S●X
退屈だ…あぁ退屈だ、退屈だ。
やる事が無い…いや、あるにはある。
授業中だから教壇に立っている先生の話を聞いて、黒板を見てノートに書き写すと言う作業をしなければならない。
だが!
自分はこんな枠に収まりたくない!!
天才とは、奇抜で得てして理解できない事をするものだ。
何をしようか?何をすべきか…
先生が黒板に書き終わり一言
「わからない事があったら、先生に聞いてね。残りの時間は指定したページの自習です。はい、はじめ。」
その時一つの考えが思いついた。
先生に質問してみよう。
先生が答えられない問題を何か考えて…いや、先生が回答に悩むような質問をすればいいんだ。
そうだ、何か先生が思いつかないようなモノ…モノ…
こんなものは考えてみるとぱっと思いつかない。
先生は席に座ったまま、最近流行の携帯小説に食い入って読んでいる…
「恋愛小説か…あれって、なまなましかったけ?」
俺のぼそりと呟いた声に、隣に座っていた山田が反応する。
「おい、どうかしたのか?」
山田の小声に気づいて、そちらを向くと期待の眼差しを送っていた。
彼も退屈していたのだこの得てして変わらない日常に…
「あぁ、ちょっと思いついてね…」
俺の不敵な笑みに山田は期待通りという笑顔をしてノートの端を千切り、それに書いてクラス中に回すため、隣の奴にこそっと手渡す。
「読んだら、隣の奴に回して。クラス全員にそれ読んで欲しいで。」
何も分からず受け取った佐倉はうんと頷いてそれを読む。
こちらを振り向くと、ぐっと親指を突き出し、隣の生徒に渡した。
じゅんじゅんに受け取って、徐々に教室がそわそわして来た。
紙切れはクラスの三分の二くらいまで回ったところで、アクシデントに遭った。
「ねぇ君、さっき隣の子から何を受け取ったの?」
先生に見つかった!
大きな誤算だった…ここで、紙を盗まれてはクラス全体でこの空気を変える事が出来ない。
紙を受け取った生徒は馬鹿野郎と言いたいほど素直に先生に紙を渡して先生がそれを取り上げる。
それを読むと、先生は鼻で笑うように俺のほうを見てきた。
「佐々木が面白い事をするみたいだぞ!!って書いてあるんだけど、これ佐々木君が書いたの?」
チャンス!この先生がクラス全体に伝えるように言ってくれたおかげでクラス中がいろんな意味でそわそわして来た。
これは、逃す手は無い。
一発勝負だが、どう出るかの対決だ。
「はい、僕が書きました。」
「面白い事って?」
「いえ、わからない事があったので聞きたいだけです。」
「分からない事?なに?」
先生が上手く乗ってきたことに感動した。
それは僕にとって、ここまで上手くいくとは思っていなかったからおおきな嬉しい誤算だ。
僕は、持っていたノートの白紙を一枚千切り、そこにデカデカとマッキーで質問したいことを書いた。
「先生、この間に入るアルファベットが分からないのですが教えてもらっていいですか?」
オレが掲げたノートにはデカデカとこう書いてあった。
[S●X]
クラス中がしょうもないという失笑と、この先の展開を期待した空気に染まった。
先生はこの質問に少し頬を赤らめた。
自分がこの質問をしたのは先生がまだ若いからだった。
新任教師で二十代、しかも恋愛経験少なさそうな清純で初心な雰囲気を持っていたからだ。
先生は少し考えるようにちょっと待ってね、と廊下に出て行って職員室に戻っていったようだった。
「おい、佐々木。お前がやりたい事ってこんな事かよ。しょうもないぜ。」
男子生徒の一人が期待はずれという文句をこぼすと、クラス全体がその空気に持ってかれた。
ここまでは計算どおりだった。
問題ない、大丈夫かと視線を送る山田にグッと親指を突き出し、クラス全体に届く声で大きな声で言った。
「まぁ、あの先生の事だから違う意味の単語を探し出すと思うよ。」
「じゃあ、どうすんだよ。」
「賭けるんだよ。」
「賭ける?」
「あぁ、今日は英語があったから全員電子辞書を持ってきているだろ?その中からあの先生が、思いつくような単語を俺のアドレスに送ってくれ。一口、購買の缶ジュース一本分の百円からスタートだ。ちなみに俺のアドレスはabcde@+++.jpだ。メールの題名に自分の名前、本文に金額と単語を書いてくれ。オッズ…掛け金の倍率は一番かけた人が多い単語から1.0倍・1.2倍・1.5倍・1.8倍・2.0倍だ。制限時間は五分さぁさぁ全員賭けた賭けた!」
一斉に空気が変わる、携帯を取り出し打ち込むもの、電子辞書を開き調べるもの色々な行動が教室を包み込む。
