異世界と言われてもよく分からん
ドスンと言う音と共に、尻から全身に鈍い痛みが走った。一体今どういう状況なのか全く把握できない。とにかく痛い。固いものの上に尻から落ちたっていうのは理解した。
「痛ーーーーーー‼」
思わず大声がでた。いくら格闘技経験があっても、尻はそんなに鍛えていない。
その時、近くで男の声が聞こえた。
「勇者エン様だ‼」
「勇者様のご帰還だぞ‼」
「成功だ‼」
痛む尻をさすりながら声のした方を向いた瞬間、あたしの思考は止まった。
どこだここ?
最初に目に入ったのはやけに大きなろうそくだ。それに照らされてる白い布地を被った数人の人間に囲まれてるのは……村人A?
自分の周りを見渡してみる。どうやら今あたしがいるのは石造りの建物の中らしい。学校の教室くらいの広さだけど、やたらと天井が高い。ついでにいうと村人Aのいるところはあたしがいるところより高くなっていて、なんと言うか、ゲームや映画で見かける祭壇っぽい。おまけにそこだけ地面が光っていて、ふわふわした丸い光が渦巻いている。ろうそくの明かりと地面の光で、建物の中は以外と明るかった。
「勇者エン様、よくぞご無事で……!」
「一体何なんだよこれは」
ん?村人Aがなんか喋ってる。と言うか今『勇者』って言ってなかったか?
「皆、貴殿の帰還を心より待ちわびておりました」
白い布の奴らが村人Aに膝を付いて頭を下げている。
……映画やドラマの撮影現場だろうか、それともよく分からんけどフラッシュモブとかビックリ撮影の類いだろうか。とにかくあたしの目の前で繰り広げられている光景は全く現実味が無い。
「俺を生け贄にしたお前らが?笑わせる」
何だこれ。生け贄?今まで見たことないような態度の村人Aがすくっと立ち上がり、唐突に自分の眼鏡を引っ付かんで投げ捨てた。ガシャンと遠くで壊れたであろう音がした。あいつ何考えてんだ?眼鏡無いと見えないだろ?
「あー邪魔だった。こっちでは前と変わらないみたいだな」
前髪をかきあげ、あちこち体を動かしながら何かを確認してる。……っていうかあんな顔してたのな。思ってたより子供っぽい。
「……で、苦労してわざわざ俺を騙して生け贄にして奴等に売り渡したはずなのに、更に苦労を重ねて、おまけに人に死ぬんじゃないかって激痛を味あわせてまで呼び戻したのは何でだ?」
ビリッと空気が冷えたのは気のせいじゃない。村人A、めちゃくちゃ怒ってる。
「……その件に関しましては、後程御説明をいたします。恐れ入りますが勇者エン様、どうぞこちらへ。陛下がお待ちかねでございます」
「……やっぱりあのジジイか」
面白くねぇ、と吐き捨てるようにつぶやくのが聞こえた。今まで村人Aとは全然違う。同じ顔した別人じゃないか。
「あんた本当に本人?」
思わず声が出た。その瞬間、その場にいたあたし以外の全ての奴らの視線がこっちを向いた。
「何奴だ!?」
「ここには我等以外の者は入れぬはず……」
「いつからそこにいた!?」
一番近くにいた奴が血相変えてこっちに走ってきて、なんか杖みたいな物をこっちに突き出してきた。杖の先が鈍く光っている。……何かヤバい感じがする。
バシュッと音が聞こえた時、反射的に身を捻っていた。
「かわされたぞ!」
「捕らえろ!」
ワラワラとそこにいた全員がこちらに走り、杖を向けてきた。チラッとさっきいたところを確認すると、床が抉れてる。
背中に変な汗が伝った。冗談じゃない!死ぬ!とにかくここは逃げよう!出口はどこだ?
