12月4日
本格的にクリスマスの準備に入ったノエルはプレゼントを作っている村の工房へ顔を出します。
「はーい、みんなちゅうもーく」
ざわざわざわざわ
「今日は進捗状況について確認したいと思いまーす」
ざわざわざわざわ
「そんなに驚かれると僕も困っちゃうんだけどな……」
ザワァッ……!
「……みんな僕のコト、一体なんだと思ってるの?」
クリスマス村は北と南に入口があり、西に工房、東に居住区を据えている。村人はそれぞれ担当の工房でクリスマスプレゼントを作っているのだ。
工房は作っているものによって分かれていて、全部で10棟。
今日は朝からその中の一つ、多くの小人たちが働く【ミニチュア・ツリー】に顔を出していた。その名の通り小さいツリー型の工房だ。
小さいとは言いつつも5階建ての地上10mの大きさがある。
「坊ちゃん、今年はえらいやる気だーね」
「ほんとだぁ。どうしたんだー?」
「どーしたどーしたー」
小人たちはお互い顔を見合わせて騒ぎ立てる。
間延びした喋り方は小人族特有だ。
「あのさぁ……」
人間で言えば5歳児くらいの背丈しかない小人仕様の工房は、当然ながら狭い。四捨五入したら180cmの僕が真っ直ぐに立つと天井に頭が擦れてしまう。
天井に頭をぶつけないように小さくなりながら溜息を吐いた。
「知ってるでしょ、父さんが(勝手に)引退したの。僕が跡を継いだからよろしく頼むよ」
ぴょんぴょん飛び跳ねる小人たちに向かって頭を下げる。すると口々に喋り出した。
「知ってるぞー。グリーンは旅行だーね」
「そうだそうだー」
「おみやげーおみやげー♪」
手を取り合って【お土産の舞】を踊りだす始末。
ちなみにグリーンとは父の名前だ。グリーン・クラウン。母はホワイト・クラウン。
まぁそれは良いとして。
実は小人たちは村人とは違い雇用関係を結んでいる。
元々この地に住んでいた彼らは手先の細かい作業が得意で、手の込んだ悪戯を仕掛けて来たりと何かと厄介だったのだが、初代サンタクロースである曾じい様が丸め込ん―――いや、交渉をして小人族の保護と衣食住の提供を条件に、春先からクリスマスまでの期間プレゼント作りをしてもらっている。
その腕は確かで、気紛れなところは多少あるけれどクオリティはハンパない。彼らの手に掛かればそれはもう素晴らしい細工の玩具が出来上がるのだ。
「ハイハイ。分かったからちょっと落ち着いて」
両手を叩いてテンションの上がった小人たちを諌める。楽しいことが大好きな彼らを大人しくさせるのは毎度疲れてしまう。
ピタリと動きを止めた小人たちは各々その辺の椅子や作業台に座り口を噤んだ。どうやらようやく落ち着いてくれたらしい。
「ありがとう。それでね、今年から僕がサンタクロースの役目を引き継いだからその挨拶と、今どのくらいまでプレゼントが出来てるか知りたいんだ」
一人一人に目を合わせながら言うと、一番手前に座っていた白いヒゲのおじいちゃん小人、プレデルが手を上げた。
「あれだー、グリーンが出掛ける時にくれたリストの分はほとんど出来たぞー」
「ホント? それ見せてくれる?」
すると作業台に置いてあったバインダーを渡された。数十枚に亘るリストを捲ると11月までに届いたプレゼントリストのほとんどは工程作業に○が付けられていて既に包装も終わっていた。
十日程度で数か月分のプレゼントを仕上げてくる辺りはCrafted artisanの異名を持つだけのことはある。
「優秀だ。流石だね」
両手放しで褒めると嬉しそうにプレデルは頬を掻いた。
「という事は12月のリストを上げないといけないのか」
この分だと今日にでもリストにあるものは完成しそうだ。
「そーだぞー。忙しいのはこれからだー」
「ノエルがリストくれないとダメなんだぞー」
「ノエルがんばれー」
思っていた以上に彼らは優秀みたいで僕は内心驚いた。去年までは指示をするだけでその作業工程や作業速度なんて見ていなかった。
ここに来て如何に自分が無関心だったかを思い知る。
「―――OK。明日中に昨日までに届いた分を纏めるから、もしリストが上がる前に作業が終わったら、そうだな……レース工房の手伝いお願いできる?」
レース工房では完全手作業になるので一つ作るにもかなり時間が必要で誰にでも出来るという訳ではなく、根気も手先の器用さも一番必要とされる。
「おーいいぞー」
「おれはニードルレースがいいぞー」
「そーだなーおれはボビンレースにするー」
細工職人の名は伊達じゃない。細かい作業になればなる程燃えてくる性質のようだ。
