冴えない村人Aだとばかり思ってたのに
「うわぁ……あいつ本当にチャリに乗れないのな」
「俺、高校入ってもチャリンコに乗れないやつって初めて見た」
ふと後ろでこんな会話が聞こえてきたので、思わず振り返ってしまった。
かなり失礼な行為だったっていうのは振り返った後に気付いたんだけど、あたしの目に飛び込んできたのは、どう見ても同じくらいの年の男子が生まれたばかりの小鹿みたいにプルプルしながら自転車に乗り、何とかバランスをとって自転車を漕ごうとしているところだった。
同じ学校の制服で、見た感じ真新しいから同じ1年生だろう。
……あれ絶対転ぶ。と思ったその瞬間、派手な音を立てて自転車ごとすっころんだ。
さっきの会話をしていた男子たちが大爆笑してる。まるでお笑い番組で見るような見事なこけ方だ。目の前で見れる機会はそうそう無いだろう。転んだ男子はバツが悪そうな顔をしながら自転車を起こしてる。よく見ると額から血がにじんでいる。
タイミングがいいのか何なのか、今、ちょうどあたしはドラッグストアで絆創膏を買ってきたばかりだ。袋の中の箱から五枚つづりの絆創膏を取り出し、転んだ男子の方へ向かう。
「はい、あげる」
「……へ?」
申し訳ないけど、すんごく間抜けな声だった。あれ、警戒されてる?やっぱり振り向いたの失礼だったかな。
「おでこ、血が出てるよ。これ使いなよ」
数秒ためらった後、意外にも受け取った。
「……ありがとうございます」
きちんと頭を下げてくれた。多分同学年なのに敬語で律義な人だなぁ。今時珍しいくらいに分厚い眼鏡をかけているから、表情がいまいち分からない。前髪も長めだから余計に。
そのままくるりと背を向けて、自転車を引っ張って歩き出した。…何というか、人と接するのが苦手そうなタイプだ。こちらもそれ以上どうしようもないので、そのままなんとなく後姿を見送った。
「あれ、あいつ隣のクラスのやつだよね」
「うわびっくりした!急に話しかけんな!」
「志帆ってばバンソーコーあげて優しいのなー」
後ろから急に声をかけてきたのは、幼馴染で腐れ縁の鬼島遼平だ。つかみどころのない性格で神出鬼没。いつもこうやって後ろからやってくる。
「ちょうど絆創膏持ってたしね。なんか、あのままチャリ引っ張って帰るのを想像したら可哀そうになって」
「おぉう、自分が良ければそれでよし、歯に衣着せぬ言動が売りの女傑・駒崎志帆サマにそこまで言われるとは」
「だいぶ失礼だな」
本当に失礼な奴だと思う。そんなにあたし性格悪くないと思う、たぶん。
まぁ、なんにせよ絆創膏は渡したので、後はこれ以上ケガしないように帰ってね、と祈るばかりだ。
そう、思えば第一印象は『トロくてもっさりしてるけど律義な人』だったのだ。
そいつが家からすぐ近くのところにある、ちょっと変わり者のおっさんの家に居候しているってことを知ったのは、絆創膏を渡してから数日後のことだ。
あれから何度か見かけたけど、まぁなんというかトロい。大体いつもこけてる。確かにあんなに運動神経の悪い人はすごい失礼だけど見たことがない。
「遠縁の子だって言ってたわねぇ。ほら、あの人結構いい歳なのにずっと独り身でしょ?なのに急にあんたと同じくらいの年頃の男の子が居候してるんだもの、噂にもなるわよー」
「まぁクラス数が多いからよく分かんないよね。彼、影薄いし。運動音痴とか成績は下の方っていうのは悪目立ちだと思うけど」
「今時あのメガネは無いわー」
「でもさ、何気に体格はよくない?結構筋肉付いてるっぽい」
「いやいや実はモヤシだって、ひょろっとしてるって男子が言ってたよ」
……と、こんなのが最近聞いた話だ。正直、彼に全く興味がなかったから、あの時に自転車ですっころんでいるのを目撃しなかったら、たぶん彼は私の中で認識されていなかった。今の時点でも、正直その辺にいる村人A位の感覚だったりする。このまま彼の評価は変わらないだろうし、その内ただの赤の他人になっていくんだろう。
「ねぇ志帆ー」
後ろから友人の高橋花南に声をかけられた。昔から仲が良く、幼稚園から今現在の高校までずっとつるんでる、学年でもトップクラスの美少女だが、性格は極めてオッサンに近い。
「今日の夏祭りさ、7時にコンビニ集合でOK?」
「OKOK、行ける」
