第二話「お次は女神と面会」
……真っ白だ。
全てが真っ白だ。
白いキャンバスの中にそのまま、吸い込まれてしまったのかと錯覚する。
心も真っ白で、一切の邪念を感じない。いい気分だ。
あたり一面何もない。ただ、微かに声が聞こえてくる。
とても透き通った。心が落ち着く声だ。
「……さい」
「…………きなさい」
「起きなさい可愛いわが子よ」
瞬間、ぼんやりしていた意識が覚醒した。
あたり一面、真っ白の空間にいることを明確に理解した。
さっきよりも、すべての感覚がクリア―になった。
そして、目の前に銀髪の美女が椅子に腰かけているのを認識できた。
この世のすべてを吸い込んでしまうような深いブルーの大きな瞳で俺を見つめている。
「あ、あ、あのっ……ここここは?」
久々に親以外の人間と話すせいか、緊張して、うまく喋れない。
しかし、銀髪の美女は俺の話し方を笑うでもなく、ドン引きするでもなく、静かに聞いて微笑んだ。
「愛しいわが子よ」
「突然の事で驚いたでしょう」
銀髪の美女がとてもやさしい口調で話しかける。
「わが子?」
「そう、神にとって、人の子はすべからく愛しい子供です」
「そう、あなたのようなクズ人間も愛すべき私の子供なのです」
「え?」
優しい口調でシンプルに俺を罵倒する。
「本来ならば、あなたのような存在が死んだ場合」
「適当な誰かに生まれ変われさせるのですが……」
「この度、新制度がスタートしまして、あなたのようなクズ人間に活躍のチャンスを与えることとなりました」
さっきから、クズクズうるさいな!!!と言いたいところだが、本当の事なので、言い返せない。
とりあえず暴言は考えないことにして、彼女が言っていることを理解したい。現状わけわからん。
「新制度?なにそれ」
「私たち、女神はあらゆる世界の秩序を保つのが仕事です」
私たち……と聞いて、銀髪の美女の後ろに誰かがしゃがみこんでいるのに気付いた。
燃えるような赤い髪の女の子が、口をタコのように尖らせて頬杖をついている。
眉間にしわを寄せたぶすっとした表情で、機嫌が悪いのが見て取れる。
これ以上、情報が入ると俺の脳みそがパンクしそうなので、とりあえず赤髪の彼女は無視することにした。
「コホンっ」
赤髪の女の子に注目しているのに、気づいた、銀髪の女神が咳ばらいをした。
「あ、失礼しました」
謝る俺。
銀髪の女神は話をつづけた。
「ごくまれに世界に現れるバグのようなイレギュラーな存在を排除するのも仕事の一環です」
「あなたにはそのお手伝いをして欲しいのです」
「イレギュラー……異常なものの排除だと?」
「なら、俺も排除される側な気がする」
「ぷすすっ確かに」
後ろの赤髪の女の子が急に噴出した。
自分で言った事だが、他人に笑われるとイラっとするな。
あの子は顔は可愛いいが嫌な子なのか?
「シッ!」
銀髪の女神が彼女を睨みつけた。
赤髪の彼女はバツが悪そうに顔を反らした。
「ごめんなさいね。話を続けます。」
「今、平和が脅かされている世界があります」
「その名はプログレシア。剣と魔法の栄えた世界です」
女神がそう言うと、真っ白な地面が光り、世界地図のようなものが現れた。
地球と同じように緑の大地と青い海が広がっている。
しかし、島も大陸も見慣れない形をしていることに気づいた。
おそらく、これがプログレシアという世界なのだろう。
「魔王というイレギュラーな存在がこの世界を掌握しようと目論んでいます」
「魔王を倒し、この世界に安定と秩序を取り戻してください」
「魔王退治??いやいやいや無理!絶対無理!!」
「自慢じゃねぇが俺は勉強ができねぇ!」
「バカだもんね」
俺の言葉に続いて赤髪の女が呟く
「それに運動神経は皆無!」
「どんくせぇからな」
「奇抜なアイディアも芸術的センスもない俺だぞ!?」
「顔はピカソだが」
「さっきから妙な合いの手いれないでもらっていいっすか!!?!?!?!」
俺が赤髪の女に怒鳴るとッチと舌打ちをして、彼女はまたそっぽを向いてしまった。
なんなんだこいつは。
「いずれにせよ、この俺に魔王退治なんてできるはずがない!」
「そうなのです!」
「できるはずがない!だから、こそあなたは選ばれたのです!」
「は?」
「さて、より詳しいことは、この女神フレイアがお話します」
「さぁ、後は頼みましたよ」
そういって、銀髪の女神はしゃがみこんでいる、赤髪の女……女神フレイアの首根っこを掴んで無理やり立ち上がらせた。
