わけっこ
投稿練習用です。
自分のブログでアップした小説を転載しました。
http://busylake.blog11.fc2.com/blog-entry-1303.html
こちらのサイト投稿に慣れるためです。
「異常なし」
報告書を、本部にファックスした。
書類を飲み込む機械音が、響きわたる。
警備員をやってて、安心する瞬間だ。
ファックスが送信完了の合図がなるまで、周囲を見回した。
ショッピングモールの管理センター、とは聞こえがいいが、ただの地味で雑多な事務室だ。
「熊田さん、おつかれさまっす」
と、事務員の蜂谷保が声をかけてきた。
分厚い文庫本を開きっぱなしにして置いてあるような髪型をしていて、やせこけた頬の上には、四角い黒縁メガネがのっている。メガネから、あるかないか分からないような小さい目が、気弱そうに泳いでいた。
「よ、蜂谷」
俺は、蜂谷のか細い背中を叩いた。
警備会社からきた俺にとって、ショッピングモール社員の蜂谷は客にあたる。
「腹減ったな。ウナギでも食いに行こうや」
夜中の九時だ。帰宅時間が同じの蜂谷とは、メシの時間も同じで、自然と仲良くなった。
「いっすね、行きましょ」
深夜警備つまり俺の後任が、遅れてきた。
簡単に引継をすませ、蜂谷と管理センターを出る。
俺たちモール関係者は、お客様用出入り口の隣の警報機付き扉、通称隠し扉からモールの外に出て行く。
この管理センターから隠し扉まで、いったんモールの中を横切らないといけない。
モールは、三階建ての吹き抜けになっている。その吹き抜けを取り囲むようにお店が並んでいる。
食べ終わったカキの貝殻みたいだ。
俺たちは貝殻の底にあたる、一階の広場を歩く。
俺の後ろを歩いている蜂谷が、一瞬動きを止めた。
「どうした?」
俺が振り返ると、蜂谷は何かを見上げている。
俺も視線を追うが、特になにも見えない。
「いえ、なんでもないっす」
蜂谷が慌てた様子で首を振る。
「なんだよ、オバケでもいるのかよ」
俺の発言に、蜂谷は「ひっ」と小さい悲鳴をあげた。
どうも正解らしい。
「万引きだったかな? 商品を盗んだ子どもが倉庫に隠れて、そのまま誰にも発見されず……」
蜂谷が誤魔化すように言った。
「ふん、嘘をつけ」
俺はこういう手合いの話が大嫌いだ。子どもだましばかりで疲れる。
「子どもが死んだらマスコミが騒ぐだろうよ。親も黙っちゃいまい。そんな話聞いたことないし、もしそうだとしても、今頃ここのモールは営業してねえだろ」
「いえ、その噂が広まって客が来なくなり、このモールは一回つぶれたんです。外資系企業が買い取って、建て直したんですよ。それから十年以上たちました」
たしかに、こっちに派遣される前に、会社概要をネットで調べたら、外国人が経営していた。床を見ると、外国らしい色彩のロゴが刻まれている。
「でもな、蜂谷。俺も長年警備員やっていたが、オバケの話なんていくらでも聞かされたが、これまでに一度も会ったことがないぞ」
「そう……ですが……」
蜂谷は怖がっている。情けない奴だ。
俺は目を細めて二階部分、三階部分を見上げた。
二階の手すりに架かっている店の看板から、スカートらしきものが見えた。
小さな女の子だ。
「ちょっと待ってろ」
縮こまっている蜂谷を放置して、階段を駆け上がった。
今は夏だが、夜はクーラーの電源を切っていて、暑い。
二階にあがると、通路の突き当たりから光が見えた。閉店時間になったら、お店はシャッターを閉める。
だが、一カ所だけシャッターが開いている。
おかしいな。
俺が見回りしたときは、閉まっていたはず。
ペンライトを点けて、お店の内部を見渡す。
オモチャやお菓子……商品が陳列されている。
ひときわ大きなぬいぐるみが、台の上に乗せられている。
ぬいぐるみの足下に、大きな目が俺を見ていた。
女の子だ。
髪が白く、目がぱっちりとしている。
白いワンピースを着ていて、小学生くらいだろう、と俺は思った。
こういうときは「もう夜だから、他の部屋に移ろうね」と管理センターに誘導するなり、まろやかな対応をすればよいのだが、今回の俺は違った。
硬直してしまったのだ。
女の子の影をみて固まる蜂谷を内心バカにしていたが、実際おなじ立場に立つと、何もできない。
俺の脇を、女の子が通り過ぎていく。
早い。
まるで風のようだ。
俺は追いかけた。
女の子は曲がって、壁に消えていった。
俺は一瞬足を止めた。
壁に消えた、だと?
