躇なくペタペタ。今日も足の裏お掃除、大変そうだなと思いながら、階段を上っていく。

 6月の席は、私が最後列の真ん中、東戸さんは私の隣の列の後から2番目、いつもより東戸さんの足元の観察がしやすい席の並びになっている。くじ引きで決まった席だけれど、かなりくじ運がいいらしい。席に座った東戸さんは、さっそく足を椅子の下で組んで、足裏を私に見せつけてくれた。雨でぬれていて汚れが付きやすくなっているのか、真っ白な足の裏には茶色く汚れが付き始めている。教室内には27度設定で冷房が付いているが、人の多さとじめじめとしたこの気候のせいで、あまり効果は内容だった。制服の下にはじんわりと汗をかいている。上履きに包まれた足も然り。カバンから取り出した教科書類を片付けて、靴下を椅子の棒に干す。周りを見渡してみると、雨で濡れてしまったのか、頭にタオルをかぶった女子や、ズボンの裾をまくっている男子、シャツを脱いでアンダーウェアだけで過ごす男子など、雨の影響があちこちに出ている。足元に目を向けると、替えを持ってきていたのか、運よくそんなに濡れなかったのか、素足になっている生徒はあまりいなかった。男子で数人、女子は私のほかにもう一人だけ。まして、裸足で過ごしているのは東戸さんただ一人。2年生になっても東戸さんの裸足好きは健在だ。

「西野ちゃん、おはよ。ちょっと遅くなっちゃった」

他に素足履きの子はいないかなと足元を観察していると、私の隣に上野さんが登校してきた。東戸さんの後ろの席だ。私たち3人がくっつく席順になるなんてとてもうれしかったものだ。

「ココロちゃん!おはよう。雨、すごかったもんね」

「ええ、途中でちょっと雨宿りしてたんだけど、一向に弱まらなくって、諦めて土砂降りの中歩いてきたの」

上野さん、下の名前は心ちゃん。いつも徒歩通学で、今日も歩いてきたらしい。後で一つ結びにした髪からしずくがたれている。前髪も雨に濡れてしまったらしい。カバンからタオルを取り出すと、髪を丁寧に拭いていく。次に、手や制服、そして、足元へ。来たときから気づいていたけれど、今日の上野さんは靴下を履かない、素足で上履きを履いてきていた。週末に洗っていたのか、他の人に比べて白さが際立つ上履き。それを素足で。上野さんは、かかとまできっちり履いていた上履きを脱ぐと、タオルで拭き始めた。さらにカバンから別の白ソックスを取り出すと、乾いた素足にそれをするすると履いてしまった。ちょっと残念・・・。

「・・・西野ちゃん?」

「は、はいっ」

その一連の様子をじいーっと見つめていたせいか、上野さんはむっとした表情で私を見ていた。

「もー、それじゃ東戸さんみたいだよー。足、見すぎ!」

「ご、ごめんね!ココロちゃんの裸足って珍しくって・・・」

あわあわしながら弁明していると、今日の宿題をやっていなかったのか、せっせと問題集を解いていた東戸さんががばっと振り返る。

「え、なになに?上野さんが裸足!?」

「もう、東戸ちゃんまで!もう靴下はいたよー」

「えー、もっと早く言ってよう・・・」

心底残念そうに肩を落とすと、東戸さんは宿題に戻った。上野さんは上履きを履きなおすと、

「そういえば、西野ちゃん、替えの靴下とかないの?」

私の足元にちらっと視線を向けて尋ねる。

「うん、こんなに降るなんて思わなくって、持ってないんだ・・・」

「だから素足なのね。東戸ちゃんには気を付けないと!」

さっき靴箱で危険な視線を感じていたけれど、2年目ともなると、東戸さんの視線にはもう慣れたかな。むしろ、自分の思い通りにいかなくって残念がる東戸さんを見るのも好きになっていた。東戸さん的には、私が上履きを脱いだ方がきっと好きなシチュエーションなんだろうけれど、あえてそれをしないでおこうかなと私は考えていた。

 午前中の移動教室は、理科室くらいで、あとは教室で過ごしていた。昼休みが終わり、午後の授業。相変わらず東戸さんの上履きは机の下に置かれたままで、東戸さんは素足を机の棒において足の指をくねくね、イスの下で組んでくねくね、を繰り返していた。時間が経つごとに、東戸さんの足の裏は黒さを増し、昼休み明けにはいつものように、土踏まず以外は真っ黒になっていた。授業に集中しなきゃなんだけれど、東戸さんの足裏も気になってしまい、半分半分という感じ。東戸さんはというと、私のそんな大変さには気づかない様子で、5時間目の社会の授業は始終うとうとしていた。

