12月2日
12月1日の続きです。
超合金トナカイ・ルドルフ2号とご対面です。
超合金ってロボットのイメージが強かったんですが、実際はものすごい金属なんですね~
ごーん……ごーん……
アイビー家の鐘の余韻が頭の中に鳴り響く。
超合金トナカイ?
ナニソレ、美味しいの?
「ユール? 念の為に確認させて欲しいんだけど『超合金トナカイ【ルドルフ2号】』って名前の薬ではないよね?」
かなり無理があるが、確認は怠らない。
ネーミングセンスの問題ならば良し。でなければ大問題だ。
僕は手に持ったままだった書類を元通りの場所に置いて、足早にユールが座る椅子へと近付いた。
「何を言ってるんだ? そんなモノ飲んだらお前死ぬぞ」
「……デスヨネ」
目をぱちくりさせてユールは首を傾げた。
分かってる。馬鹿なことを聞いてるのは僕の方だって。だけど、でも、尚のこと納得いかない。
「幼馴染の頼みだからな。研究を中断して造ってやったんだ、感謝しろ」
「気持ちは嬉しいよ。でも……」
一拍置いて僕は溜息と共に吐き出した。
「僕が頼んだのは超合金で出来たトナカイじゃなくて、トナカイ恐怖症を治す薬だよ」
★ ― ★ ― ★ ― ★
「悪かった。初めは薬の方を作っていたんだがあまりにも退屈な作業でな……気付いたらホラこの通り」
机の上に置かれた瓶の中にはカラフルな錠剤が詰められている。
「何コレ」
「性転換薬」
「何でそんなのが出来るの!?」
「最近手に入れた薬草を試しに混ぜてみたら出来た」
「……」
飲んでみるか? と言われ無言で首を横に振った僕は、力尽きてその場に座り込んでしまった。
「おい。床は冷たいぞ。雪国育ちとはいえこの時期は家の中でも気を抜いたら死ねるんだ。ちょっと待ってろ。ベラベッカ!」
立つ気配のない僕に少しは悪いと思ったのか、ユールは小間使いを呼んだ。しばらくしてがちょん、がちょんと鈍い音を立てながらやたらと丸いフォルムで如何にもロボット感丸出しの、お手伝いロボット【小間使いのベラベッカ】が短く丸い手に座椅子を持ってやって来た。
製作者は幼き日のユールだ。
どうでもいいけど丸い手にどうやって物を挟んでいるんだろう?
〈……! ……?〉
「ああ、ご苦労だった。今日はもう良い。ん? そうだな。ああ、それで良い。頼んだぞ」
〈……♪〉
身振り手振りで訴えるベラベッカに何かを頼んだらしいユールは「それが終わったら寝ていいぞ」と最後に付け加えた。ベラベッカは短い手をピコンと上げ、またがちょんがちょん音を立てながらラボから出て行った。
「ベラベッカちゃん何だって?」
「お前の寝床はどうするのか、泊まっていくのかだと。今日はもう遅いし泊まっていくだろう?」
「そうする」
「まだルドルフの説明も終わってないしな。とりあえず軽く説明するから終わったら今日は寝ろ。その間に客間を用意させるから」
「ん。ありがと」
素直にお礼を言って、僕はベラベッカが用意してくれた柔らかい素材の座椅子に座った。
「で、だ。私はお前のお願いを忘れていたワケではない。結果的に依頼物とは違ってしまったが、ヘタレ馴染みの為に寝る間を惜しんで製作に励んでいたのは事実だ」
「うん」
それは分かってる。
お願いしたものとは違ったとしてもたった一週間という期間で最大限僕の望みを叶えようとしてくれたのは、作業台に散乱する数字が書き殴られた紙の束や大小様々な工具などから明らかだ。
それに元々白い頬がいつもより青白く見えるのは、徹夜続きだったからだということは容易に想像できる。
「まぁ正直なところ、薬を使ったとしても一時的なものだからな。それなら生きたトナカイじゃなく機械のトナカイならいけるんじゃないかと思ったんだ」
別に姿形がダメな訳じゃないんだろう? と聞かれ頷く。
僕はトナカイが嫌いだ。
だけど実際は嫌いと言うより怖いと言った方が正しい。
あの妙に人間臭い仕草や表情がこう、何とも胡散臭いのだ。アイツ等絶対僕達の言葉を理解してると思う。
「スノウとは意思の疎通が図れるのに何故奴らがダメなのか理解に苦しむが、生理的に受け付けないのであれば仕方ない。とりあえずルドルフに問題なければヤツにソリを引いて貰え。お前のトコの八頭より力はある」
一頭(一体?)で八頭分以上の力があるのか……
ユールが鷹揚に立ち上がり、肩が凝っているのか腕を回して一呼吸すると「いいか?」と言った。
じっと僕の顔を見つめ答えを待つ。
「……うん。お願い」
覚悟を決め、堅く拳を握り締めて頷くとユールは「待ってろ」とペタペタとスリッパを鳴らしながら奥の部屋へと消えていった。
(うう……緊張する)
僕は落ち着かない心を静めようと座椅子の上に立ったり座ったりしてルドルフとの対面を待った。
静まるどころか心臓は加速するばかりだ。
仕方がないので超合金について考えることにした。マッドサイエンティストな幼馴染のお陰で、僕の科学知識はなかなかのものだ。寝物語の代わりに科学用語を読み聞かせられてたから。
あくまで知識だけで役には立たないけどね。
(えーっと……超合金とは1000℃近くの温度でも強度、耐酸化性、耐応力腐食割れ性、耐孔食性をもつ合金のことを言い、ジェットエンジンのタービンブレイドなどに使用されている―――てゆーか飛行機のジェットエンジンに使われてる夢の金属をたかがソリを引く為だけのロボットトナカイに使うってどうなんだろう?)
