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12月7日

もういっちょルドルフ目線です。




「……おはよ」

〈おはようございます。昨晩はよく眠れましたか?〉

「まーね。記憶がないからよく眠れたんだと思うよ。てか寝過ぎてびっくりだよ。もうお昼過ぎてるし。でもきみが運んでくれたんだね。ありがとう」

〈それくらいの判断力が残っておられるなら大丈夫ですね。気分は如何ですか?〉

「悪くない、かな。ねぇ、もしかしてきみも魔法が使えるの?」

〈まさか! 私はただのロボットですよ。そんな力などありません〉


 朝、主がリビングに来るなり真顔で突拍子もないことを言って来た。まだ寝ぼけているのか?

 機械つくりものの私に魔法など使えるはずもない。そんなことは主も分かっているはずなのに一体どうしたというのだろうか。


「なーんか妙に体が軽いんだよね~あんなに疲れてたのにオカシイ」

 首を捻る主にようやく合点がいった私は口を開いた。

〈そのことでしたら昨晩主をベッドに運んだ後、部屋の温度調節と湿度調節をして、リラックス作用のあるカモミールの香を焚いた所為でしょう。ヒトは眠っていても外部の影響を受けると聞いていましたので〉

 私はそっと椅子を引いて座るよう主を促しながら答えた。

 仰ぎ見る主の顔色は(今は通常形態なので見上げないと確認出来ない)良好だ。隈もなく明るい。これなら昨日の疲れはあまり残っていないだろう。

「良く出来た子だこと」

 促されるまま椅子に座った主は感心したように私を見つめた。


 違う。私が良く出来ているのではない。マスターの技術力の賜物たまものだ。マスターは限られた時間の中でありとあらゆる知識を私に詰め込んだ。ヒトの感情や習性はもとより、一般教養・経営学・心理学その他諸々不必要だと思われるような雑学に至るまでデータ化させ私に教えてくれた。

 私はただ、その膨大なデータの中から一番効果的なものを選択し行動に移しているだけ。ルドルフの考えではない。あくまでプログラムされた通りに動いているだけだ。


〈ところで主、今日はどのようなご予定なのでしょう〉

 何と答えていいか判断が出来なかったので私は意図的に話題を変えた。

「今日はまずリストの配布。やっと一昨日の全リストが上がったんだ。まだ配り終えてないガラス工房とぬいぐるみ工房とユールんトコに行って、午後は手紙保管庫、んでまたリスト作り」

〈ではリスト配布は私が引き受けましょう。ちょうどマスターのところへ行こうと思っていましたので〉

 私がそう言うと、主は形の良い眉を寄せた。

「何、どっか悪いの?」

〈いいえ、すこぶる好調ですよ。燃料の補充をしに行くだけです〉

「そう? それならお願いしようかな」

 納得したのか、主はテーブルに用意されていた朝食に手を付けた。少し冷めてしまっているかもしれないが、まぁ良いだろう。

〈では行って参ります。食べ終わった食器はシンクへ置いてください〉

「んぐ。りょーかーい」


 片手を上げて返事をする主を確認して私は仕事部屋へ向かった。






★ ― ★ ― ★ ― ★






〈今日は良い天気ですね〉


 リストを口に咥え工房へ向かった私は真新しい雪を踏み締めながら空を見上げた。

 太陽の光は弱いものの青が広がる空を見渡せば、遠くの山に積もる雪まではっきり見ることが出来る。自然に囲まれたラップランドはとても美しい。道すがら擦れ違う村人の表情も晴れやかだ。


「良い天気だなぁ」

「本当にねぇ」


「かけっこしようよ!」

「うん! 位置についてよーい、ドン!」


 駆け出す子ども達を横目に私は歩みを進める。


 ザク、ザク、ザク


 しばらくすると村の西側、工房区が見えてきた。既に各工房からは作業音が聞こえている。通りを南下しながらまずはガラス工房へ向かう。

 詳しい場所は聞いていなかったが、すぐに見つけることが出来た。一面ガラス張りの二棟からなる建物だった。一つは作業場、一つは完成品を並べるギャラリーのようなもの。ガラスのコップやトンボ玉、色とりどりの置物が所狭しと並べられている。


〈見事なものですね……〉


 光を受けて輝く工芸品は文句なしの一級品。

 人間とはなんて器用な生き物なのだろうか。もう少し見ていたい気持ちが芽生えるが、ぐっと堪えて私は作業場へと回った。




 カランカランッ


〈御免下さい。リストを届けに参りました〉

 顔の高さにあるガラスの鈴を鳴らす。本当は下に引っ張る紐が付いているのだが鼻先で押した方が早いと思い、直接鈴を鳴らした。


「はいはーい。ちょっと待ってくださいねー」


 奥の方から若い女性の声がした。

 カンっ! ジュゥゥゥ……と何かを叩く音と水が蒸発する音が聞こえ、程なくしてパタパタと足音を響かせ予想通り若い女性―――少女と言っても差し支えないあどけなさを残した顔立ちの女性がやって来た。

