第四話「まだ旅立ってもいないのに②」
激しい土砂降りの雨の中。俺は路地裏で一人ふさぎ込んでいた。
大粒の雨は容赦なく俺の体を貫いて、地面に染み込んでゆく。
突然の雨で街の喧騒はなくなり、ざあざあと雨が流れる音だけでが響いている。
「俺、このまま死ぬのかな」
言葉がぽつりと漏れた。
身体が冷たい。手足の感覚が鈍くなってきた。
このままだと死んでしまうかもしれない。しかし、重い腰を持ち上げる気にならない。
ニート時代の朝を思い出す。
目が覚めても起き上がる事ができない。十分な程寝て、太陽が完全に登り切っているのに。
眠いからではない。動機がないからだ。起きたところで何もすることがない。やりたいこともないから……。
何かきっかけが欲しいと思っていた。立ち上がる切っ掛けを。この転生はきっかけとしては十分すぎるものだ。
新しい世界。新しい生活。そして若くて健康な体。何かを始めるのに必要なものはすべてそろってる。
だのに俺はただうずくまっている。
「あんたさぁ。いつまでそうしてる気なの?」
「知らないよ……」
うるさいな。話しかけないでくれ。考え事してるんだ。
「って、え?」
「死因が自殺だなんて、”上”になんて報告すればいいのよ!」
「あ、あんたは」
目の前に燃えるような赤い髪の少女が立っていた。
真っ赤な髪に真っ赤な目。どこか見覚えのある風貌だ。
「フレイアさん?」
「本当は、手助けするなんてダメなんだけど」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!111」
俺は溜まらず泣き出してしまった。
「ちょっあ、やめ!!11」
思わずフレイアに抱き着く。
「フレイアさああああああんんんん!!」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
そうか!俺にもいた。知り合いがいた!!彼女は俺を知っている!!
今この世界で俺を知っているたった一人の人間、いや神か。
繋がりがある。それだけのことがこんなにも安心するなんて!
「フ”レ”イ”ア”ざぁああん!俺、どうしたらいいんだぁ」
顔面を涙と鼻水でぐしゅぐしゅになりながら、フレイアの服にしがみつく。ついでに鼻水を拭いとくか。
「いい加減にしなさい!!」
着火するように突然、フレイアの髪の毛が逆立ったと思えば、強い衝撃で立つように壁に打ち付けられた。
「いてて、ごめんなさい」
「ただ、一人ぼっちじゃないと思うとうれしくて」
「あのねー。そういう悩みがでるのって、ふつう物語の中盤以降でしょうが」
「こんな序盤で思い悩んでんじゃないよ!」
フレイアが鼻水がべっとりとついた服の胸の部分を嫌悪感満載の表情でつまみ上げる。
「しかも、きったねぇなオイ」
「ごめんフレイアさん」
フレイアは、ふぅ。と一息入れて話始めた。
「フレイア?誰それ。神は直接人の前に現れてはだめなの!」
「私は通りすがりのただの少女よ」
神は人を見守る以上の事は本来してはいけないらしい。
今回フレイアが降臨したのは、裏技みたいなものなんだろう。
しかし、どう見てもフレイアだし、こんなので他の神々にバレないのか?
「俺はどうしたらいいんだ?」
一番欲しい答えを単刀直入に聞く。
「冒険者ギルドに行きなさい」
フレイアが人差し指を立てて言った。
「それで?」
「そこから先はあなた次第よ」
「ええ!? そんだけ!?もっと何かないの?」
「スキルとか!装備とか!役に立つものを何かくれよ!」
冒険者ギルド行ったところで、丸腰の俺が何をできるというんだ。
「ダメ。これ以上の手助けはできないわ」
「えーでも……」
「でも。じゃないのいいから行きなさい」
「ほら、やっと立ち上がれたんだから。あとは歩くだけしょ」
そう言うと、ふっとフレイアの姿が消えて無くなった。
神界に帰ったのだろう。結構あわただしい人だ。
確かに俺はフレイアのおかけで立ち上がった。というか、立ち上がらされたわけだが。
一人ボッチじゃないという事実は自分が思う以上に俺を前向きにさせたようだ。
気づけばさっきまでの雨が嘘のそうにやんで、上を見ると青い空が広がっている。
「なんだ、通り雨だったか」
路地裏の外から人の声がぽつりと聞こえた。
通り雨か。なんだかすごい落ち込んで、この世の終わりかと感じたが。
案外後で、振り返ってみると石ころに躓いた程度の事に思えたりするのかな。
少し、前向きになれた俺は、とりあえず冒険者ギルドに向かうことにした。




