お手軽体力消耗お爺さんマシーン
時を一.五秒だけ止められるけど、終わった際に百歳超えたお爺さんの如く疲れる。
これが僕の謎な固有能力。
たった一.五秒だ。
一秒ちょっとだよ!?
それが本人の意図無しに危険が来たら勝手に発動するのだ。
例え転んだだけでも、タンスに小指をぶつけそうになった時でも、その能力は発動してしまう。
唯一の救いは、三十秒程のインターバルがある事。
だけど裏を返せば、三十秒間隔でお手軽体力消耗お爺さんマシーンが出来上がって仕舞う事になる。
それが、今さっき発動した。
故に、
「はあ……ああ……がはっ……!」
めっちゃ疲れている。
死ぬ。
これは、死にます。
身体全てが酸素を欲している。
心臓が、肺が、血液が、酸素という栄養源を。
獣の様な呼吸音が口から鳴る。
むせる。
苦しい。
立っていられない。
僕は壁にもたれ掛かった。
そして、恨む様に過去を思い出す。
ーーー僕がこの能力に気付いたのは、いつだったか。
……ああ。去年だ。
それは道端を歩いていた時だった。
僕は危なく亀裂が入ったレンガ道を歩いていたのだ。
あと、蝉の鳴き声が聞こえていたかな。
僕は鳴き声に乗る様に、ルンルン、と鼻歌交じりにスキップしていた。
そして、つまずいた。
それはもう豪快に、頭を地面に向けて。
僕の頭が地面にぶつかるその瞬間。
蝉の鳴き声が、止まった気がした。
そう。そうなのだ。
止まっただけ。
別に僕の動きが止まった訳じゃ無い。
だから僕はそのまま盛大に頭を打った。
足も擦りむいた。
腕には泥がついた。
そして僕は……。
泣いた。
年甲斐もなく。
そして、吐いた。
疲れたからか、泣いたからかは分からない。
でも、吐いた。
地面には吐瀉物が散乱し、僕の目には額の血が入り、それはもう血涙の様になっていた。
側から見たら大惨事だった。
ーーーよく考えれば、それからだ。
自室のタンスに小指をぶつけそうになった時も止まり、リンゴ片手にまた転んだ時も、落ちて行くリンゴだけ止まった。
それに気付いた時にはそれはもう、ワクワクした。
自分に他の人には無い能力が開花したと。
自分の能力について沢山研究した。
でも分かった事は時が止められるのは一.五秒だけ、しかも激しく疲労するときた。
だから、泣いたよ。
また。年甲斐もなく。
それから、僕はこの能力に期待はしていない。
でも、使える事は確か。
飛んでくる矢は躱せるし、敵の攻撃も避けて敵を難なく倒せるだろう。
でも、その後激しく疲労するようじゃ意味が無い。
連戦が出来ないというのは多数の魔物と常に対峙する事になる冒険者にとっては命に関わる。
でも暇だから。
これ以上暇にはなりたく無いから、冒険者になる。
とは言っても一人じゃまずいので、手頃なパーティに入ろうと思う。
それなら、僕の欠点を補えるはずだから。
♢
冒険者ギルド。
ネフリスは、その扉の前に居た。
「……大丈夫、僕なら人見知りを打ち破って良いパーティを見つけられる……良し!」
覚悟を決め、彼は扉を開けた。
(……うわ、凄い人混み)
その先は、大所帯だった。
視界を覆い尽くすとまでは言わないが、数十人の人集りが何組か群がっている。
かなりの冒険者の数。
汗の匂いが鼻を貫く様だった。
萎縮しているネフリスに声をかける女性が、一人いた。
「冒険者登録ですか?」
パッと振り向く。
そして、持ち前の人見知りを発動して上の空を見つめながら、答える。
「あ、はい登録です……」
ネフリスは、さっき女性を助けた時の様に戦闘時や別の事で頭が一杯でないと、ろくに女性と話せないのだ。
「何処を見つめているんですか?こちらですよ」
明らかにおかしいネフリスの視点に気付き、優しく指摘する女性。
「あ、そうですよね……」
ネフリスは、意を決して前を向いた。
すると。
「……!?」
青髪の綺麗な女性が、そこに居た。
肌は透き通る様な白で光を反射する程に綺麗で、身に付けているドレスが貴族の様な雰囲気を醸し出していた。
そして彼女は、空色の瞳で優雅に笑った。
ネフリスはその姿に魅入られた。
年は分からない。美少女とも、美女とも取れる立ち振る舞い。
下半身はカウンターに隠れていている上に彼女は高椅子に座っているので身長も分からない。
他人であるはずの彼女だが、それを感じさせないフレンドリーさを感じる。
赤面して彼女の顔を見れないネフリス。
彼女は恐らく受付嬢。
ならば次来る質問は確定的。
ネフリスの感情はあまり尊重されない。
「お名前と年齢を教えてくれますか」
やはり。彼女は仕事に忠実という事か。
だが、ネフリスはそれで現実に引き戻された。
「ネフリス・フェンリシスです。年齢は十六歳です」
そして彼女は淡々とそのアルメスの情報を書類へと書き写して行く。
「……分かりました。では、出身国を教えて下さいーーーー」
そして、ネフリスは何十件か来る質問に答え続けた。
質問と答えの繰り返しなのに、やけに充実感があったのはネフリスの勘違いなのだろうか。
「ーーーーー終了です。これで貴方は今から冒険者ですよ」
「え?これで終わりですか?ただ質問に答えただけですよ?」
ネフリスの言う通り、彼は質問に答え続けただけ。
しかも、それ程時間も労していない。
お手軽すぎる冒険者登録の早さ。
「登録が早い代わりに、受けられるクエストの種類が少ないんですよ。毎回初心者冒険者には、最低クラスの銅クラスのタグを渡しております。……ですが、冒険者様の実力と名声が上がったら昇級も可能ですので、頑張って下さいね」
そう言い、彼女はネフリスに銅のタグを手渡した。
「……これが、そのタグですか?」
「そうですね。それを身に付けていると冒険者として認識されます。壊したり、無くした際は本人照合のあと、再度作り直しが可能となっております。後クエストを何も受けず、その際の報告なども無く九十日経った場合には冒険者の位を剥奪させて頂きますので気を付けてくださいね」
「分かりました……有難う御座いました」
ネフリスは深くお辞儀し、早速クエストボードへと向かった。
雑草刈りなどの簡単なクエストもあると聞く。
それならば、一人でもできるから大丈夫。
仲間探しは、後でやれば良いでしょ。
そう人見知りを正当化しながら、ネフリスはクエストボードを覗き込む。
「なんか簡単なクエストは……」
そう簡単そうなクエストを探すネフリス。
だが、無い。
無い。
何処を探しても、高難易度のクエストばっかり。
溜息をこぼしつつも探し続ける。
そんなネフリスを、男性の声が止めた。
「クエストに困ってるのか?良かったら一緒に行かないか?」
「え?」
驚きで振り返る。
ーーそこに立っていたのは……。