第32話
少し短めです。
「みなさん、本日はお集まりいただきありがとうございます!みなさんのおかげでこうして完成することができました!それでは、長々と挨拶をするのも得意ではありませんので、”イグナーツ温泉”!オープンです!」
そう修司が言うと、オルドが盛大に火球を打ち上げ、盛大な拍手に包まれた。
オープンセレモニーとはいうが、実際には完成祝いに近く、施設内には誰も入らず、外に用意されていた食事や酒を各々が楽しんでいるといった具合だ。
修司も食事や久しぶりに飲む酒を楽しみつつも、基本的には挨拶周りに追われていた。そうした時間をそれなりの時間過ごしていると、施設の裏手、木樋の方から物音と湯けむりが上がるのが見え出したので、ぞろぞろとそちらの方へと人が流れて行く。
そして人だかりが施設の裏手に着く頃には施設内へと続く木樋に勢いよく湯が流れているのを見て歓声が上がる。
ちなみに、このタイミングで流れてきたことには理由がある。とはいえそんなに大層な事ではなく、先ほどの挨拶の際にオルドが盛大に打ち上げた火球を合図に源泉に残っていたバルドとバムリが堰き止めていた部分を取り除いたのである。
こうしてようやく施設内の浴槽などに初めて湯が注がれることとなった。湯が張るまでにまだかなりの時間がかかるため、この辺りで一度オープニングセレモニーは一旦お開きとなり、午後の仕事が終わる夕食前頃の時間に改めて温泉に入りたいものは集まる流れとなった。
集まっていた人々が解散し、用意していた料理等の後片付けを済ますと、修司とオルドは施設内の確認に向かう。セレモニー前にも確認はしていたが、やはり実際に湯を入れてみないことにはわからない部分もあるのだ。そうして念入りにチェックし、問題がないことを確認した頃、ちょうどバルドとバムリが戻ってきた。この二人も湯を流した木樋に問題がないか確認をしながら降りてきたのだが、そちらも特に問題はなかったとのこと。
そうとなればすることは決まっているとばかりに4人は顔を見合わせて口の端を釣り上げながら頷きあう。
早速4人は男湯の暖簾をくぐり、脱衣所で服を脱ぐと浴室へと突き進む。
そこでは湯気がもうもうと立ちこめており、パリトゥサの芳しい香りと温泉独特の匂いが仄かに入り混じっていた。
ついにここまできた−そんな思いを胸に修司は感動に立ち尽くしていると、ドワーフ三人衆は我先にとそのまま浴槽へと向かおうとする。
「ちょ、ちょっと!だからダメですよ!前に説明したじゃないですか!温泉には入る際のマナーがあるって!何のために洗い場と湯槽を用意したんですか!」
修司の普段は出さないような大声を聞いてオルド達もビクッとして立ち止まる。
「いやぁ、そうだったそうだった。まずは体を洗わないといけないんだよな。」
頭をかきながら、興奮してすっかり忘れていたと言うオルド達。
そうして4人はそれぞれ湯槽の周りに用意されている手桶を使い湯をかぶり、体をきれいにする。そして抜け駆けはなしとでもいうように4人揃って浴槽の際まで行き、同じタイミングでゆっくりと温泉へとその身を沈めていく。
肩までその身を沈め、壁面に背を預けると、誰とはなしに大きく息を吐いていく。
「いい湯だなぁ。」
修司はそう言いながら目を瞑る。
思えば最後に風呂に入ったのは、それこそこの世界に来る事になった時であり、それからもう数カ月になる。その数ヶ月を振り返ってみても、色々と元いた世界ではしたことのない経験や苦労もあったが、充実した日々だったように思える。
少なくとも、何のためかもわからないまま会社や上司に言われるがまま死ぬほど働いていた時よりも、今の方がよっぽど生きているという実感があった。
もちろん、娯楽や利便性、特に食事などを考えると元いた世界の方が良い点もあり、たまに懐かしくなることもあった。
それでも、やっぱりこちらの方が−
そんなことを考えながら、なんだかんだでここ最近の疲れが溜まっていたのか、修司の頭はぼーっとしてきて、徐々にその意識は暗転していった。