一学期も終わり、今日の終業式を終えれば夏休み。それも高校生になって初めての夏休みともなれば、浮き足立つなと言う方が無理だろう。しかも、終業式を迎えた今晩はご都合の良いことに町で一番大きい神社を中心とした祭りがある。
小さいころから慣れ親しんだ祭りだし、毎年必ず繰り出すんだけど、今年は高校生になって初めての夏祭りとあって、あたしも結構浮かれてる。
「じゃあ7時にねー!遅れないでよー!」
「そっちこそー!」
校門のところで手を降って別れた。これから部活らしい。
クッソ暑い真夏の、さらに一番暑い時間帯に外を歩くなんて自殺行為に近い。日焼けとかあまり気にしない方だし、体力は人よりある方だと自負しているけど、この暑さはやっぱり堪える。
さっさと帰ろうと思ってあたしは家路を急いだ。
うだるような暑さはじわじわと体力を削っていく。喉が乾く。汗で制服が張り付くのが鬱陶しい。でも後少しで家だ、冷蔵庫には姉ちゃんが何か冷たいものでも用意してくれてるはずだ。
フッと何か視界に入った気がして顔を上げた。ちょうど数メートル先で、村人Aがまた性懲りもなく自転車を漕ごうとしてた。初めて見たときよりは上達してるっぽい。フラフラだけど。
その時、あたしの横を自転車が2台通り過ぎた。一瞬風が当たってあー涼しいなこりゃ、そう思った瞬間。
ガッシャーン
派手な音と共に遠ざかってく笑い声。
村人Aが自転車ごとこけてる。さっきあたしを追い越していった奴らが村人Aの背中をすれ違い様に蹴飛ばして転ばせたのだ。
実際のところ、村人Aはしょっちゅう弄られてる。からかわれてるところもよく見かける。ほぼ毎日。特に抵抗してる様子もなく、ただ受け入れてるっぽいけど。
とにかくすべてがトロいから悪目立ちしてるせいだ。典型的な弄られタイプなんだろう。あたしが見ていないところでもっとキッツいこともされてるかもしれない。
でも流石に目の前でやられたら黙ってられない。
蹴飛ばした奴らはもう道の向こうに消えていた。あっちは追えないので、とりあえず転んで動きづらそうな村人Aを助け起こす。
「あんた大丈夫?」
急に声をかけた上に体に触ったせいか、おもいっきりビクッとした後こっちを見上げてきた。相変わらず長い前髪と分厚い眼鏡で表情がよく分かんない。
「だから、大丈夫?」
「……大丈夫、です」
額が割れて血が出てる。結構な量みたいだけど、これ大丈夫かちょっと不安になってきた。とりあえず鞄から使ってないタオルを取り出して傷口に当てる。
何て言うか、こいつすごいボーッとしてる。他人事っぽい。パニクってる?
「……すみません、タオル汚して」
ようやくボソッと喋った。小さい声でようやく聞き取れるレベルの声量だった。
「そう思うなら自分で押さえて、ここじゃ暑いし通行人のじゃまになるからあそこに行って。歩けるね?」
村人Aは小さく頷いた。
歩道のど真ん中じゃまずいから、すぐ近くにあった小さい公園の東屋を指差した。素直に従って歩き出した村人Aの背中を眺めつつ、あたしは自転車を起こし、後ろからついていった。
日陰に入るといくらか暑さが和らぐ。暑いに変わりはないけど、日差しが遮られるだけマシだ。
村人Aはベンチに腰掛けてぼんやりしてる。何か現実感がなくてふわふわしてる気がするのは出血と暑さのせいか?幸い傷は浅いらしく、 血は止まりかけてるみたいだ。
「……もう大丈夫なので。今度、タオルは買って返します。ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
自転車を東屋の横に止め、あたしも日陰に入るとペコリと頭を下げられた。相変わらず律儀だ。
「別にタオルはどーでもいいんだけど」
思わずため息をついた。こいつ本当に大丈夫だろうか。なんか、他人事なんだけどさすがに心配になってくる。
「自分に、あまり、構わない方がいいです。恩人のあなたにも迷惑がかかると申し訳ないので」
「……あっそう」
どう返事をすればいいのか困る。駒崎家家訓、『やられたら倍返し』を小さい時から家族に叩き込まれて、有言実行とばかりに一通り格闘技を経験しているあたしとは根本的に考えが合わない気がする。
「あんた、いっつもやられてばっかりじゃなくて少しはやり返してもいいんじゃないの?」
「……相手は人間だから」
「はぁ?」
人間じゃなかったら何なんだ、って言うかこいつ質問の答えになってない。やっぱり頭打った?暑い?血が出すぎた?
