第3回 入れ替わった体
「いなくなったってわかったときの貴也の慌てぶりはすごかったよ」
帰り道、村瀬がぽつぽつと語り出すのを千尋は聞いていた。
「急に台所からいなくなったわけだろ?それも婚約指輪置いて。最初はなんかあったんじゃないかって走り回ってた」
千尋は黙って聞く。
「1日中捜して、警察にも連絡して、でもやっぱり見つからなくて・・・それでもあいつは捜し続けた」
そういう人なんだ、あの人は。そういう人だから好きになったんだ。
「貴也・・・周りからいろいろ言われなかった・・・?婚約者に逃げられたとか、結婚詐欺だとか・・・・・」
村瀬は「まあな」と頷いた。
「でもあいつの人柄で直接言ってたのは俺ぐらいだけど、カンのいい奴だから周りがそう言ってたことに気づいてただろうな」
そんな場面が想像できてしまって、千尋は泣きたくなった。あんなに優しい人がどれだけ苦しんだだろうか・・・・
「っていうか、まさか俺んち来るんじゃねぇだろうな」
今さらだが、2人は村瀬の家に向かっていた。
「だって他に行くとこないんだもん」
「あのなぁ・・・いくら今男だからって、ダチの彼女泊めるわけにはいかんよ」
変なところで律儀な男だ。
「じゃぁどうすればいいのよ・・・」
千尋はこの先どうすればいいのかわからなくなっていた。このまま村瀬に見捨てられれば、完全に路頭に迷うことになる。
「矢吹孝太んちにでも行けばいいだろ」
「家がわかんないのに行けるわけないじゃん」
「たぶん俺わかる」
千尋が驚いて振り返ると、村瀬はさっさと方向を変えてどこかに向かおうとする。
「ええっ!今から行くの!?」
「当たり前だろ。もしかしたらそこにお前の体もあるかもしんないだろ」
なるほど・・・感心して、千尋は慌てて村瀬についていくことにした。矢吹孝太の家へ・・・
◇
村瀬の家の近所に最近新しい家が建ったらしく、そこに住む人が以前挨拶に来たことがあるそうだ。そのときに確か「矢吹」だと言っていたような気がする・・・らしい。
まだ矢吹孝太の住む家かどうかもわからない話だ。
それなのに、
ピーンポーン
村瀬はためらうことなく呼び鈴を押した。
『もしもし』
「こんにちは。あの、矢吹孝太君が道に迷ってたみたいなんで連れてきました」
『え!もしかして、女性の方ではありませんか!?』
なんだか話がおかしい。まるで千尋の状況を知っているかのようだ。
玄関の扉が開くと、出てきたのはまだ若い女の人だった。とても綺麗な人だ。
「やっぱり・・・孝太!」
そんな人がいきなり初対面の千尋に抱きついてきた。
「よかった!このまま見つからなかったらどうしようかと思ったわ」
「えっえっ!?」
混乱する千尋の目の前に、さらに混乱する光景を目の当たりにすることになる。
なんと自分自身が目の前に困惑した表情で立っていたのだ。
「わっ・・・私!?」
「うん。中身は俺だけどね」
自分の声で、誰か知らない人が喋った。
◇
話をまとめるとこうだ。
どうやら田中千尋の精神と矢吹孝太の精神が何かのきっかけで入れ替わったということだった。
「何がきっかけかは俺にもわかんないんだ」
男口調で千尋の体をした孝太が呟く。
「ただリッキーの散歩に行ったところまでは覚えてる。気がついたら家の庭で寝てたのを母さんに起こされたんだよ」
リッキーというのは飼っている犬の名前らしい。
「お姉さんは今仕事してるんですか?」
「ううん。してないけど」
結婚するので退職したのだ。そう思いながら、千尋は貴也のことを思い出していた。
「よかった・・・でも俺はもうすぐ学校があるんです」
その言葉に千尋はなんとなく嫌な予感がしてきた。
そんな千尋を察したのか、代弁するかのように村瀬が話し出す。
「要は、代わりに学校に行けって話だろ?」
「はい。しょっぱなから不登校なんて嫌ですから」
「えええぇぇぇぇ・・・・・・」
「決定だな。それが嫌なら早くきっかけを思い出せよ。そうすりゃ元の体に戻れるかもしんないな」
強引に村瀬が話をまとめてしまう。
11月14日、この日田中千尋(女)14歳は、中学2年生(男)に逆戻り(?)した。