願掛け悪魔の姿見
ある悪魔にどうしても叶えたい願い事があった。
でも、その願い事をどうやって叶えればいいのかが分からなかった。
悪魔は人間が『願掛け』という行為をするのを見て、自分もそれをやってみようと考えた。
何かに願い事を叶えてもらう代わりに、自分が何かをずっとすること。『願掛け』とはそういうもの。
悪魔はしばし考えた末、毎日姿見で自分の姿を見ようと考えた。
悪魔は自分の姿が嫌いだった。やることなすこと、悪魔は自分の行いが醜いものだと知っていた。
それを反省したことはなかった。だけど鏡に映った自分の姿だけは許せなかった。どうしようもなく嫌だった。
これからは姿見で自分を見続ける。自身が出来そうな『願掛け』といえばそれしか思いつかないから、それをし続けようと悪魔は考えた。
悪魔は毎日姿見を見続けた。
鏡を見つめれば、自分のこごった丸い目が揺らぎ、涙がぼたぼたと床に散った。半分開けた口からは何かを言いたそうに、舌がぴくぴく動いていた。
悪魔は諦めずにそれを続けていた。
人間に近づくのをやめ、人間との契約を交わすのもやめ、悪魔が悪魔としてやってきた全てをやめた。
そうしていると、次第に悪魔は姿見の中の自分を罵るようになっていった。
お前はなんて醜い奴だ、近づけば腐った臭いがして、その手で触れれば何もかも汚し、しゃべれば毒を撒き散らす。ずる賢い頭を使って何度人間を不幸の海へと引きずり込んだのか。
悪魔同士の馴れ合いさえ好まず、そして魔王にも毒を吐いた。
お前は世界一の悪党だ。心の底からの、生まれたころからの悪党だ!
お前がいるだけで世界は、いいや宇宙は負のしけった皮衣で包まれる。
天界の者すら騙され、裏切られ、そしてお前をあきらめる! ああお前はなんて奴なんだ! 最高の最低最悪の完璧な悪魔じゃないか!
いいか、お前は明日も悪事を行うんだ。
ただ外に出るだけでいい。人間の目の届く場所を歩くだけでいい。人間の輪の近くに行けば尚更いい! お前は悪魔だから、不幸をまきちらす。悪魔とはそういう生き物なのだから。
だがお前は一つだけ愚かだ。
お前は悪魔であるのに、ある願い事を胸の内に宿している。
悪魔がそんな願い事をするなんて非常識きわまりない!
だからすぐにそのような願い事などやめるべきなのだ。姿見など壊すべきなのだ。
悪魔はいつもそこまで言ってから、最後に口を閉じる。
姿見の中の悪魔はじいっと悪魔を見る。
真っ直ぐに目をそらさずに悪魔を見る。
悪魔の願い事は半分叶っていた。悪魔の言ったこと全てを、姿見に映る悪魔が全て聞いていたからだ。
ポロリと、決まって最後に姿見の悪魔は涙をこぼす。
悪魔は悪魔の為に泣いてくれる存在をそこに見つけることができたのだった。
その姿見はとても大きく、立派なものだった。
枠は木で出来ており、透かし彫りが所々にされ、しかも油でよく磨かれていて……見れば見るほど深い色合いにため息が出た。
悪魔が生まれたときからあったものだ。生まれたときからあったものなのだ。生まれたときからあったものなのに。
姿見が映すのは唯一の持ち主である悪魔だけ。
それを気にするのならば、早く割ってしまえばいいのに。
悪魔は姿見を柔らかい布でみがく。今日もよく写るように。
――『願掛け悪魔の姿見』――【終】
童話風ですが童話とは言い難い何かを感じたので、ジャンルは文学にしました。
キーワードは何にするか迷った末、こうなりました。