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短編

瞑想

作者: zig

 暗い六畳間の中央に、私は足を折りたたんで座った。

 瞳を閉じてから鼻から息を吐き、そして、細く、長く吸う。

 繰り返す過程の中で、背中を正した。床と垂直にそびえる壁。いや、柱が、私の背中にぴったり付くように。

 決して寄りかからない。重く、硬い柱は、ただ私の心を静かに正す為だけにあるのだから。

 

 背筋が整い、呼吸も落ち着いてきたところで、瞼の裏に広がる暗闇に、輝く銀の刃をかざした。

 研ぎ澄まされた銀色の無機質な得物。切れ味鋭く、何者をも無慈悲に切り捨てる、一刀両断の迷いない真剣。

 その身体だけに差し込む優しい月明かりを存分に吸い込ませたところで、私は目の前に突き立てた。畳を貫く小気味良い音を醸してそそり立つ滑らかな流線型の武器は、そのまま、無言の下に鎮座した。

 突き立ててから、再び姿勢を正して、息をつく。

 そして、全くの静寂の中で、私は光り輝く刀身と相対した。

 

 沈黙というものは、意識しなければ全く気にも留めない存在であるのに、一度向き合えば際限なく聞き取れるか聞き取れないか絶妙な高音と共に、私の周りへと落ち着いていく。その音に耳をすませる頃、まず脳裏を駆け巡るのは日々暮らすうちに湧いてきた雑多な想いとその記憶達だ。

 鮮やかな景色と共に、今考える必要のない想いが目の前を通り過ぎては消え、また新たに次の景色が現れる。

 しかしそれも、ある一点へ意識を引き締めれば次第に落ち着いた。息を静かに吐きながら、目の前に作り出し、対峙させた日本刀の煌きに向き合うよう努めていくと必ず、最後には瞼の裏から消え去って、闇が広がる静寂の向こうへと走り去っていく。

 そうして時間をかけてやっと、私は、彼と正面から見つめ合うことができた。


 彼の纏う空気は、涼やかだ。

 一切の音を許さない張りつめた空気の中。極限まで張りつめた弦が微塵も動くことを許さない暗闇の中で、ただ身じろぐことも無く、その細い身体を誇り高く現している。

 月光は彼だけに注がれていた。私には降りかからない。しかし、彼は私を見つめ、私は彼を確かに見つめている。神聖、もしくは荘厳な瞳が、天の恵みを借りて私へ眩しく意思を向かわせた。欺きや逃げを許さない、真実だけを問う光が私という存在を瞬きもせず、見つめた。


 この段になると必ず、身体が深く空気を欲し始め、更には節々に入った余計な力が見えてくる。

 剣は私に脱力を許した。彼の好意を借りて微かに身じろぎ、姿勢を整え直した私は、今改めて彼への問いかけに心を集中させていく。


 今、選択の狭間にいる。行くか、行かざるべきか?


 彼は答えない。しかし、聞き届けはする。

 木霊は返らない。それでも、問いかけは確かに私へと帰ってくる。

 ため息にも似た重い空気を吐き出した後で、静寂に浄化された空気を吸い込んだ。

 

 道。二つの道がある。

 彼を分岐として、右。または左。


 先は暗くて見通せない。分かるのは、只々太い道があることだけ。

 だが、目を凝らせば、更にその先、もしくは起点となる場所から、数本の道が見え隠れしていることがわかる。しかしそれは呼吸を繰り返すうちに揺らめき、消え、最後に残った道はやはり最初に開けた二つの道だけだった。

 

 問う。どちらが、よろしいか。


 何も言わない。誰も答えない。あるのは、道と私、そして彼だけだ。


 しばらくの間、無言で過ごした。

 やはり、答えは出ない。

 が。

 私は短く、強く息を吐き出した後で、彼に歩み寄り、その柄を握って地面から引き抜いた。

 眼前に近づけた刃はやはり見事なもので、握る私でさえも切り捨てることをいとわない冷徹さを光らせた。触れれば、ただでは済まない。そんな危い切っ先が、私の顔をその細身に映す。

 

 私はそれを一度しならせ、空気を切り裂き、そして、両手で握り、正面に構えた。

 道はもう無くなっていた。ただ一人相手もいないままに武器を向け、腰を落として構える。

 対するは、人ではない。また、道でもない。

 まして目論見が囁く利益でもなければ、他者から向けられる都合でも、期待でも、落胆でもない。

 言葉も、想いも、違う。

 それでは、ない。


 一切の不断を許さぬ銀光の刃を向ける先はただひとつ。


 見えた。


 心のままに刃を走らせた時、私は瞳を開けていた。

 瞑想が、終わった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 淡々として、それでいて流れるような文章が、情景を如実に浮き彫りにさせています。 最後までスムーズに読めました。
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