「おい、大丈夫かよ?二倍なんて払えるのか?」
心配そうにしている山田に心配すんなってと手をヒラヒラと振った。
「大丈夫だよ、たかが高校生のやる事だぜ?高くても五百円ぐらいだろうさ、それに当たる確立は五分の一だから一番多い人数当たっても、七人が最高だぜ、単純に一人一口かけるとして、七人への出費は1,400円だ、家のクラスは36人だからこっちの儲けは2,200円。
こんなぼろ儲けの商売あるかっての。あ、お前も賭けろよ。」
「あ…ああ。でもよ、倍率があるじゃねぇか、皆あれを気にするんじゃないか?」
本当に、そんな皮算用で大丈夫かと不安そうに山田が言う。
そこら辺は、人の心理的なものだとオレは思っていた。
S●Xの単語は辞書で調べても五個しかない、そして順序良くオッズをつけているが、実はあれはまったく意味をなさない。
まず、念頭に俺は多い順にオッズを付けると言った。
それからすると、先程はありえない内容を山田に言っていた。
七人と言うのは、最も人数が少ない倍率で多い数だが、それだと8:7:7:7:7だということになる、先程、俺が言った事を考えると皮肉かもしれないが、1.0倍と1.2倍の二つと言う事になる。
実際最も少ない数が一番多いのは10:8:7:6:5だ。
確立は五分の一だが、皆、誰も選ばないようなもの選ぼうとするから必然的に裏を書いたのが原因でオッズは偏ってしまう。
10:8:7:6:5なんて形になるのは百パーセントありえない。もしなったとしても実際俺は主催者であるから参加はしない。
すなわち少ない人数が一番多い最高の比率は単純に考えると7:7:7:7:7だと思ってしまう…だが、先程も言ったとおりこれだと全部のオッズが1.0倍となる。
二倍と言うのは当たったものには聞こえがいいが、俺を抜いた9:8:7:6:5の場合で実質俺が損するためにはソイツ以外のものが一口百円の場合だとしてもソイツが1,500円近く賭けなければ俺は損をしない。
こんな子供の遊びに…しかも、五分の一…20%なんて低い確率にそこまで高い賭けをする奴はかなり先生を知っているものだ…だが、あの先生はこの学校に来て、新学期が始まってだから…まだ2週間か。
こんな短期間だ、正直、俺が知っている以上の事を知っている奴はまだ居ないと自負している。
最高額が欲しかったら最低でも五人で残りがバラケている事が一番望ましいが、もし四人になって一番多い単語意外を選んでいたとすると自分の倍率は1.8倍になってしまう。
5人以下…最低でもそれをやっていなければ、勘だが2.0倍という数は出てこないだろう。
どんなに転がっても、自分はそれほど被害を受けない。受ける場合はほんとに何重もの偶然が重なったときだ。
彼らは、1,500円もかけない、高くても500円…しかも他の人が百円だけと言うのは無理がある。
さらに、俺はさりげなく皆を誘導していた。
S●Xの高校男子なら100%思いつく単語を先生は絶対言わないと言ったから、実質あの単語は選ばれないため四個しかないと言う事になる。
…すなわち、1.8倍が一番高いオッズなのだ。
こんな俺のずる賢い考えに誰も気付かず、必死で考え込んでいる。
皆、めったに出来ない機会だからと、必死で考え、楽しむ。
教室の空気が一瞬で変わった。
今、皆に退屈の言葉は無い。
あるのは、理屈と勘と計算だ。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
思考を巡らせながら、儲けた後何に使おうか考えていると自分の思考を中断させるかのように、教室に笑い声が響き渡る。
教室の空気がまた変わったのを感じた。
笑い声の主は内田という女子だった。俯きながら笑い続け、教室中の視線を集めている。
つい耐えきれなくなってしまい声をあげる。
「なっ、何が可笑しいんだよ」
笑い声をぴたりとやめ、俯いていた内田はこちらを向いた。目はらんらんと輝き獲物を狙う女豹のようだった。
「何が可笑しいかって? あなたの浅はかな考えで自分が天才だと思っている点よ」
教室がまたざわつく。
そして内田は、先ほど自分が考えていた賭けのトリックをまるで、頭を覗かれたかのように一字一句違わすクラスに説明する。
教室は静まりかえりるが、一瞬で賑わいが復活し、卑怯だ、詐欺だの罵声を飛ばされる。
「でもね」
内田の言葉でまた教室が静まりかえる。先程までは自分が支配していたはずの空間は今では内田に支配されている。