「じゃあその手筈でよろしくね。あとは―――足りない材料とかない?」
「んー、木材が足りなくなりそうだなー」
「木工用ボンドもないぞー」
「あとは青色のアクリル塗料だなー」
僕はポケットから取り出した手帳にそれらをメモし、思案する。
(木材は村の男連中に頼むとして、木工用ボンドとアクリル塗料は買いに行かないと他の工房でもなさそうだな)
きっと他の工房でも足りない材料が出て来るはずだ。後でまとめて買いに行こうと決める。
「分かった。それは僕の方で何とかするよ」
何かあったら連絡してと伝えて僕はミニチュア・ガーデンを後にした。
★ ― ★ ― ★ ― ★
〈御用は済みましたか〉
工房を出たところで声を掛けてきたのはルドルフだ。
忠実な超合金トナカイは律儀にも工房の前で待機してくれていた。一緒に入っても良かったのだが、かなりの重量を誇る彼に耐えられる造りをしていないので外で待っていてもらったのだった。
サイズ的には問題ないが、きっと底が抜けてしまう気がする。
「うん。でも材料の確認をしないといけないから材料庫に寄って在庫の確認する」
先程小人たちと話した内容を歩きながら伝える。ザクザクと下の方で固まった雪と、今朝方降り積もった雪が音を立てる。
〈他にどんな工房があるのですか? この辺一帯が工房なのでしょう〉
首を伸ばして横並びの工房を眺めるルドルフの瞳は興味津々といった様子だ。
それが何だか可笑しくて僕は思わず笑ってしまった。
「あはは! えっとねー、ミニチュア・ツリーの横がガラス工房、その横が染色・陶芸・アクセサリー・レース・ぬいぐるみ・お菓子・仕上げ・包装だよ」
〈九つしかないようですが、確か十あるのではなかったですか?〉
おや? とルドルフが首を捻る。恐らくユールに与えられた知識なのだろうが、そんなことまで知ってるとは相当量詰め込まれたようだ。
ルドルフの言う通り、工房自体は10工房建てられている。
「あー、うん。一応工房はあるけど今は材料保管庫になってるよ。ブリキの玩具とか金属系はユールの領分だからラボで作ってるんだ」
〈ああ、成る程。私が造られたところですね〉
「そうそう。この村では基本的にハンドメイドなんだよね。でもユールの担当は金属加工になるからラボの方が性能が良くて溶かしたり固めたりっていうのはそっちでやってるんだ。組み立てはみんなで手分けしてる」
〈村全体で協力しながら作っていると〉
「うん。どうしても製作過程で差が出るんだ。例えばレース工房なんかは特にそうだね。覗いてみる?」
ちょうど五つ目のレース工房の近くを通り過ぎるところだったので、表の窓ガラスから少しだけ中を見てみることにした。
レース工房は村の奥さん方の担当だ。
ニードルレースは針を使い、ボビンレースはピンを立て十数個の糸巻きを交差させて編み上げていく。
糸が細いので完成したものは糸で表現されているとは思えない程緻密な【絵】を描くことが出来る。ただ熟練の技が必要になる上に、後継者がなかなか育たない。
〈む……通常形態では見えませんね〉
目一杯首を伸ばすが普通のトナカイより一回り小さいルドルフでは窓ガラスまで届かない。それに立派な角が邪魔そうだ。
「第二形態になる?」
〈そうしましょう〉
カチッとルドルフの体内から音がして、手足の間接部分が人間と同じ位置に変わっていく。現世の子ども達に人気の乗り物が変身するロボみたいだ。ただし顔はトナカイのままだ。口には出さないけどちょっとシュール。
「どう?」
第二形態に変わったルドルフは蹄を窓枠に置いてそっと中を覗き込んだ。パチパチと二、三度目を瞬かせると鼻がくっ付きそうな勢いで前のめりになった。
〈どちらも根気のいる作業ですね……〉
淡々と紡がれる言葉からは感心しているのか引いているのか判断できないが視線は村の奥さん達の手元から離れない。
(ふふ、真剣だ)
そっと窓から一歩引く。
まだ飽きないようだし先に在庫の確認をして来よう。僕は極力音を立てないように下がり隣の工房に向かった。
戻って来たら他の工房も見せてやろう。もっとこの村のことを知って貰いたいという気持ちが芽生える。
そうして、ほんの少しでも良いから、僕の好きなものを好きになってくれたらいいな……そう思った。
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こうして12月3日が終わった。
クリスマス当日まであと21日―――
ここまで読んで下さってありがとうございました。
次話は12月5日10時を予定しています。