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第一話 出会い  作者: 太刀川博夫
6/12

2-1

――――――

たしか、6歳くらいの時だったと思う。

あの頃まだ私は、グレンおじいちゃんと一緒に暮らしていた。

おじいちゃんは私の横でちゃぶ台に向かい、いつもの作業を続けていた。

それは、おじいちゃんが頭の中に持っている物凄い数の本のうちの一つを、紙の上に書き連ねていくという作業。

この島にいるおじいちゃん、おばあちゃんはみんな、毎日その作業に勤しんでいた。文字によって埋め尽くされた紙が、毎日タワーを作るほどに掃き出されていく。

そして紙たちは、後から紐などによって綴じられ、本という形を手に入れていった。

私はというと、おじいちゃんが作業してる横に座って、おじいちゃんが書き上げた本をひたすらに読んでいた。

時々おじいちゃんのお手伝いをすることもあった。紙の片づけをしたり、出来上がった紙を紐で綴じて本にしたり。

でも大概は、グレンおじいちゃんやスタイン先生、あと島の人たちが持ってきてくれた本を読んで過ごしていた。

文字の書いてあるものは、なんでも読んだ。

時々、島の外からちゃんとした形の本が入ってくることもあった。その中には絵とか写真とかも載っていたので、スゴく楽しみだった。

そして、脇に置いておいた我が愛用のメモ帳に、気になったところをどんどん書き留めていった。

それは感想の時もあれば、疑問のこともあった。その本を読んで頭に浮かんだことは何でも文字や絵にしていった。

そしてそれを後でおじいちゃんに見せると、おじいちゃんは喜んだり驚いたりした。島のみんなに見せると、私を誉めてくれたり、頭をなでてくれたり、食べ物や新しい本を分けてくれたりした。

それが、私の最高の楽しみだ。


太陽が沈み、部屋の中が暗くなり始めれば、そえが作業の終わりの合図だった。

作業が終わると、おじいちゃんは台所に行った。その間に私はちゃぶ台の周りに散らばっていた紙をまとめる。私とおじいちゃんの間で決めた仕事の割り振りだった。

部屋はもう、紙の上の文字も見えないくらいに暗くなっていた。私は部屋の隅に置かれているランプに電池を入れて、スイッチを入れた。

ランプから光を発し、部屋全体をぼんやりと明るくする。私が本を読むには十分な明るさだったが、おじいちゃんはこの明るさでは文字を読むことが出来なかった。だから夕方に作業を中断せざるを得なかったんだ。

ちょうど私が準備を終えると、おじいちゃんが二人分のご飯を持って戻ってくる。私は台の前に座って待つ。

「さて、いただくかな、羽衣」

「うん、いただきます!」

ご飯を食べ始める。配給される簡易職に、野菜の煮物を合わせたものだった。島の隅に住む さんが作業の傍らに栽培しているものを分けてくれたものだ。

「おっと、忘れてた…!」ふとおじいちゃんが席を立ち、台所に戻る。

すぐに戻ってきたおじいちゃんの両手には、大きなビンとコップが握られていた。

おじいちゃんが大好きだった「お酒」という飲み物だった。配給でも滅多に届かないその飲み物。一年くらいの間隔でそれが届くたびに、おじいちゃんは子供みたいな笑顔を私に見せてくれた。

キュポッという音と共にビンの口が開く。おじいちゃんはビンの中身をコップに注ぎ、ぐいっと飲み干す。

「くーっ!五臓六腑に染み渡るとはまさにこのこと!」

「ごぞうろっぷって?」

「全身の隅々までということさ」

おじいちゃんのそんな嬉しそうな反応を見るたびに、私はその飲み物の味が気になってしょうがなかった。

一度飲みたいと言ったら「羽衣にはまだ早い」と言って飲ませてもらえず、さらに好奇心は増大した。その味を想像してメモ帳に書き込んだことも何度かあった。

でも、その時の私にはそんな好奇心を上書きする、全く別の興味がわいていた。

「ねぇ、おじいちゃん。おねがいがあるんだけど……」

既に顔が赤くなり始めていたおじいちゃんに、私はそっと切り出した。

「なんだ?酒なら飲ませんぞ」

「お酒のみおわったら、そのビンくれないかな?」

聞こえるのは波の音と、砂を蹴って進む私の足音。

月と星だけが、手元を照らす灯りだった。

私は両腕でしっかりと抱えたビンを顔の前に運んだ。そして、一緒に持っていた手紙を小さく折り畳んだ。


お酒を飲み終えたおじいちゃんは、不思議そうな顔をしながらも、空になったビンとフタを私にくれた。

私はおじいちゃんが使ってる紙を一枚もらって、その上にいつもより大きなサイズで文字を書き始めた。メモ帳のページを切り取るのでは足りないと思ったんだ。

たまたまだった。その日の夕食前に読んでいた本が偶然、ビンの中に紙を入れて海に流し、メッセージを残すというシーンがあるお話だったんだ。

お話の内容はどうでもよかった。あまり幸せな内容では無かったと思う。

でも、それを読み終わった後にビンを見て、半ば衝動的に思いついた行動だった。

「こんにちは。わたしのなまえは みすみうい です ビブロとうにすんでいます」

私は書いた。島のこと、自分のこと、おじいちゃんおばあちゃんのこと。

この手紙が海を超えてたどり着く世界、私がいつかこの目で見ることを、その時から既に憧れていた、外の世界。そこへのメッセージをありったけ込めた。

「いつかあえるひを、たのしみにしています」

私は手紙を書き終えた途端、家を飛び出した。

そして、海岸に来た。


私は折り畳んだ手紙を、ビンの口からその中に入れた。月明かりの下では少し手元が覚束なく少し時間がかかったけど、何とか入れることが出来た。

そしてフタをして、ゆっくりと波打ち際へ進んだ。

どうかこの手紙が、誰かの元に届きますように。

私の思いを、世界が受け取ってくれますように。

祈りを込め、私は全力を込めて肩を振り、ビンを思いっきり海へと投げた。

ビンは小さな放物線を描いたあと落下し、ジャポンというやや重い音が、波音にまみれて微かに聞こえた。

私はそれからしばらくの間、ビンの消えた方向をずっと見つめ続けた。


――――――


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