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【中編】暗殺失敗

 王妃は物売りの老婆に化け、作りたての毒リンゴが入ったかごを持って白雪のいる小人の家に向かいました。

 老婆になったせいか、いつもの数倍身体は疲れやすく、一歩一歩が重く感じられました。

 やっとのことで小人の家にたどり着くと、ちょうど小人たちは家を留守にしており、白雪は一人で呑気にパイを作っていました。開け放たれたキッチンの窓からは、パイ生地の焼ける香ばしい匂いが風にのって香ってきます。

 王妃は道に迷った哀れな老婆を演じることにしました。


「そこのあんた。どうか助けておくれ……!」


 王妃は窓に近づきました。


「あら、お婆さんどうしたの?」

「あぁ?」


「お婆さん」というフレーズに王妃は思わず己の姿を忘れて間抜けな声を出してしまいました。しかし、すぐに我にかえりました。


「……た、助けておくれ。道に迷って、歩き疲れて死にそうなんだよぉ」


 歩き疲れて死にそうになっているのは本当でした。


「まあ、それは大変でしたね。待って、今お水を持ってきますから!」


 白雪はなんの疑いも持つことなく老婆に扮した王妃を家の中に引き入れると、冷たい水を差し出しました。


「ありがとう。あたしゃあ行く宛すらない老婆なのに、なんて優しいんだろうねえ。ほれ、助けてくれたお礼に、このリンゴをあげよう。お代はいらないよ」


 王妃は助けてくれたお礼にと、かごの中から例の毒リンゴを取りだし、白雪に差し出しました。

 しかし白雪はリンゴを受け取ったかと思うと、ふいに渋い顔をして押し黙りました。


 ――まさか、気づかれたか……?!


 王妃の額にじわじわと汗が滲み出ました。

 白雪はそのまましばらく押し黙っていましたが、ふと何かひらめいたようにこう言いました。


「良かったらご一緒にお食べになりません?」


 その無邪気な笑顔は、どこか威圧感のある、意味深な笑顔でした。


「い、いや。あたしゃあいいんだよ。あんたがひとりでお食べなさいな!」

「いえいえ! こんなに美味しそうなリンゴをタダでくださるんですから。それに、私は当然のことをしたまでですよ」

「さ、先を急ぐんでねぇ!」

「さっき『行く宛がない』って言ったじゃありませんか」


 王妃は「しまった」と思いました。どうやら設定を作り込みすぎたようです。やはりあやふやなことはあやふやなままにしておくべきなのでしょう。


「それとも、何か、都合の悪いことでも?」


 白雪のいやに整った顔が目の前にありました。口元は笑っていましたが、目の中に光はありませんでした。


「つ、つつ都合の悪いことなんて、ありゃしないよ」


 王妃は吃りながら答えました。


「そう。では、そこで、待っていてくださいね?」


 白雪は笑顔でそう言うと、王妃の目の前でシャリシャリとリンゴの皮を剥きはじめました。

 王妃は心臓をバクバクさせながら、どうやってこの事態から退こうか考えていました。

 隙をみて逃げる?

 何とかしてリンゴを先に食べてもらう?

 それとも、殺される前に今ここで殺してしまう?

 王妃はちらと白雪の方に目をやりました。しかし、磨ぎたての包丁が、窓から差し込む日の光に照らされてギラギラしているのを見ると、一気に血の気が引きました。

 リンゴを剥き終わった白雪は可愛らしいお皿に綺麗にリンゴを盛り付けると、王妃の目の前に差し出しました。


「お婆さんからどうぞ?」


 王妃にとってその言葉は、まるで死刑宣告のようでした。


 ――まずい。殺られる……!


 王妃は右手を中途半端に伸ばしたままフリーズしました。

 食べる?

 食べない?

 本当の事を言う?

 それとも殺す? でもどうやって?

 王妃が石像のように固まって自問していると、白雪は肩を震わせてクスクスと笑いだしました。


「ふっ、ふふっ……食えるわけ、食えるわけないよなぁ!」


 突然白雪の口調が変わりました。王妃はぎょっとして白雪の方を見ました。


「こっちは何もかもお見通しなんだよ、オウヒサマ。あんたが姫様を殺そうと企んでたことも、毒リンゴを作って魔女の家に行ったことも、何もかも全部な!」


 ――()()を?


 王妃は目の前にいる白雪の言葉に違和感を抱きました。


「お、おまえ、いったい何者だい?」


 王妃が問うと、白雪はにやりと不敵な笑みを浮かべました。


「白雪姫でも何でもないよ。ただの瓜二つの影武者。それにしても、今までよく気が付かなかったなババア。本物の白雪姫はとっくに隣国へ逃げたぞ。そればかりか、あんたは毎日王国のスパイたちに監視されていたんだよ」

「何?! デタラメを言うな! それなら真実の鏡が黙っているはずがない!」


 王妃は目の前のリンゴを掴みとると、偽白雪のほうに投げつけました。偽白雪は飛んできたリンゴを真顔で床に叩き落とし、何事もなかったかのように話を続けました。


「ああ、あのやたら喋る鏡か。あの鏡なら、随分と前に買収したよ。嘘をつくように躾るのが大変だったけどな」

「ばい……しゅう……だと?」


 王妃は何がなんだか意味がわからなくなり、今にも気絶してしまいそうでした。

 その時、偽白雪はハッとした顔をしてオーブンのほうに駆け寄りました。


「あー、いけない、いけない。パイを焼いてたんだった。畜生、なんでパイなんか……」


 オーブンからは少し焦げたような匂いがしました。


「ちょっと焦げたけど、まあいいか。食うのは小人だし」


 偽白雪はそう言って取り出したパイをテーブルの上に置きました。そしてさっき剥いた毒リンゴの方を睨み、小馬鹿にしたように鼻で笑いました。


「見てみろ。ラ・フランスのパイだ。あんたもあたしに食べさせたいなら毒リンゴじゃなくて毒ラ・フランスにするべきだったね。あたしはリンゴ嫌いだよ。固いやつと、ぞふぞふしたやつなんかは特にね」


 偽白雪はもう一度ちらと毒リンゴの方を見ました。


「蜜入りでもないとか……やっぱ無理だわ」


 王妃は絶望したままぼんやりと椅子に座っていました。偽白雪はそんな王妃を尻目に、包丁でパイを7つに切り分け始めました。もちろん包丁はさっき毒リンゴを剥いたものだったので、丁寧に洗ってから使いました。


「まあ、元気出しなって。あんたが白雪姫をぶっ殺したところで、何にも変わりゃしないから。すぐにまた第二第三の美人が現れる。他人を排除すれば自分の価値が上がると思ってるうちは、まだまだ半人前だ。まずその心が美しくない」

「……」

「まあ。眉間に深いシワ寄せて。あたしがあんたをババアと言うのは、何も年寄りだからじゃないんだよ。わかるか? 中身の問題」

「……終わりだ。もう何もかも終わりだわ!」


 王妃は恐ろしげに叫びました。そして一体何を思ったのか、目の前の毒リンゴをまた掴み取ると、今度は自分の口に入れようとしました。


「早まるなババア! 今だ捕まえろ!」


 偽白雪が叫ぶと、突然小屋の窓や扉が開き小人たちが飛び込んできました。彼らは王妃を手際よく取り押さえると、紐で手足を縛り上げました。


「白雪姫……の、偽物さん。コレ、どうします?」


 小人の一人が言いました。


「とりあえず城に連行する。馬、貸してくれないか?」


 偽白雪はそう言うと、縛られた王妃を担ぎ上げ、馬の背中に乗せると、お城に連れて行ってしまいました。



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