ユールのことだから「どうせ造るなら最高に良い素材で、最高に格好良いものを造るのが当然だろう」とでも言うんだろうけど。
きっと薬を作っている間に思い付いて、副作用の心配もないロボットの方が良いと計画を変更したんだと思う。記憶力の良い彼女がいくら研究の途中に頼んだこととはいえ、僕のお願いを忘れる訳がない。
俗に言うツンデレ属性の幼馴染は何だかんだ言って僕に甘い。
「何をニヤけてるんだ?」
「!!」
気付けば目の前にユールが立っていた。
腰に手を当て、座っている僕を覗き込むように少し屈んで呆れた顔をしている。
ヤバイ。僕、今ニヤけてた!?
「なっ、なんでもないよ?」
「相変わらず嘘が下手なヤツだな。いい加減自分が顔に出るタイプの人間だということを自覚したらどうだ?」
よっこいせ、と歳に似合わない掛け声を発してユールは姿勢を戻す。
「……」
そんなに分かりやすいんだろうか? 両手で顔を触ってみる。
「馬鹿なことをやってないでちゃんと座ってろ。呼ぶぞ」
「イタっ!」
パコッと頭を叩かれてひとまず顔を触るのを止めた僕は、いよいよ超合金トナカイ【ルドルフ2号】との対面を果たすべく座椅子に正座をした。
「阿呆が……おい、ルドルフ! いいぞ」
ゴクリと生唾を飲む。ベラベッカとは違う軽やかな足取りなのに、聞こえてくる足音はズシッ、ズシッと重い。
(うわぁぁぁぁッ!! どうしようどうしようどうしよう!!)
怖い。超怖い!
「目を瞑るな馬鹿者」
再度ユールに頭を叩かれる。完全に呆れた声音だ。でも仕方ないじゃないか、怖いんだもの。
ズシィィン……最後に重苦しい音を上げてそれは歩みを止めた。
「……」
「……」
「……」
「……おい」
「……何?」
「目を開けろ」
「イヤだ」
「泣かすぞ」
「それもイヤだ」
チッと舌打ちするユール。目を瞑っていても分かる。今、般若の形相をしているに違いない。
「お前な……」
〈―――主〉
説教モードに入ろうとするユールを止めたのは耳に馴染む、というか馴染み深い男性の声だった。
「じい様!?」
思わず目を開ける。どう考えても今の声は父親の父親、つまり僕のじい様であり先代サンタクロースのカラー・クラウンだった。
〈主よ、私は主の御祖父様ではありません〉
ユールの隣に立っていたのはメタリックシルバーのトナカイだった。普通のトナカイに比べて一回り小さい体は、つるんとしたフォルムで触り心地が良さそうだ。
「じい様じゃ、ない?」
分かり切ったことだと思いながらもあまりにもじい様そっくりの声に呟きが漏れた。
〈はい。私はルドルフ……貴方の九番目のトナカイです〉
「九番目……」
メカ仕様のつぶらな瞳が僕を真っ直ぐに見つめながら言う。柔らかな物腰の彼は服従のポーズなのか、ご丁寧に膝を折ってのご挨拶を披露してくれた。
「どうだノエル?」
先程舌打ちした時とは打って変わって機嫌の良いユールの声にハッとなる。
「どうって、えーと、うん。何かどこから突っ込んでいいかわからないけど……大丈夫そうだよ」
「そうか! 良かったなルドルフ」
〈はい、マスター。これで廃棄処分は免れたようです〉
「ああ。1号には悪いことをした」
〈ご心配なさらず。彼の分まで私が主に仕えます。熱で溶けていくあの壮絶な痛みの中で、物言わぬ彼が願った最期の望みは次の私に引き継がれました〉
「そうだな。お前の中には1号が眠っている」
〈ええ、全ては主の為に。誠心誠意仕えさせて頂きますのでご安心を〉
「頼んだぞ」
(大丈夫って言ったけど、ちょっと待って! 超合金で出来たトナカイがじい様の声で、でもじい様じゃなくて、そもそもトナカイって喋らなくない? ってゆーか訳分かんなくなってきた……あ、もうダメだ)
和気藹々と穏やかじゃない内容を一人と一頭(一体?)が話している横で、僕は静かに意識を失った。
人間キャパシティを超えると気を失ってしまうらしい。
☆ ― ☆ ― ☆ ― ☆
こうして12月2日が終わった。
クリスマス当日まであと23日―――
ここまで読んで下さってありがとうございます。
次話は12月3日14時に更新予定です。