 脱がないつもりでいたけれど、5時間目ともなるとさすがに上履きの中の蒸れに耐えられなくなってきた。相変わらず外は雨が降っていて、気温はそんなに上がらないものの、湿度はかなり高い。東戸さんも見ていないし、今だと思った私は、上履きの右足のつま先を、左足の上履きのかかと部分に当てると、くいっと左の上履きを脱がす。音を立てないようにそっと上履きを床に脱ぎ置くと、露わになった左足の親指を、右足の上履きのかかとに入れてくいっと脱がす。両足ともに上履きを脱ぐと、汗をかいた素足を教室の空気が涼しくなでていく。素足を机の棒に当てると、ひんやりとしていてとても気持ちいい。足の指で挟んでみたり、足の裏を付けてすりすりしてみたり。棒を堪能した後は、両足の足先を床につけてみる。フローリングの床はそんなにひんやりとはしていない。砂がたまっているのか、ざらざらを感じる。足先を付けたまま、時折足の指をくねくね動かしたりしてこれまで我慢していた分を晴らしながら板書をとっていると、右隣りからカラン、という乾いた音が。同時に、床についていた足先に何かがあたった。こつん。ふと隣を見てみると、2年生になって初めて同じクラスになった男子と目が合った。慌てて目を逸らす男子。頬が赤くなっているように見えるけれど・・・。机の下をのぞいてみると、その男子のものなのか、シャープペンシルが落ちていた。手を伸ばしてそれを拾い上げると、隣の子に渡す。

「これ、君の?」

「あ、う、うん、ありがとう・・・」

名前は何だったっけ、と思いながら、シャープペンシルを手渡すと、私はまた足を机の棒にのせる。ひんやり。直後にふと視線を感じて、右隣りを横目で見る。視線の主は、隣の男子だった。ちら、ちらと、私の足先に視線を送っているようで、本人はばれてないと思ているようだけれど、私から見るとバレバレだった。私も以前、東戸さんのことをばれないようにちらちら見ていたことがあったけれど、本人によるとわかっちゃうらしいのだ。私はその視線を恥ずかしく思いつつも、どういうわけか、もっと注目させてやりたいと思って、机の棒にのせた足の指を、くねくねと動かしてみた。横目で見える男子の視線は、その瞬間から私の足にくぎ付け。くねくねの後に、棒を指で挟んでみたり、足先同士を絡めてみたり。私自身も気持ちよかった。一通りの動作を終えると、私はくるっと、その子の方に顔を向けた。その子は慌てて顔を背けるけれど、顔は真っ赤になっていた。なんていう名前だったっけ。相変わらず思い出せないけれど、すごく、かわいいな。

 6時間目は、体育館に集まっての学年集会だった。2年生なので、廊下に並んでみんなで、ではなく各自で向かうことになる。隣の男子は授業が終わるといち早く教室を出ていってしまったので、私は社会が終わるころには完全に落ちて、机に伏していた東戸さんを起こし、教室を出る。目をこすりながら廊下に出てきた東戸さんは、やはり裸足のままだった。私は、授業が終わるころには上履きをきちんと履きなおしていたけれど。

「ちょ、東戸ちゃん、上履きはいいの?」

上野さんが慌てた様子で聞くと、

「うんー、暑いし、めんどいし、裸足で行くよー」

「ま、まあ東戸ちゃんがいいなら・・・」

教室を出る際に確認したけれど、靴下はなおもびしょびしょのままなので、仕方なく素足のまま体育館へ向かう。周りを見ると、他のクラスにも素足の子は見当たらなかった。みんなちゃんと靴下持ってきてるんだな。でもそんな中、ちらほらと素足履きの女子を見つけてうれしくなるとともにほっとする。よかった。私だけじゃなかった。

 体育館に入ると、クラスごとに出席番号順で並ぶ。私と東戸さんは2年生になっても前後の並びになった。場所を決めて座ると、東戸さんはスカートをしっかり押さえて体操座り。足の裏は残念ながら見えないけれど、押さえてあるからスカートの中を見られることもないだろう。私は正座をくずした座り方。素足なのを見られるのは恥ずかしいので、足先はなるべくスカートに隠しておく。学年集会は月のはじめに行われるもので、月ごとの学年目標とそれに関する話を学年主任の先生がして、それぞれの担当の先生から月の行事や決まりごとの再確認などの話がされる。私は途中から足がムズムズしてきた。さっきの時間あんなに脱いでいたため、冷房のない体育館での素足履きはかなり蒸れていた。私はスカートに手を突っ込んで、上履きを両方とも脱がすと、横にそれを並べておいた。前にいた東戸さんが脱がれた上履きを見てうれしそうな表情を見せるとまた前を向いた。ふつうは退屈な学年集会だけれど、行事の話になって私の、いやみんなの頭が上がった。修学旅行の行き先が、東京になったのだ。

