第4回 転校初日
最初は全然ついていけなかった中学生の男の子の体は、何日寝てもそのままだった。千尋は朝起きて元の体に戻っているという期待をだんだん持てなくなってきていた。
そして、今日も・・・・・やっぱりそのままだった。今日から学校だというのに・・・
それにしても親の仕事の都合とはいえ、ずいぶん変な時期の転校だった。
千尋は手際よく制服に着替えると、1階の居間へと降りていった。
「おはようございます」
「おはよう。ちょっと待っててね」
今こうして孝太の家にお世話になっている。結局村瀬はあれから姿を現さないし、このまま一生この生活が続いたらどうしようかと半ば本気で考えていた。
「今日から学校だけど・・・・・くれぐれも気をつけてね」
先に顔を洗ってきたらしい孝太が念を押してくる。この言葉は前日までに耳にタコができるほど聞かされている。
「大丈夫。とにかくあんまり目立たないようにしてくるから」
自信のない言葉だった。
◇
孝太の通う中学校は、千尋にとっても母校だった。だけど、当時いた先生はほとんどがいなくなっていて、千尋の苦手としていた体育の女の先生だけは一目見ただけでわかった。
「こっちだよ、孝太」
貴也はいきなり呼び捨てにしてきた。受け持つクラスの生徒を呼び捨てにしているのかもしれない。
「緊張しなくても大丈夫だよ。みんな面白い人ばかりだから」
「あ、あの・・・」
「ん?」
千尋は貴也の左手薬指を見ていた。だけど、やっぱり何も言えなくて首を振るしかなかった。
「じゃあ行こうか」
何も知ることのない貴也は、千尋を自分のクラスへと案内していった。
◇
2年5組。今日からそこが千尋の新しいクラスだった。
「矢吹孝太です。よろしくお願いします」
自分の体じゃないと思うと、人前で挨拶しても全然緊張しなかった。むしろ貴也が担任のクラスに入るということのほうが緊張を千尋にもたらしてくる。
とにかく目立たないように過ごそう・・・・・
窓際1番後ろの空いた席に腰掛けると、そこから教室全体を見渡すことができた。
「ねぇねぇ、矢吹君ってどこから来たの?」
いきなりそんな突拍子のないことを訊かれ、気がつくと隣に座っていた女の子から声をかけられていたことがわかった。
「え・・・っと東京」
かわいい子だなぁと重いながら千尋は返答する。
「東京?いいなぁ・・・私1度でいいから渋谷とかに行ってみたいんだよね。やっぱ人多いの?」
千尋は東京出身ではないので少しだけ戸惑う。
「あ、うん。でもいつもあんなカンジだよ」
「へー!じゃぁ今度東京行ったら案内してね」
千尋が頷くと、その子は満足そうににっこりと微笑んだ。
「私、高原南。よろしくね」
「うん。こちらこそよろしく」
千尋にとっては同性だが、孝太にとってここで初めての異性の友達ができた。
―――と、そのときは思っていた。
事態が急変したのはその日の放課後だった。千尋が帰ろうとバッグに用具をつめているとき、南が現れた。
「矢吹君、今ちょっといい?」
「あ、どうかした?」
手を休めて、千尋は南に向き直る。
「矢吹君って彼女とかいるのかなぁ?」
・・・・・?いきなり何を言い出すんだ、この子は。
「いないけど(たぶん)」
「じゃぁ、私を彼女にしてくれないかな!?」
はぁ!?千尋はどこぞのマニアック映画でも見ているような気分になった。
「え・・・いや、だって今日会ったばかりだよ・・・・?」
「そんなのカンケーないじゃん。好きになっちゃったもんはしょうがないの」
ひるむことなく彼女はにっこりと笑って言い放つ。だが、その表情に少し照れも見られるのがわかった。
「だから・・・考えといてね!」
そう言って、南は教室を飛び出していく。
いや・・・ちょっとマテ。そんなことできるわけない・・・・・・・だって、だって・・・・・私女の子なんですからー!!!!
最後の言葉がギター侍のようですね。