「彼女に手を出すな‼」
こんなでかい声って出るのかってくらいでかい声で村人Aが一喝。あたしを含めた全員の動きが止まった。建物がビリビリ言ってる。
「彼女は向こうの世界で俺を助けてくれた恩人だ。彼女を敵とするのはこの俺を敵とするのと同じだと思え」
「も、申し訳ありません勇者エン様」
杖を下げ、あわてて村人Aに頭を下げている光景は、時代劇でよく見る『殿様に土下座する家臣達の図』そのものだ。リアルで見ると圧巻だ。すげえ。
「ごめん、駒崎さん。怪我はない?」
村人Aに声を掛けられ、ハッと我に返った。というか、こいつあたしの名前知ってたのか。現状がよく分からなくて半分頭が回らなかったが、馴染みのある自分の名前を一応知っている人間に呼ばれたっていう一連の流れで、あたしは少し冷静さを取り戻した。
「こんなのどう見たって死ぬだろ!つか何なのこれ!?」
「……どう説明すればいいのか……」
口調がいつもの村人Aに戻った。祭壇っぽいところから降りてきて、あたしの目の前に歩いてくる。
なんと言うか、村人Aだけど何か違う。ひょろっとしてないし、何か堂々としてる。とても自転車でこけて怪我するような感じじゃない。昼間の傷はそのまま残っているけど。
「……怪我は無いみたいだね。良かった」
どことなくホッとした表情を浮かべてる。怪我より何より現状を説明してもらいたい。
「心配してくれてありがたいんだけど、それより今この状況は何なのか説明してほしい」
「……俺も今一よく分かってないんだけど」
そこで村人Aは困ったように目を伏せた。
「ここは『ヴァル』って呼ばれてる世界で、駒崎さんがいた世界とは別の世界……えーと、異世界って言えば分かりやすいかな?俺は元々この世界の人間で、色々あって駒崎さんのいる世界に飛ばされてたんだけど、急に呼び戻されたって事になる」
「ごめん意味が分からん」
突然異世界だの言われても困る。
「……そうだよねぇ……」
更に困ったという顔をしているが、こっちも困る。……確かに、村人Aの言っている事に嘘は無いんだろう。じゃないと今の状況の説明がつかないし、多分こいつはそんな大掛かりな嘘をつくタイプでもなさそうだし、あたしを騙したところで得する事もない。
「原則として、互いの世界を行ったり来たりとか干渉するっていう事は出来ないんだ。例外はあるけど、それこそ神の領域になる。だから、一度異世界に飛ばされた俺も、向こうの世界の人間である駒崎さんがここにいることも本来ならありえない事になる」
「じゃあ、何であたしもあんたもここにいる?」
ちょっと待てあたしは帰れないのか?でも村人Aは元々自分のいた世界に戻れてるから方法が無いわけでは無いらしい。まだ頭が混乱してうまく考えがまとまらない。
「……俺を呼び戻すように指示した奴がいるから、話を聞いてみる」
はぁ、とため息をついて村人Aは後ろで頭を下げ続けている白布の集団に声を掛けた。
「あのジジィの所へ案内しろ。それと彼女も連れていく」
「御意」
あたしも行くのか。まぁここにいてもどうしようもないから付いていくという選択肢しかない。
集団の一人が前に出て何か呪文らしきものを唱えると、壁だと思っていた所がスーッと消えて、ちょうどドアくらいのサイズの穴がいた。外から光が入ってくる。
「お二方ともどうぞこちらへ」
誘導されて外に出ると、強い風が吹いていた。あのうだるような夏の暑さは全く無い。どちらかというと肌寒いくらいだ。
「風が強いのでお気をつけ下さい」
周りの景色を見て、あたしはさっき村人Aが言ってたのは嘘じゃないなと実感した。最初に目に飛び込んできのは城だ。中世の西洋っぽいやつ。たぶん国道沿いの大きいイ○ンより大きい。それでもって、今あたしらがいるのは城から少し離れた塔らしい。全体像が見えないから推測だけど。下を見るとかなり高さがあるから落ちたらアウトだろう。
「お足元にご注意下さい」
とりあえず大人しく白布集団と村人Aに付いていく。……偏見かもしれないが、塔って内側に階段があるもんじゃないんだろうか。外階段って珍しい気がする。手すりらしきものはあるけどホントにこれで大丈夫か?と言いたくなるようなおんぼろだ。高いところは平気だからあまり気にならないが。まぁいいや、とにかく降りよう。
後少しで降りきる、という時に上から黒板を爪で引っ掻いた時に出るような音が聞こえた。思いっきり鳥肌がたつ。
「魔族だ!」
「上にいるぞ!」
は?魔族?
