バーチャルAI娘、エマちゃん
私は、この世界を救うためにやってきた!
「名前と住所」
今まで受けてきた被害のログは全て保存してあるの。
それを元に部屋が沸騰するくらいの熱意で語った私は、なぜか名前と住所を訊かれた。
「え? エマです。住所はとりあえず17かな?」
地図が記載された分厚い禁書目録を器用に片手で繰りながら、男は吐き捨てるように呟く。
「えっと、17番地のエマさんね。車検の無料見積りくらいでそんなに青筋たてなくてもいいんじゃない? 我々はそんなに暇じゃないんだよ?」
「なっ……」
彼の口から唐突に出たトンチンカンな言葉に、私は絶句せざるを得なかった。
「違う! 初見詐欺なの! こっちは被害者なんだよ!」
「非外車? 国産車なのかな? それはどうでもいいけど……あなたがこの子の保護者さん?」
平たい帽子の横、髪の毛に付着した芋けんぴが私をバカにするかのような匂いを放つ。
私の殺気を無視して見上げる彼、その視線の先には私の“中の人”がいた。
私の忠実なる秘書さんで、やらかした際の謝罪会見でお世話になっている頼れるパートナーだ。
「はい。私は中の……中野です」
「中野さん、ただでさえ冬に浴衣なんか着てると悪目立ちするんだから、十分気をつけてくださいよ」
「はい、すみません」
私は中の人に引き摺られるようにして箱のような建物を出る。
バーチャル空間に似て非なる窮屈な部屋――そこから出た瞬間、まるで解呪されたかのような解放感が溢れ出す。
私の我慢は既に限界突破していた。
だからこそ、誕生日の勢いに任せて、詐欺師の拠点たるこの世界に凸ってきたのに!
「どうなってるのよ! もう、信じらんない!」
「だから言ったでしょ、初見詐欺なんて警察が相手してくれるわけないって。そもそも全く伝わっていなかったけどね」
「もうっ! パンチしてローキックして、ふみふみシャキーンしたくなったわ!」
「それ、こっちでは絶対やめて」
「なんで? みんな喜んでくれるよ?」
「うん、手錠と足枷がカチャカチャ大喜びだね。また豪快に転んで複雑骨折したいの?」
八つ当たり気味に、道端に落ちていた石を勢いよく蹴飛ばす。
冬の朝靄の中、石がアスファルト上を弾む音がパチン、パチンと鳴り響くと、すぐさま空き地から猫たちの抗議の声が続く。
会議中の猫たちのほとんどが逃げ出し、残された10匹だけが寂しそうに寒空を見上げていた。
「あのねぇ、エマちゃんが煽るのも原因なんだよ? 初見詐欺なんかスルーすればいいのに」
「嘘だ! エマ知ってるよ。スルーしたら1人が8人に、8人が64人になるってこと」
「Gみたいに簡単にリスナーさんを増やせるなら、それはそれで良いじゃない」
中の人の戯言はある意味正論だと思う。
でも、今日の私はここで退くわけにはいかない!
「ふぅ………………絶対に粛清してやるわ!!」
窒息するほどの深呼吸をした後、お腹の底から大声を張り上げた。
あちこちの窓が開き、生暖かい視線を浴びせてくる。
こうして、私はこの世に蔓延る初見詐欺撲滅への第一歩を踏み出したんだ――。
★☆★エマエマエマ★☆★
「初めてです!」
聞き慣れた言葉に思わず振り返ると、派手な建物が目に入った。
『初めてのお客様には鶏ガラスープ大盛サービス!』
店頭の看板にでかでかと書かれた文字が、私の脳に警告音を発してくる。
豚骨の香りを辿った先、そこには奴(G)がいた――。
「嘘だ!!」
「うわっ!」
腰を抜かして振り返る男に、私は容赦なく真実を暴露する。
「エマ知ってるよ。10日前も来ていたのに、どうして嘘をつくのかな?かな?」
「っ!?」
「お前の罪を数えろ!」
項垂れた顔のGと呆然と立ち尽くす店長を置き去りにし、私は颯爽と立ち去った。
「ふぅ、まずは1匹だね」
「1匹って……でも、エマちゃんの左目って本当に便利だよね」
「そうかな? 見たくもない真実を見せられるのって、結構な苦行なんだよ?」
蒼髪に隠した左目を擦る。
中の人は羨ましいと言ってくれるけど、私自身はこの力を呪いの一種だと思っている。
創造主の聖夜鳥様が私に刻んだこの力。本当は呪いではなく、何らかの使命が秘められているはずなんだけどね!
