タクシー
「くそっ…」
俺は手をあげてタクシーをとめた。
そしてタクシーに乗るなり
「前の車を追ってくれ!」
と叫んだ。運転手は戸惑いながらも、タクシーを発車させた。
よし、長年の夢が叶って満足だ。実は俺は刑事とかそういう人じゃない。ただの大学生だ。
俺はこの『タクシーに乗って「前の車を追ってくれ」と言う」をするため、タクシーをとめた。
服装もちゃんとトレンチコートを羽織り、モデルガンやおもちゃの警察手帳を持っている。警察手帳なんか実際必要ないが、持っているとそれっぽさがでて演技に力が入る。
その内タクシーが赤信号でとめられて、前の車が見えなくなるだろうがそれでもいい。それでこそだ。赤信号にとめられ、「くそっ…釣りはいらねぇ」と言いながら千円札を払うのが理想だ。もし追いついてもいいように、前の車は友達が運転している。
というわけで、今タクシーに乗っている。
「前の車はどこに行くか分かりますか?」
タクシーの運転手がいきなり話しかけてきたのでびっくりしたが、
「多分赤崎町だろう。あそこはビルが多いから隠れやすい」と、適当に話しておいた。目的地は事前に友達と合わせておいたが、「ビルが多い」なんて理由を今思いついた自分に感服する。
「そうか…なら」
そう運転手が言うと、急に左折し、狭い道へ入っていった。
「ちょ、おっさんなにしてるんだ!」
素の声が出てしまった。
「近道です」
そういうと、運転手はすいすいタクシーを走らせた。その間、踏み切りにも、赤信号にも、とめられることはなかった。
気がつけば、もう赤崎町についていた。こんな抜け道があるなんて知らなかった。
「さあ、着きましたよ。あと5分くらいであの車がくるでしょう」
「…おお、ありがと、釣りはいらねぇ」
俺は千円を払い、タクシーを出た。
あいつらの車が走ってくるのが見えた。
俺の夢は叶わなかった。車を追えと言ってるのに、追いつかないことを願うのもおかしな話だが。