 ガラス戸の入口から見える私を視認するやいなや目を見開き、駆け寄って来る。そして勢い良く戸を開けた。

「これはこれはノエルさんとこのルドルフくんではないですかっ!」

 大きな灰色の瞳を輝かせてしゃがみ込んだ少女は私の顔を両手で包み込んだ。

〈!?〉

 突然のことに驚いた私は思わず咥えていたリストを口から離してしまった。バインダーに挟んだリストがやけに大きな音を立てて私と少女の間に落ちる。

「あっ! リストを持ってきてくれたんですねー。ありがとです」

 私が口で拾うより早く、少女が手を伸ばす。

 汚れてしまったバインダーを手で払うと立ち上がり、左手を室内に向けた。

〈…………?〉

 その行動の意味が分からず少女の顔を見つめると、少女も私の顔を見つめて首を傾げた。

「入らないんですか?」

〈え?〉

「わざわざ来てくれたんですからお茶くらい出しますよー」

〈はい?〉

「今日は晴れとは言え寒かったでしょう。ちょうど午後休憩しようと思ってたんです。一緒にどーぞ」

 ほらほら早く入って! と後ろに回った少女にお尻を押され、私は強引に作業場へと入れられてしまった。





〈これは……一体どういう状況なのでしょうか〉

 床に丸いラグマットを敷いた彼女は「熱々の紅茶淹れて来ます~」と言って私を作業場一角にある休憩スペースへ押し込んだ。

 状況が飲み込めない私はポツンと立ち尽くしたまま彼女が出て行った方向を眺めるほかなかった。

〈このマットに座れ、ということで良いのですかね?〉

 休憩スペースには一人掛け用のオレンジ色のソファ二席とローテーブルが一組あるだけ。わざわざ一席退けてラグマットを敷いたのを考えると私の為に作ってくれた場所だと思うが……

 彼女の意図が全く分からない。マスターからあらゆる知識を貰った私でもいくら計算しても答えが出ない。彼女は一体何がしたいのか。


「あれ? 座らないんですか」


 そんなことを考えていたら彼女がトレイにポットとマグカップ(二つ)とお茶請けにクッキーを盛った籠を持って帰って来た。

 やはり私の分まで用意してくれたらしい。


〈あの……貴女は私が【何】かご存知ありませんか?〉


 この見た目・・・で生き物だと思っているのだろうか。

 素晴らしい出来栄えだとは思うが、どう贔屓目に見たって全身メタリックシルバーの自分が生き物のはずがない。


「知ってますよ? 【超合金トナカイ・ルドルフ2号】さんですよね」

〈ああ、良かった。ご存知でいらっしゃいましたか〉

 勿論、と頷く彼女に安堵して私はラグマットに座った。

「何が良かったんですか?」

 マグカップに温かい紅茶を注ぎながら彼女が問い掛けてきた。

〈いえ、私は機械ロボットなのに何故人間みたいな扱いをされるのか貴女の考えが分からなくて〉

 正直に答えると彼女は首を傾げて淹れたての紅茶を私に差し出して来た。はいどうぞと言われ、またもや私は頭を抱えた。

 だからどうしてロボットの私に紅茶を差し出すのですか!?


「ロボットとか人間とかは関係ありません。あれです、オモテナシの心というものでしょうかね~。わざわざ来てくれた方を労うのは当然の心理と言いますかー」

 うーん、と一生懸命頭を捻りながら彼女は答える。

〈おもてなし、ですか〉

「はい! まぁ正直なところ、ルドルフさんとお喋りしたかっただけです」

 屈託のない笑みを浮かべて彼女はマグカップに口を付けた。

「ルドルフさんがロボットとかそんなことはどうでもいいんです。私がしたくてしたことなので。要するに歓迎してますってことの表れなんですよー」

〈歓迎、ですか……?〉

 益々分からない。膨大なデータの中にもそんな事象はなかった。私は機械で彼女は人間。対等な扱いなどされるものではないはずだ。なのに、何故―――?


「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私はベルです。よろしくお願いしますねルドルフさん」

〈……ベルさん、ですか。ええ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします……〉



 何だかとんでもない人間に出会ってしまった。

 私の理解の範疇を超えた不思議な人間に、どう接して良いか頭を悩ませる羽目になった。






☆ ― ☆ ― ☆ ― ☆






 こうして12月7日が終わった。


 クリスマス当日まであと18日―――




ここまで読んでくださってありがとうございます。

次話は12月8日12時頃更新予定です。

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