第1話
気づいたら修司は見知らぬ部屋にいた。状況を確認しようと周りを見回していると、ドアからテレビや雑誌でしか見たことがないような美少女が入ってきて、自分が目を覚ましたことに喜ぶも、ほんの少しの間を挟み、おずおずとしながらこう言われた。
−シーツを羽織ってほしい−
どういうことだ?とよくわからないまま視線を下げるように自分の体を見て−
「ファーーーーーーーーーっ!!?」
修司は目の前の美少女に言われて初めて自分が全裸であることに気づき、悲鳴とも絶叫とも言えるような素っ頓狂な声をあげながらベッドの上のシーツを急いで羽織るのであった。
自分が裸でいることの違和感など当然感じるだろうとは思うだろう。しかしあえて言い訳させてもらうとするのなら、修司は最後の記憶として、直前まで風呂に入っていた認識でいたのであり、むしろ裸でいることが当たり前の状態だったのだ。そんな誰にするでもない言い訳を頭の中で考えながら修司はシーツを羽織りながらベッドの脇で三角座りをしていた。
そんな三角座りをしている修司に対し、どう話しかけたらいいかと先ほどの美少女が戸惑っていると−
「どうしたんだい?縊り殺された雌鳥みたいな悲鳴が聞こえてきたけど?」
そんなことを言いながら、どこか美少女と似たような、一見すると柔和そうな、これまた昔は絶世の美女だったろう老婦人が入ってきた。
「ん?ああ、目が覚めたんだね。ところでさっきの悲鳴は・・・ふむ、うん。そういうことかい。あんたもその年の男なら別に女に初めて裸を見られたって訳でもあるまいに。リーナもリーナだよ。そもそもそこの男を北の森からそのまま担いできたのはリーナじゃないかい。今更改めてその裸を見て顔を赤らめるもんじゃないよ。」
ふんっと鼻を鳴らしながらそうは言うものの、明らかにからかっているようなニヤけ笑いをしている老婦人。
「もう!お婆ちゃんったら!」
顔をより一層赤くしながら頰を膨らませる美少女−うん、可愛い。
そんな美少女の怒りも柳に風と受け流しながら老婦人はいまだにニヤニヤとしている。
修司はその表情を見て確信した。間違いない。確かに一見すると柔和そうな表情をしているが、この婆さんは性悪だ−そんな今はどうでもいいようなことを考えていると老婦人もからかうのに満足したのか、こちらに向き直り話しかけてきた。
「さて、落ち着いたんなら少し話でもしようかね。ほら、お前さんもいつまでもそんないじけた子供みたいに座り込んでないで、そこのベッドにでも腰掛けな。」
いつかギャフンと言わせる−そんな取り止めもないことを考えながら修司は言われたままにベッドへと腰掛ける。
それにしても、本当にここは一体どこなんだ?夢にしてはリアルすぎるような気もするし・・・。考えてもわからないことはわからないので、夢にしろなんにしろ、ひとまず目の前にいる性悪婆さん−もとい見た目だけは柔和そうな老婦人の話を聞こうと修司もまた、軽く居住まいを正す。−相も変わらず全裸にシーツを羽織っているだけという姿ではあるが・・・。
「まずは軽く自己紹介でもしとくとしようかね。私はヘルダ。見た通りエルフで、この村で薬師をしてる者さね。それであんたを北の森で真っ裸で倒れてるのを見つけて、慌てて家まで運んできたそこにいる子は私の孫でリーナだよ。」
「リーナと言います。初めまして。それにしても本当に気がついて良かったです。北の森で倒れているのを見つけたときは本当に慌てましたので。それで、えーっと・・・」
「あ、ああ。俺は、あ、いや、私は沖田修司と申します。どうもお話を聞いていると助けて頂いたようで、まずはお礼を言わせてください。ありがとうございました。」
そう言い修司は頭を下げる。しかし−
「それにしてもお二人とも日本語がお上手ですね。というよりも、ここはどこで一体どういう状況なのでしょうか?それにヘルダさん、でしたか?エルフ?すみません、いかんせん今の自分の状況がまるでわからず、夢を見ているのかな、というのが率直な感想でして・・・。」
そう、確かに先ほど自己紹介の際にエルフと言った。エルフ。わからないわけではない。いろんなファンタジーもののゲームや物語、映画などにも頻繁に出てくる空想上の種族である。確かに目の前にいる二人は、金髪碧眼で、耳が長く尖っている−孫のリーナ?の方は多少短いように見えるが−見た目はまさにイメージ通りのエルフではある。そのエルフが流暢な日本語を話している。
−ということは考えられる選択肢は3つ。
1.夢を見ている
2.お風呂で寝こけて異世界転生した
3.お風呂で寝こけている間に異世界召喚された
・・・もっとまともな選択肢を考えられないのか、俺?ないだろ、普通。まともな選択肢が夢オチしかないなんて。それに仮に異世界に転生なり転移したとするなら、最近通勤電車の中で読んでたようなテンプレの神様とのご対面なり、召喚陣を取り囲んだ魔術師なり巫女も居ない。
そんな風に頭の中でぐるぐる考えていると−
「オキタ シュージ・・・。変わった名前だね。それに名字もちってことは何かい?追放されたか逃げ出してきた貴族か何かかい?それに日本語って何だい?」
はぁー。溜息を一つつき修司は、二度ほど自らの頬を両手で叩く。−うん、痛い・・・。
はぁー。修司はもう一度、今度は先ほどより少し深く長いため息をしながら項垂れる。
−ということは夢じゃないってことだよなぁ。そうして修司は自分が今、異世界にいるんだろうなぁということを諦めの境地とともに徐々に受け入れて行くのだった。