プロローグ
シュージは目の前の執務机の上にうず高く積まれた書類の山を見て、頭を抱え叫んでいた。
「どうしてこうなったーーーー!?」
沖田修司26歳は、今年社会人生活4年目を迎えるどこにでもいそうな会社員である。大学をなんだかんだで卒業し、ベンチャーのコンサルという響きに魅せられ入社したはいいものの、その実態は毎朝6時には出社させられ帰りは常に終電、休日も翌週の準備−自分と上司の分−に充てなければならないという、コンサルとは名ばかりの弩ブラック営業会社であった。当然ながら恋人を作る時間もなく、趣味に充てられる時間などもない。
そんな修司にとって唯一の楽しみが、週に一度の贅沢として、休日に温泉の素を入れたお風呂に入ることである。本当ならば温泉そのものに行きたいところではあるが、そんな時間はないための苦肉の策である。
「ふぅー。やっと風呂に入れる。けど風呂から上がったら次は小野寺先輩の分の営業資料作らないと・・・。はぁ。ってかなんで俺が先輩や課長の分の営業資料やら何やら作らなきゃなんないんだよ!やってられるかよ!・・・けど新卒で入った会社を3年勤めて辞めました、っていう人材なんて他に行く宛なんてあるのかなぁ。ああ、もうやめやめ!とりあえず風呂入ってリフレッシュしよう!」
そうして風呂を沸かし終え、修司の手元にある選択肢は2つ。
1つは、くつろぎの登戸カルルス−日本一のオゾン地帯・オロフレ峠の原生林から漂う、澄み切った大気の香りを再現したもの。
もう1つは、気分解き放つ奥飛騨新穂高−槍ヶ岳から流れるひんやりと澄んだ清風の香りを再現したものである。
−とはいえどちらもスーパーで10包入りで600円前後で買って来たものである。
くつろぎか、気分解き放つか。悩んだ末に修司は、奥飛騨新穂高の温泉の素を選択した。今はくつろぐというよりも色々なものから解き放たれたい心持だったのが決め手だった。
洗面所で服を脱ぎ、温泉の素を片手に握りしめ浴室へと入り、温泉の素の袋を破り、余すことなく中の粉が湯に入るようにそーっと傾け、最後に袋の中に少し風呂の湯を入れ軽く振り、その湯も浴槽へと戻していく。
そして温泉の素が浴槽全体に均一に混ざるようにかき混ぜると、湯全体が美しい山々の連なりを思わせる緑色になり、パッケージの文言通り、澄んだ清風のような爽やかな香りが立ちこめてきた。
シャワーで軽く体を洗い、早速とばかりに浴槽へとその身を沈めていく。
「ふぅー。極楽極楽。」
目をつぶりながら浴槽にその身を委ねるとじんわりと体が温まり、この1週間の疲れが溶けるような感覚を次第に感じる。我ながらジジくさいものだと思わないでもないが、こうでもしないと疲れが抜けないのである。
温泉の素でこれほどなのだから本物の温泉はどれほどなのだろう−次ちゃんとした連休がもしあったら近場の温泉に日帰りでもいいから行きたいなぁ−と考えながら徐々に修司は舟を漕ぎ出し意識は暗転していった。
「んぁあ、あ?いっけね、寝てたか?今何時だ?ってか風呂で寝るとか危ない危ない。」
そんなことを言いつつ、まだ意識がしっかり覚醒していないのか、自分が浴槽に浸かっていないことにまだ気づいていない。徐々に意識がはっきりしだして改めて周りを見てみると、そこは見慣れた我が家−1Kマンション−の浴室ではなく、見慣れぬ部屋のベッドの上だった。
何がどうなっているのか分からずベッドから起き出し、周りを見回しているとドアから一人の人物が入ってきた。
「あ、目が覚めたんですね!良かった〜。」
そう言いながら、腰まである金髪・碧眼の美少女が笑顔を向けてきた−のだが、徐々にその表情が赤くなりながら視線を外したりこちらを見たり、なんだかそわそわしている。
なんだ、これは?夢でも見てるのか?と、状況がわからず固まっている修司に対しその美少女はおずおずと言い出した。
「あの、すみません、家に男の人の服がなかったので、その、とりあえず、そこのベッドのシーツでも羽織っていてもらっていいですか?」
そう言われ修司は今、自分が、金髪碧眼の美少女の前で全裸で仁王立しているのに気が付いた。