フレイアは相変わらずのしかめっ面で、まさに渋々といった口調で話しかける。
「はぁ、どうも、私があなたを担当する女神、フレイアです」
「あ、ども」
「えー、これまで、この世界-プログレシア-に生まれた魔王を倒すために、たくさんのエリートを転生させました」
「巨大なドラゴン族の戦士」
「別の世界を救った勇者」
「手が12本もある種族」
「しかし君なんかよりも、遥かに高貴で強力な戦士たちですら、この魔王にはかなわなかった……」
おいおいまじかよ、なおの事、俺なんかじゃダメだろ。
「そこで、私たち神の世界-神界-の上層部は何を血迷ったか、クズ枠を設けたの」
「エリートでダメなら、クズに賭けてみようってね」
「なるほど、それで俺に白羽の矢がたったわけだ」
「っておいおい誰がクズだー!」
緊張間に耐え切れなかった俺は思わず茶化した言葉を発した。
「あ、そういうのいいから」
一切の興味を示さない冷たい目でさらりと流された。
「つーかこの説明に意味あるのかしら」
「時間の無駄にしか思えないのよね」
「もうメンドクサイからさっさと始めましょ」
「え?何を?」
「だ・か・ら! 魔王退治に決まってるでしょーが!」
パチンッとフレイアが指を鳴らすと、俺の足元に魔法陣が浮かび上がった。
「いま、あなたの丁度足元に見える小さな島。そこがスタート地点よ」
「ちょ、ちょっと待て!」
「いきなりスタートかよ!?」
「装備は?特殊スキルは?初期ステータスどうなんの俺」
そうだ。運動神経皆無な俺は魔王どころか、その辺の雑魚モンスターにも勝てないだろうよ。
何か女神の祝福的な強力なパワーが必要だ。
「そんなのあるわけないじゃん」
「あのさぁ、神界にも予算ってもんがあんのよ」
「スキルを与えるのも武器を与えるのも限られた神の力が必要なの」
「残念ですが、クズに割く予算はございません」
「あ、でも一つだけ、お土産があるわ」
「あんたは一番ステータスが高かった年齢- 18歳の状態で転生するの」
「まぁクズだから今と大差ないんだろうけど、少しはましでしょ」
「では、いってらっしゃい」
フレイアがにこりと微笑むと足元の魔法陣に穴が開いた。
「え?え?まだ心の準備ができてなっ」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
当然、足場を失った俺は落下する。足元に広がる世界-プログレシア-に落ちていく。
「テレポートとかじゃなくて!!こんな物理的な移動なのかよぉぉぉぉおおおお!」
女神フレイアが落下していく俺を見下しながら、何かつぶやく。
「ぐーたらなアンタの為に、一つ目標をあげるわ」
「餓死するな、以上」
その一言は、この眼前の世界でただ「生きる」ということ自体が難しい事を表していた。
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「さて、このクズ枠。果たして成功するのかしら」
銀髪の女神が手を頬にあてて首をかしげる。
「どうせ無理だよ。アッシュ姉さん」
「あらゆる戦いのエリートで試してダメだったんだから」
「だからこそよフレイア」
「きっと今度の魔王はエリートという属性に強いのよ」
「むしろクズほど善戦する可能性があるわ!」
「クズから這い上がるサクセスストーリー……!!」
「くぅ~!見逃せないわ!」
伸びをするように、椅子からスタンディングオベーションする銀髪の女神アッシュ。
さっきの荘厳な雰囲気とは打って変わって崩れた表情を見せている。
「はぁー姉さんは物好きね」
「先が見えてるゲームなんて、つまんないでしょ」
「あらあら、あなたそんなこと言ってていいの?」
「ドラゴン族がダメ。勇者がダメ。なんか手の多い種族もダメだった」
「あなたが推薦した人材はみんな失敗してしまったわ」
「次もダメだったら、降格まったなしね」
「わ、わかってるよ」
「今度は私もやり方を変えてみる……」
「クズに期待はできないけど、駒がこれしかないんだし……」
「ま、そうはいっても、あなたがあのクズを選んだのにも意外な事実があるのでしょう?」
アッシュが唇に人差し指を当てて、クスリと笑った。
「選んだ理由かー。うーん、なんていうかあいつは」
「顔がお兄ちゃんに似てない?」
「」
アッシュ、白目。