「西野さん、東京だって!」

学年集会が終わってすぐ、東戸さんはひざをついて私の方へ向いた。向こう側の人から見ると、東戸さんの足の裏は丸見えだ。気のせいか、私たちの横を通り過ぎる人たちが驚いた様子で東戸さんの方を見ている気がする。

「去年までは京都・奈良だったのにね!絶対、東京の方が楽しいよ!」

私は東戸さんと手をつないで立ち上がると、横に脱いであった上履きを履き、体育館を出た。先程まで降っていた雨は上がったものの、雲は相変わらず厚く空を覆っている。吹きこんだ雨でびしょ濡れの渡り廊下を、東戸さんは裸足のままペタペタと歩く。

「最近、海外から来た人でいっぱいだってニュースでやってたもんね。東京の方が案外空いてたりするのかな?」

「どこにいこうかなあ。なにたべようかな!」

修学旅行は11月。まだかなり先だけれど、東戸さんはすでにあれやこれやと考え始めていた。私的には、お台場とか、原宿とか、有名スポットに行きたいな。

 帰りのホームルームが終わり、部活のある上野さんと別れると、私と東戸さんは教科書を片付けて教室を出た。先程はやんでいた雨が、再び降りだしている。椅子の棒に干していた私の靴下は、帰る時間になってもまだじっとりと濡れていた。さすがにそれを履く気にはなれず、袋に入れてそのまま持ち帰ることにした。

「西野さん、私、これから図書館に行きたいんだけど、どうする?」

「図書館?いいよー、私も行こうかな」

最近行っていなかったため、新刊コーナーが様変わりしている図書館へ。上履きは脱いで入るため、もともと裸足の東戸さんは、足の裏をきれいにして入らなければならない。図書室前に置かれたイスに座る東戸さん。

「西野さんー、お願い!」

東戸さんはいつもの通り、足の裏を差し出す。久々に一日中裸足で過ごしていたせいか、雨が降っていたのも相まって、砂やホコリがびっしりついて、床についていた部分は真っ黒だった。ウエットティッシュを取り出すと、いつもより強めに、ごしごし。

「くふっ・・・。くふふうううう」

「あ、あ、ちょ、あは、ちょ、くふふふうううう」

いつもよりごしごしとしなければならず、終わったころには東戸さんはぐったりとしていた。

「はい、終わったよー。今日はかなりやばかったね」

「はあ、はあ、ありがとう、西野さん・・・裸足は気持ちいいけど、くすぐったいよー・・・」

「きれいにしなきゃ、入れないからね!さ、入ろうか」

東戸さんは裸足なのでそのまま、私は上履きを脱ぐと、素足のままカーペットの敷かれた図書室へ上がる。いつもは靴下のままの図書室も、素足で上がると感じが違って、ドキドキしてしまう。利用している人は少なかったけれど、みんな靴下を履いている。裸足なのは私たちだけだった。一人だけ裸足だとかなり恥ずかしいけれど、東戸さんがいるから大丈夫。制服に、裸足の私たちは、新刊コーナーからそれぞれ好みの本を選ぶと、扇風機の近くの席に座る。エアコンは入っているようだけれど、そっちの方が涼しいのだ。東戸さんはイスの上に正座をして、本を読みだした。後を通る人たちからは、綺麗になった足の裏が丸見えだ。私は素足をカーペットの床に伸ばして、文庫本を開いた。

「・・・さて、東戸さん、そろそろかえろっか?」

「まってー、あと100ページ!」

「おおいよ!ほら、閉まっちゃうよー」

「ううー、じゃあこのページまで!あとちょっと!」

東戸さんが切りのいいところまで本を読み終わると、図書室には私たちしかいなくなっていた。図書委員さんの半ば不機嫌そうな雰囲気に押されながら、図書室を後にする。図書室前の靴箱を見ると、上履きが一足分だけ。

「・・・あれ、そういえば東戸さん、上履きは・・・?」

「あ、教室に置いてきた・・・」

これは明日も朝は裸足確定かな?と思いつつ、靴箱から上履きを取り出す。裸足のまま先を歩く東戸さんを見て、私は床に置いた上履きを再び手に持った。ペタペタと、ひんやりとした廊下を駆けだす。

「あれ、西野さん、上履き・・・」

「えへへ、誰もいないし、最後くらい、裸足で過ごそうかなって」

「西野さん・・・!かわいい!」

何がかわいいのかわからないけれど、今日一番の西野さんの嬉しそうな顔が見られたから、まあいいか。廊下から外を見ると、雨は上がって、遠くには夕焼けが見えていた。明日は、晴れたらいいな。


つづく


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