第7回 事故の跡
千尋は心臓が飛び出すかと思うほど緊張していた。目の前に貴也がいて、孝太(千尋の本体)をじっと見ているからだ。
やばいやばいやばい・・・これ絶対バレたよ・・・!
しかし、貴也はしばらく孝太を見た後、千尋へと視線を向けてきた。
「・・・孝太、何かあったの?」
「え・・いや、ただ知り合いが遊びに来ただけというか・・・・・」
もごもごと答える間に、孝太はダッシュで逃げ出した。それを見て千尋はほっとしたが、なんと貴也はその後を追おうとしたのだ。
「先生!」
思わず呼び止めると、貴也の体は止まった。その間に孝太が走り去るのを見て、貴也は追いかけるのをあきらめたらしい。
だけど明らかにその表情は何かを考え込んでいる様子だった。
そのときの千尋の予感は当たっていた。貴也はそのときのことをずっと考えることになる。
◇
いよいよ思い出さなきゃいけないと思い始めたときには冬休みになっていた。
23日、千尋は1人で貴也の家の横を通る道路まで来た。貴也の話だと、リッキーの散歩コースはすでに決まっていて、いつも貴也の家の横の道を通ることがわかった。
きっとここに何かある。
――と、思ったものの特に何もなかった。
そうだ。料理を作っていたのになんで道路に出る必要があるのだろうか。
千尋は思い直して帰ろうとしたときだった。
「・・・・・・?」
少し離れた道路の色が変色していることに気づいた。近づいてみると、それは血のように見えた。
もしかしてここで事故があったとか・・・・・?
「あれ・・・こんなトコで何してんだよ」
その声にはっとして振り返ると、ちゃらそうな男がきょとんとした表情で立っていた。村瀬だった。
「村瀬・・・私もしかしたらここで事故ったのかもしれない」
「は?」
「だってここに血の跡があるの。私と孝太君のものかも」
しばらく村瀬は何も言わなかった。ただ血の跡を黙って見ていた。
「そうだとしたらお前らは事故った拍子に入れ替わってことになるな」
「絶対そうだ!ねぇお願いがあるんだけど、ここで事故がなかったか貴也に訊いてみてくれない!?」
「いいけど、一応矢吹にも確認してみろよ」
千尋は頷いて駆け出していく。
微かな希望が見えてきた気がしてきた。思い出せば何かわかるかもしれないと期待していたからだ・・・・・・
◇
事故ったかもしれないと言う千尋の言葉を考えながら、村瀬はその場にしばらく立っていた。
「村瀬!ごめん。待たせた」
そこに自転車に乗った貴也が現れた。村瀬が今日ここに来たのは貴也に呼ばれたからだった。
「よぉ。人呼んどいてのんきに買い物かよ」
「悪い。特売日だったから」
どこの主婦だ。ツッコミどころは満載だったが、あえて無視して村瀬は歩き出す。そして、なんでもないように話し出した。
「なー貴也。1ヶ月くらい前にここで事故とかなかったかー?」
「事故?さぁ、聞いたことないけど」
やっぱりな。村瀬はなんとなくわかっていた返答に特に驚くことはなかった。
「俺も訊きたいことがあるんだ」
村瀬は振り返る。貴也が真面目な表情でこっちを見ているのがわかった。
「俺の精神状態ってイカれてないよな?」
「なに急に」
「いや・・・千尋に似た人が俺のクラスの女の子に告ってたから」
あのバカ。なんでそんなややこしいことになってるんだ。
表情には出さなかったが、村瀬は心底呆れていた。その様子だと孝太(千尋の本体)を見たことがわかる。
「田中が女好きだとは知らなかったな」
自嘲気味に村瀬は言った。
「ごめんな。俺どうかしてるわ。これだけ訊くためにお前のこと呼び出したりしてごめんな」
「いや。俺なんもできねぇけど話ぐらいは聞けるからな」
「ほんといいヤツだな。昔から」
「おい。今頃気づいてもおせーよ」
2人は笑ったが、村瀬は貴也が本気で笑っていないことに気づいていた。
いいヤツ・・・・・そんなんじゃない。だとしたら今きっと自分はここにいないって村瀬はわかっていた。
これは俺のわがままなんだ。