「やり返したら、痛いだろうし」
「いやあんたの方が痛いでしょ、流血だし」
やっぱり村人Aが理解できない。ものすっごいお人好しっていうのは分かった。
多分、っていうか確実に理解できないって感じの変な顔をしてたんだろう。村人Aはあたしの顔を見て、困った顔をしていた。初めて感情が浮かんだ表情を見ることができたような気がする。
急に、フラッと村人Aが立ち上がる。血はもう完全に止まったみたいだけど、傷が結構生々しい。
「……本当にありがとうございました。歩けるので、後は大丈夫です。自転車もありがとうございました」
ペコリと頭を下げて、村人Aは自転車を引きずりながら公園を出ていった。ジリジリと焼ける太陽の光と、煩くて仕方ないセミの声を聞きながら、もう何て声を掛けていいのか分からなくて、あたしは後ろ姿を見送るしかしなかった。
夜になっても暑いもんは暑い。そりゃ昼よりは確実に過ごしやすいけど、熱帯夜だこりゃ。
しかも祭りで人が多い。熱気が凄い。
「いやー祭りはいいねぇ!」
右手に香ばしい醤油の香りがする焼きとうもろこし、磯の香り漂う焼きイカ、揚げたてでまだ湯気が立ち上る唐揚げ。左手にしっかり冷えた枝豆を持った花南が嬉しそうに歩いている。たとえ豪快に焼きとうもろこしと焼きイカにかぶり付き、唐揚げと枝豆を口に放り込んで食べ歩きしても美少女は美少女。道行く人を魅了している。
「ホントだよねー!祭りサイコー!」
もう一人の友人、横山菜々もギャル系美人だが性格はオッサンに近い。こちらは鉄板で焼いたソースの香りが胃袋を的確にくすぐってやまない、大盛りの焼きそばを食べながら歩いてる。器用だな。ちなみにあたしは焼き鳥だ。うちの近所にある焼鳥屋のおばちゃんが毎年この祭りの時だけに作る、普段の3倍の大きさの鶏肉を炭火でカリっと絶妙な加減に焼き上げ、特濃のタレをガッツリと絡めた最高の一品。それを食べながら祭りを楽しむのが毎年のお約束だ。
しばらく食べ歩きしながら屋台を見て回る。射撃もやりたいし、なんか冷たいものも飲みたい。
「ねー、あっちも行ってみよー」
菜々に言われて行こうとすると、ふと見覚えのあるやつが屋台の中にいる。村人Aだ。お好み焼きを焼いてるみたいだけど、なんか手つきが危なっかしい。火傷しそう。そう言えば彼が居候している家の変わり者のおっさんは、毎年お好み焼きの屋台を出してたんだっけか。
額の傷は頭に巻いたタオルで見えない。……まぁ屋台を手伝ってるくらいなら、多分大丈夫だったんだろう。少し遠いのと、タオルのせいで表情までは分からないけど。何となく、昼間の気まずさもあって、できるだけ向こうの視界に入らないようにしながらあたしは二人に付いていった。
一通り祭りを楽しんだ頃、時間は午後9時を過ぎていた。さすがに胃袋も満たされたし、そろそろお開きにしようかと話していた。さっき来た道を逆戻りしていた時だった。
パンッ
耳元で何か聞こえた。何かが弾けるような音だった。回りを見回しても何も無い。
「どうしたの志帆?」
「今何か耳のとこで音しなかった?」
「えー?何にも聞こえなかったよー?」
隣にいる花南も菜々も聞こえてないってことは空耳か?虫か何かか?
パンッ
また聞こえた。空耳じゃない。しかもさっきよりハッキリと聞こえた。辺りをもう一度見回す。その時、村人Aが視界に入った。
……あれ?あいつもなんかキョロキョロしてる。しかも遠目で分かるくらい、表情が苦しそうだ。
パンッ
更にハッキリ大きく聞こえた。聞こえた瞬間、村人Aの顔が大きく歪んだのが見えた。さっきより苦しそうになっている。何か、痛みを堪えてるようにも見える。花南と菜々はやっぱり何も聞こえてないらしい。変わらずこっちを不思議そうな顔をして見てる。
「ねぇ大丈夫?」
「食べ過ぎた?気持ち悪い?」
それで確信した。この音はあたしと村人Aにしか聞こえてない。何で?何なんだこれ?
自問自答した次の瞬間。
「!」
あたしは落ちた。物理的に落ちた。足元が突然無くなった。
「ぎゃーっ!!!!!!」
待って待って待って助けて意味が分かんない!
何で!?何これー!?
落ちてるあたし落ちてるー!!!!!!
「助けてー!!…うわっ!」
急に落下速度が緩やかになり、暖かい物に包まれた。恐る恐る目を開けると、真っ暗な空間の中であたしの周りだけがキラキラ光ってる。その時、村人Aが上から落ちてきた。向こうも光に包まれてたみたいだけど、ものすごく苦しそうにしながらあっという間に下へ落ちていき、そのまま暗闇に飲まれた。
何だこれ、夢だろうか。それなら悪夢だ。趣味が悪すぎる。現実味がない。
そんなことを現実逃避するかのように考えてたら、ふわりと暖かいものに頬を撫でられた。
「!?」
嫌な感じじゃない。何故だか安心した。
(ゴメンナサイネ)
頭の中に声が響いた。
(オヤクニタチマスヨウニ)
驚くくらい優しい声だった。無性に眠くなって、あたしの意識はそこで途絶えた。




