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第三話「まだ旅立ってもいないのに」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああ!!!!」


ドスンッと鈍い音と共に強烈な痛みが脳天からつま先まで一直線に走り抜けた。

石畳に頭を打ち付けたようだ。もっと普通に転生させられなのかね。明らかに嫌がらせだろ。

手で頭をさすりながら、俺は立ち上がった。

脳天から石畳に直撃したら、通常なら即死ものなんだが、女神の力のせいか、死ぬどころか、

ケガ一つないようだ。意識が吹っ飛びそうな程の痛みだけが残っている。


朦朧とする意識の中、俺はあたりを見回してみた。

中世ヨーロッパ風の建築物が並んでおり、まさにファンタジー世界といった感じだ。

足元には石で舗装された道が続いており、その先は山の上の城に向かっていた。

どうやら、城下町にいるようだ。


「んんっ?」

何やらいい匂いがするぞ!そういや今日は朝から何も食べていないな。グゥッと腹の音が響き渡った。

すきっ腹を刺激するこの匂いはなんだ?匂いの方向に目を向けると、こんがり焼けた肉が並んでいる店が見えた。

周囲をよく見ると、肉屋の他に、衣服や宝飾・武器の出店が並んでいる。買う人間と売る人間の両方が世話しなく動いていて、活気に満ち溢れている印象を受けた。

ここは商店街なのかな。

お腹すいたし、何か食べるか……あれ?

ポケットに入れていた小銭を取り出そうとしたが、そのポケットが、ないことに気づく。ていうか、ポケットどころか服すらない。

上半身裸じゃねぇか!かろうじてパンツは履いているため、転生間もなく刑務所行きには、ならずに済みそうだが……。

女神さんよ、ちょっと厳しすぎないか!?

女神に対する不満をぶちまけつつ、ふと真横の服屋においてあるたて鏡に目を向けた。

「……こ、この姿は!?」

俺は、自分の姿が先ほどと全く違うことに気づき感嘆の声挙げた。

長い引きこもり生活で自由気ままに伸び放題だった髭は全て反られており、ぽっこりと突き出ていた醜い腹の脂肪も見事に燃焼されていた。

霞んで精気の欠片もなかった瞳は、希望に満ち溢れているような輝きがある。

まさに、18歳の頃の俺に、そっくりだった。

そうか、女神が言っていたな、スキルも装備もないけど、身体は一番いい時の状態になるって。

これは想像以上に嬉しいぞ!


そうだ。やりなおそう!この若い身体があれば、きっとやれるさ!

新しいこの世界で、もう一度、頑張るんだ。

今の腑抜けた俺じゃない、別の輝いた俺になる為に!

身体と一緒に、精神も若返ったのだろうか?根拠もないのに、希望が湧いてきた。

やる気と力が漲ってくる。

さぁ!行こう!

俺は、大げさに両手を挙げて、勇み足で歩きだした。


のだが、3歩あるいたところで足がぴたりと止まった。


やる気は十分。体力もある。だのに何故歩みが止まるんだ?

一瞬考えたが、すぐにその理由がわかった。


どこに行くの?



名前すら知らない街に一人ボッチの自分。

お金どころか、着るものすら満足にないこの状態で。

俺は何をすればいいのだろうか。


例えばもし、自分が突然、外国のどこか知らない街に飛ばされたらどうする?

しかも、家族や友人。頼れる人が誰もいない状態で。

日本大使館に相談するか?

だが、この世界、プログレシアに日本はない。

俺は家族や知人どころか、故郷すらない。正真正銘のボッチ状態にあるわけだ。頼れるものは自分だけ。

そう考えると急に身震いがした。ぞわっと全身に鳥肌が浮き上がる。

不安。一瞬にして、その感情で脳内が埋め尽くされた。


引きこもり時代でも誰かとの繋がりはあった、か細い線だが、0ではなかった。

この世界に自分と繋がるものが何一つないという事実が急に俺の目を曇らせた。


誰かに自分を認識して欲しい欲求にかられ、通りすがりの人間に声をかけた。

「あ、あ、あのぅ…!」


「……」


相手は、こちらを見て、一瞬驚いた顔をしたと思えば、直後に顔を反らし歩いていった。

「む、無視かよ……」

そりゃそうだ、街中で上半身裸パンツ一丁の男に声をかけられてみろ。俺でもシカトするわ。


世話しなく通り過ぎる人たちがみな一瞬俺を見て侮蔑の表情を浮かべて去っていくのに気づいた。

日本と同じで、この世界も俺のような恰好をした人間はイレギュラーなんだな……。


どうしよう。怖い。誰か助けて。そんな言葉が俺の頭の中を駆け巡る。

なんでもなかった。ただの視界の背景だった人々が皆、俺を否定しているように見える。


どうしようどうしようどうしようどうしよう。


周囲の視線に耐えられず俺は、路地裏を見つけ、駆け込み乗車をするように、飛び込んだ。

心臓の鼓動が早くなる。眩暈がして、周りの雑音がサイレンのようにうるさく感じた。

目を瞑り、両の手で耳をふさいだ。


なんだよ。ダメじゃん俺。

若かろうがなんだろうが、結局俺だよ。何にもできない人間なんだよ。


倒れるように壁にもたれかかると、そのままずるずると背中を引きずりながらしゃがみこんだ。

頭を抱えて下を向く。自分以外のあらゆるすべてをシャットアウトした。

この状況をどう打開するか?そんな前向きな事を考える事もなく。ただ、俯いてどうしようどうしようと動揺するばかりであった。

ファンタジー漫画ではストーリー中盤で主人公が苦悩するのがセオリーだ。

それに比べ、俺はまだスタート地点なのにこの有様か。


まだ旅立ってもいないのに……。

俺の心は早くもへし折られた。


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「ちょ、ちょっと!嘘でしょう!?」

「もう一時間も俯いたままよ?」

フレイアが何か水晶のようなものを覗きながら叫んだ。

「確かにスキルも装備も何もない最低なスタートだけど、旅立ちすらしないのは信じられないよ」


たける以前の勇者たちは、みな、その経歴に見合った武器やスキルを与えられて転生していた。

とはいえ、強力な武器もスキルも旅立ちに絶対必要なわけではない。転生後に必要なことは衣食住を用意する事だ。その為にはまず仕事が必要だろう。スキルや装備の出番はそれからだ。

かつての勇者たちは最初は困惑したものの、それぞれのやり方で最初の仕事にありついていた。

猛のように、転生後3歩あるいて意気消沈……。というクズは前例がないのである。


「あーもう!!!頼むよ!!1ニートくん!!」

フレイアががむしゃらに髪の毛をかきむしりながら叫んだ。


「しょうがないわよ。クズなんだから」

「むしろ生き生きしている方が不自然だわ」

アッシュがフレイアをなだめるように呟いた。


「あ、雨が降ってきた」

急に土砂降りの雨が降ってきた。大粒の水滴は容赦なく猛の身体に降り注いでいる。

猛はそれを避ける様子もなく、ただただ俯いたままだ。


「これでも動かないの!?死んじゃうよ!」

フレイアが今度は慌てた様子で水晶をより深く覗き込んだ。


「どうやら。裏技を使うしかないようねフレイア」


「うぐっ裏技か……」

「本当は使ってはいけない技なんだけど……」

「背に腹は代えられないようね……」


「まさかしょっぱなから奥の手を使うことになるなんて」

「でも死なれるよりはマシでしょう」


「そうだね……」

「じゃあちょっと行ってくる」

そう言うと、フレイアが水晶の中に吸い込まれていった。







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