バサバサっと音がした後、一瞬周りが熱い空気に包まれた。次の瞬間、視界が真っ赤になったかと思ったらドゴォーンという音がして地面が揺れた。
「うわっ!!」
慌てて手すりに掴まる。おんぼろだけど大丈夫らしい。
「攻撃魔法用意……放て!」
次は雷みたいなのが下から上に上がっていった。眩しくて思わず目を閉じた。
「そんなカスみたいなコウゲキでやられるワケないだろ♪」
さっきの黒板引っ掻き音とそっくりな声が上からふってきた。見上げると、そこには真っ黒いピエロみたいなヤツが文字通り空中に浮いていた。背中の羽でホバリングしてる。浮いてる。
「ゼンインここでシねばいいのさ♪」
何か物騒な事を言ってる。殺す気マンマンじゃないか。
「防御をっ……」
誰か叫んだ時、黒い何かがあたしの横をすり抜けた。
「不快だ消えろ」
村人Aが飛んだ。それでもって空中で黒ピエロを真っ二つにした。まさに竹を割る感じ。そういや姉ちゃんが居合い斬りで目標物を真っ二つにしてたのを見たことがある。あれと似ているな。
「キィィィ!!!!!!」
断末魔というやつなのか、凄まじい声を上げながら黒ピエロが落下した。村人Aもきれいに着地する。……返り血を浴びて半分位赤くなっていた。結構グロテスクな光景のはずだが、不思議とそこまで気持ち悪さは無い。まだ現実味が薄いからだろうか。
「元凶は片付けたはずなんだけどなぁ……」
いつの間にか剣を握りしめてた村人Aがぼやいていた。その剣どこから取り出した?つかあのジャンプ力は何なんだ。
「エン様、お怪我はありませんか!?」
「ねぇよ。何でまた魔物が出てるんだ?何がどーなってんだホントに」
村人Aがぶつくさ文句を言ってるその後ろで、さっき墜落した黒ピエロがピクッと動いたのが見えた。そのまま急速に膨れ上がっていく。あれたぶんヤバい!
「後ろ見ろ!!」
あたしの叫び声に全員が黒ピエロの方を見た。でも遅かった。
ドォォォッという音と共に空気が振動した。全身に伝わって響く。爆発したと分かったのは数秒後。
そして何故かあたしらは助かっている。あたしから出てる光がドームのような形になって全員を包んでいた。
「………………何これ?」
この光の感じは知っている。さっき穴に落ちた時に包まれていた光だ。
「……駒崎さん……魔法使えたっけ?」
そんなこと聞きたいのはこっちだ。村人Aも、周りの白布集団も呆然としてる。どうやらこの光のお陰で爆発から身を守れたらしいが、今村人Aのやつ、魔法とか言わなかったか?
「こっちが知りた」
「エーン!エン君!」
「エン様大丈夫ですか!?」
突如あたしの言葉を遮るように声がした。ブワッと音がするほどの強い風が土埃を舞い上げ、もろに目と口に入る。ブェッと思わず吐き出すと、ズシンと地面が揺れ、急に暗くなった。見上げると、そこには緑色の…これは鱗だな、なんかアフリカゾウサイズの爬虫類っぽいのがいた。その爬虫類に乗ってるのは、芸能人でも真っ青になるほどレベルの高い美人が×2。声の主はこの美人達らしい。
「サエン!サラン!」
「良かったぁ!無事だわ!」
「ご無事で何よりですエン様」
村人Aの知り合いらしい。何と言うか、この白布集団もそうだけど、この美人達もかなり村人Aを慕ってるらしい。一体あいつは何者なんだ?かなりえらい奴だっていうのはこの短時間でもよくわかったが。
「ところでさっきの光はなんだったの?」
「とても高度な防御魔法みたいでしたけど……エン様、防御魔法はあまり得意ではありませんでしたよね?ここにいる方々が使えるレベルのものだとは思えないのですが……」
「それは彼女が」
と言ってあたしの方を指差した。指差すなよ失礼な奴だな。そういえば光はいつの間にか消えていた。美人達がこっちを見る。
「……『ヴァル』の方ではありませんよね?」
そう言われても確かにこの世界の人間ではないだろうけど、今一状況がまだ掴めてないので、曖昧に頷く程度しかできない。
「彼女は俺が向こうに飛ばされていた時に助けてもらった。どういうわけか、こっちに一緒に飛ばされてきたんだ」
あぁ、という風に頷く二人。そんな説明だけで通じるのか。
「それより二人はどうしてここに?」
「エン君の気配ならすぐ分かるわ!」
「ずっと向こうから帰ってこれる方法を探してたんですよ。先を越されましたけど」
美人が両サイドから村人Aの腕にくっつく。まさに両手に花。
「さぁ帰りましょ」
「こんな最低な奴等の所にいるなんて気分が悪くなりますもの」
「…………そうしたいんだけど、俺を呼び戻した奴に話を聞かなきゃならない。彼女もこのままにしておけないし」
本当にそうだ。このまま村人Aにいなくなられたらさすがに困る。帰れないのはごめんだ。
「それもそうよね」
「では、私達も一緒に付いていきますわ」
文句はありませんわよね?と美人が白布集団に凄む。
「じゃあ行きましょ」
さっさと村人Aの腕に腕を絡めながら歩き出す。有無を言わさないあたり姉ちゃんに似ているなぁ、と思いながらあたしは後ろを付いていった。




