相容れない種族のサガ
「私の可愛い子供達を……」
先程のオーク達とは格が違う。
雰囲気、魔力、威厳、それら全てが、さっきのオーク達の比じゃ無い。
あれが虎なら、さっきまで相手にしていたのは猫なのだろう。
冷や汗が止まらない。
まだ姿を見せても居ないのに、この緊張感。
確実に、銀上位クラスか、金下位クラス。
銀ランクからは、ランクだけじゃなく、その中で二つに分けられる。
下位と、上位クラス。
その差は、同じランクの名を冠していたとしても、別格だ。
銀上位クラスの冒険者が、下位クラスの冒険者との決闘で木刀を使用して勝利したという記録があるくらいだ。
その、銀上位クラスですら相手になら無いかもしれないくらいの覇気を放つ魔物が、目の前にいる。
固唾を飲みこむ。
ーーー引けない。
ここで引いたら、依頼元の村が襲われる事になる。
それは絶対に避けなくてはならない。
『防衛者』として。冒険者としての誇りを投げ捨てる事になる。
……他の皆さんもそのつもりの様だ。
ネフリスが仲間全員を見回す時には、全員が決意を固めた顔をしていた。
(この程度の敵って事ですね……)
ネフリスは唇を緩ませた。
頼れる仲間と言うのが、こんなに楽しいものなのか。
そして、やっとさっきまでの声の主が歩み出す。
ドスン、ドスンと。
そして止まった。
瞬間、ネフリス達が居る空間の壁を伝う様に青い炎が灯される。
そのお陰で闇は消えた。
そして声の主の姿が全て灯りに晒される。
映ったのは、先程のオークの二倍以上の体躯を有した、
「オークリーダー……」
オークの上位種だった。
ナミアの読み通り『それ』は必然となって、ネフリス達の前に立ち塞がっていた。
服を着ているその体からは、隆々と鍛え上げられた筋肉が垣間見える。
ネフリスの四肢の何十倍もある太さの腕や足は、力に滾っている。
立ち昇る濛々とした魔力は、先程ネフリスが倒したオークの持っていた魔力の何十倍とある。
大木の様な腕に携えられた双剣は紅く、空間の青い光を反射して妖しい雰囲気を醸し出していた。
これが上位種。
途方もない実力差を感じた気がした。
そしてオークリーダーはさっきまでの勢いを失ったアサナト達に低い声で語りかける。
「おお人族よ。お主らは何故我等を狩り、踏みにじるのだ?」
心に訴えかける作戦か?
とは言え、投げ掛けられた問いには答えねばならない、とアサナトが答える。
「何も俺達は無害なオークを殺しに来ている訳じゃ無い。『危険があるから排除する』それの何がいけない?正当防衛は知能ある生き物のサガってモノだろう?」
「……確かに。我等も『生きる為に殺す』それだけに村襲撃を企んだ。冒険者だって油断させて殺そうと罠を張った。それの何がいけないのだ?我々は生きたいのだ」
アサナトの帯びる雰囲気が強張る。
「……そうか。どうやら、いや。やはり魔物と人間は共存出来ないな。必要悪と食料の運命は変わらないと言う訳か」
二秒程オークリーダーは黙った後に、言い放つ。
「その様であるな。その先に有るのは争い。やはり相容れぬ様だな」
オークリーダーが、双剣を構え直し、膨大な魔力を滾らせる。
ーーそして、双方の間に火花が飛び散った。
♢
ネフリスは、オークリーダーとイェネオスの盾がぶつかり合う時の火花を見て、安堵した様に思い出す。
役回りを決めて置いて良かった、と。
恐らく、前衛や後衛などの役決めがなければ、恐らく直ぐに連携が崩れてバラバラに各個撃破されている事だろう。
イェネオスさんが盾でオークリーダーの攻撃を防ぎ、後衛の僕らは遠くから魔法を放って援護。
エセウナさんとアサナトさんがオークリーダーの懐へと潜り込み、攻撃を入れる。
これを何セットかやっている。
効果はある。既にオークリーダーの右腹には切れ込みが入り、血が滴っているから。
だが、このままでは決定打に欠ける。
と、その時。
凄まじい乱風がネフリスだけを覆い、その数刻後にワープしたかの如くオークリーダーの目の前へとネフリスは吸い寄せられていた。
自身を拘束する様な風のせいで動けない。
能力を発動した所で、逃れられない。
「先ずは一人……」
オークロードは、ネフリスに剣を振り下ろした。
……だが。
その凶撃は、勢いごと全て無に帰した。
ーーーーイェネオスが防いだからだ。
「間に合ったぜ!ナミア!」
「分かってるわよ」
そう笑顔をこぼしながら、ナミアは即座にネフリスの拘束を解いた。
「有難うございます!」
拘束を解かれた後に、ネフリスは直ぐ様後衛へと戻った。
自分の本当の役回りをオークリーダーに悟られない為に。
イェネオスの盾の向こうで、オークリーダーはがなる様に言葉を洩らした。
「防いだな、我の凶撃を」
「ありがたい事にな」
イェネオスがそのまま攻撃を防ぎながら皮肉を飛ばす。
「こうなったのなら全員我の能力で抉り取ってやるわ!」
オークリーダーはイェネオスを盾ごと吹き飛ばし、直立不動の体制で力を貯める。
これはまずい、と悟ったアサナトは途端に仲間全員に言い放った。
「全員、イェネオスの盾裏に避難だ!」
「了解!」
何が何やら理解できないネフリスではあったが、オークリーダーの状態を知り、その意味を理解した。
咄嗟に盾裏に隠れ『その時』を待つ。
オークリーダーの尋常じゃない魔力の高まり。
明らかに強大な何かの技を使おうとしている。
地面を軽く揺らす程の低音が鳴り響き、快音を為して『それ』は放たれる。
「食らうが良い!我が能力『引力』の力を!」
白金の光がオークリーダーの身体から放射され、それはイェネオスの構える盾へと直撃する。
耳を破る程の轟音。
激しい熱を感じる肌が、焼ける様だった。
ネフリスは、イェネオスの盾が焼き切られないことを切に願った。