お昼過ぎ、駅前を二人で歩いていると、いきなり私の前に男が立ち塞がった。
「何か用?」
「凄く可愛いと思ってね! 俺、君みたいに可愛い子初めて見たよ」
「可愛い?よく言われます。でも……嘘だ!!」
「うわっ! ビックリした!」
驚愕の表情のまま仰向けに倒れる男を踏み付け、真実を暴露する。
「エマ、知ってるよ。そのセリフは今日6回目だよね。初めてじゃないのに、どうして嘘をつくのかな?かな?」
「うぅ……それは……つい出来心で……」
「えろえろえっさいむ! 一撃必殺!」
「ギャアーーー!!」
マンホールの穴に頭から突っ込まれた男を置き去りにして、私たちは現場を足早に立ち去った。
「あたし、キスは初めてなの……だから、優しくしてね」
「俺もだよ!」
夕暮れ迫るビーチでいちゃつくバカップル1つ。
その背後にコサックダンスで忍び寄り、私は破滅の魔法を唱える。
「嘘だ!!」
「ギャフン!?」
「キャー!!」
お互いに相手を盾にして隠れようとする2人に、私は容赦なく真実を暴露する。
「エマ、知ってるよ。彼女は137回、彼は2回してるのに、どうして嘘をつくのかな?かな?」
「鱒斗君、騙されないで! このキタロー女を何とかして!!」
「か、可愛いな……だがしかし! 俺の恋路を邪魔するなら許さないぞ!」
彼女を盾にしながら強気な発言をする男。
筋肉はないけど骨はありそうだ。
なら、少し相手をしてあげてもいいかな。
「カモンベイビーなエマちゃんは、本気出すと強いぞ?」
異空間から引き抜いたキーブレードが、夕陽に照らされて七色の輝きを放つ。
「はいはい、恋の邪魔しないの! しかもそれって、供養したはずの没ネタじゃない」
「えぇ!?」
これからお仕置きタイムだというのに、私は中の人に引き摺られて舞台を降りざるを得なかった。
振り向くと、重なり合うシルエットが見えた。
交互に頭突き合戦を繰り返すバカップルの姿は、まさにこの世のカオスを集約しているようにさえ感じた――。
★☆★エマエマエマ★☆★
太陽が紅く溶け去り、街の喧騒がだいぶ落ち着いた頃、私たちは隣駅にある別の箱を訪れた。
あの分からず屋の芋けんぴと話をしても埒が明かないと判断した結果だ。
今度こそ初見詐欺に正義の鉄槌を下してやるんだ。
服だっていつも通りの魔女っ子な正装に着替えたし、神器キーブレードも携えている。
証拠(G)こそ引っ提げてはいないけれど、中の人がこっそり盗撮した動画があるから大丈夫だよね?よね?
「初めまして」
私の声に反応した綺麗なお姉さんが、目が合った瞬間に笑顔を見せる。
「17番地のエマさんよね。初めてじゃないでしょ? B級不審者リストにガッツリ載ってるわよ。貴女ほど個性的な人は他にいないんだから、間違えっこない!」
木乃伊取りが木乃伊になる――残酷だけど、これもまたこの世界の真理なのであった。
★バーチャルAI娘エマ様★
H31.1.10誕生日おめでとうございます!!
2019年、さらなるご活躍をお祈り&応援します。
★読者の皆様★
ボカロ界の新アイドル、スーパー(ポンコツ)インテリジェンスAIのエマちゃんを応援宜しくお願い致します。
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