だが、よく調べると扉があった。
「STAFF ONLY」
とある。鍵は掛かっておらず、軽く押すと開いた。
この先は、バックヤードで、主に倉庫になっている。
各お店の名前がプレートに書かれてある。
一カ所だけ開いている扉があった。
開けたくない。
(引き返して、深夜警備の奴と一緒に入るべきだ)
俺の心が言う。
だが、そうはしなかった。
する必要がないのかもしれない。
心のどこかで、さっきの女の子はオバケ、つまりはただの見間違いである可能性を信じていたからかもしれない。
オバケなんかいるはずがない。
見間違いだと、俺は俺なりに理解したいのだ。
倉庫を開けると、左右には鉄の倉庫が並んで、段ボールが敷き詰められている。
床を照らすと、小さいオモチャが転がっている。
男の子のオモチャだ。なんとかというロボット。
手のひらに隠せそうなくらいの大きさだ。
先を照らすと、白い脚が見えた。
俺は「うわっ」と小さく悲鳴をあげた。
だが冷静さを失わないためにも、ペンライトを動かす。
白いワンピースに、白くて長い髪。そして、死人のような白い肌。
さっきの女の子だった。
脚を投げ出し、地べたに座っている。
スティックのような箱から、キャラメルを取り出して口に運ぼうとしていた。
この子はオバケなんだな。
俺は確信した。不思議と抵抗はなかった。超常現象を目の当たりにすると、人間は意外と素直に受け入れるものだ。
「君はきっと……」
と、俺はなるべく優しい声で話しかけた。
「お腹が空いて、お菓子を持って行ったんだね」
俺の推理を聞くと、女の子が首を傾げた。
「悪いことをしたと思い、倉庫に隠れて……」
女の子は、目を丸くして俺を見ている。なにか俺を計っているかのようだった。
「お菓子は君が食べな」
と、伝えた。
女の子は不安そうな表情を浮かべた。
「オモチャはオジサンがもらうから」
と、俺は床に転がっているオモチャを眺めた。
「男の子向けのオモチャはいらないだろ?」
そう言うと、女の子は嬉しそうにうなづいて、オモチャを拾い、俺のところまで駆け寄ってきた。
オモチャを手渡してくれた。
「これで共犯だ」
そう言うと、女の子の表情は明るくなった。
女の子の手が、俺の手に触れる。ものすごく冷たかった。
「もう君は、一人じゃないよ……」
俺はできる限りの笑顔を、女の子に見せた。
女の子も笑顔を返してくれる。
手を握りあった。
手が冷たい……。
……。
気づいたら、俺は倉庫の外にいた。
汗をかいている。
息も荒くなっている。
悪い夢を見ていたようだった。
手に痛み……さっきのオモチャだ。
俺は開いていたお店のシャッターを閉めた。
シャッターが完全に閉まりきっておらず、なにかの拍子に開いたのだろう。
勝手に納得して、モールの外に出た。
わざわざ本部に連絡しなくてもよいことだ。
些末な話だ。
隠し扉を抜けると、外気は涼しかった。
いや、寒いくらいだ。
蜂谷はモールの外で待ってくれていた。
耳に携帯を当て、「もうウナギの店は終わりましたよ」と文句を言っている。
「僕は帰りますよ」
蜂谷はすねて、歩き出した。
俺はなるべく表情を変えず、
「なにも見なかったよ」
と、警備員にあるまじきウソの報告をした。
「オバケの女の子なんていなかった」
よけいな一言を付け足した。
バカ。
なんでオバケが女の子だって知ってる?
一瞬でバレるウソをついて、俺は頭を抱えた。
だが、蜂谷の反応は意外だった。
俺に振り向きもせず、
「死んだ子どもは、男の子だったんだよなぁ」
とボヤいている。
俺は固まった。
男の子?
俺が見たのは、女の子だったぞ。
俺の心臓が、脈打つ。激しくなっていく。
蜂谷の歩みが早まる。
こいつ、いつの間に脚が早くなったんだ?
「男の子は、なにかオモチャを握っていたらしいけど」
蜂谷が話を続ける。
俺は、汗ばんだ手のひらで握りしめているオモチャを見た。
後ろ姿の蜂谷が離れていく。
追いかけなくては……。
だが、脚がもつれて上手く動かない。
いや、立てない。
「ほら、食玩っていうじゃん。お菓子のオマケについてくる奴」
「蜂谷!」
叫んだが、蜂谷は返事しない。いや、気づいていない。
蜂谷は、携帯電話で誰かと話をしている。
「蜂谷、置いていかないでくれ……」
俺は地面に手をついて動けなくなってしまった。
俺は、女の子とわけっこしたオモチャを、食玩を握りしめた。
ヒトリジャナイ……。
ありがとうございました。