支配権を取り返すために、内田の言葉を遮る。
「それで勝ったつもりか? まだメールは一通も来ていない。さっきの話を聞いてもう賭けるやつなんていない、俺は損はしていないお前は俺の計画を阻止しただけだ」
完璧に悪役だった。それを聞いた内田はにたぁと笑みを浮かべた。
「あら? 勝負だったの?知らなかったわ。 それと話は最後まで聞くものよ」
内田は一呼吸を置いて話を続ける
「あなたはひとつミスをしているわ。●に入る文字をあなたは5つと決めつけた、もし先生が単語が成立しない文字を選んできたら? もしかしたら、分からなかったと答えるかも、記号を入れるかもしれない」
教室中が息を飲むのが分かった。だが内田は最大のミスを犯した。
「だからどうした、内田お前もミスを犯した。そんな話を今公表してどうする、公表せずに俺にこのネタばらしをされたくなかったら、半分の儲けをよこせそう脅すべきだったな」
内田ははぁと溜め息をつき、話を続ける。
「話は最後まで聞くものとさっき言ったでしょ。貴方の言う通り、この話を公表せずに脅せば、貴方は損をしていたでしょうね。でもそれだと私があまり特をしない。私は貴方が惨めな姿を見ても何も楽しくないの。どうして今この話をしたか分かる? 貴方が逃げられないようにするためよ。疑問が出来た場合は主催者である貴方はそれに答える義務がある。一口百円とあなたは言った。要するに、百円さえだせば何口でも買えるということよね?答えなさい」
教室中の視線は内田から自分に注目したのが分かる。この返答次第で自分の運命が変わる。内田と自分の知恵比べ。
追い詰められているのは、明らかに自分、もし買えないなど言ってしまっては、クラスメイトに詐欺を働こうとしたと認めるようなもの、賭けと詐欺の違いなど納得しているかしていないかの差、カラクリに気付いている今、賭けは既に成立せず、詐欺と認識されている。
もし、払えない大金が賭けられ当たってしまった場合の逃げを封じているのだ。
実質内田は答えを聞いているようで聞いていない、買えないなど言ったら、俺が詐欺をしようとした言って追い詰められるのは間違いないだろう。
内田の質問の意味を理解している奴はこの教室に何人いるのだろうか。
選択肢はひとつ、内田と勝負するしかない。冷や汗を流しながら答える。
「買える。これで満足だろ?」
ここからは内田と運の勝負だ。
「私は今から三十七通のメールを佐々木君に送るわ。その内訳は三十六通が同じ回答のメール、そして最後のメールが本命のメール、要するに何があろうとも倍率は一・ニ倍ということ」
内田は携帯を取り出し何度かボタンを押す。自分の携帯が三十六回震えたのが分かった。
内容は確認するまでもない。件名が内田、内容は百と適当な文字。それが三十六通。
ここまで言ったからには大金を賭けてくるのは間違いない、負ける確率は五分の一。悪い勝負ではない。だから、内田の勝負に乗ったとも言える。
リスクを負うのは内田も同じ、金額が増えれば増えるほど内田には負けた時のリスクが増える。
それは恐怖に繋がる。恐怖は躊躇に繋がり、金額も小さくなる。しかも、確率はあまりにも低い。
十万ぐらいなら余裕で払える金はある。もし当たったのなら内田は運が良かった。自分は運が悪かったと言えるようなゲームだ。
内田は、最後の本命のメールを作成しているようだ。
メールを作成し終えたのか、こちらを内田が見る。同時に上着のポケットにしまってあった携帯電話が震える。震える手で携帯を取り出す、案の定内田からのメールだった。
大丈夫と自分を落ち着かせてメールの内容を確認する。
件名:内田
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メールを開いた瞬間に大量の9が目に飛び込んできた。すぐに内田を見る、内田は笑っていた。
「意味が分かってるのか? 答えが外れればおまえがこの金額を払うことになるということを理解しているのか?」
内田はその問に実に面白くないものを見るような目で答えた。
「あなたにしては面白くないことを言うのね。当てればいいだけの話でしょ」
実に自信たっぷりな言い方をした。外れることなどあり得ないと顔が物語っていた。
震える手でメールをスクロールさせ、内田の回答を見る。大量の9の次にひとつの文字が書いてあった。
あ
それだけ書いてあった。
「内田ふざけているのか?」
怒りに震えて内田に聞いた。
「私はいつでも真面目なつもりよ」
「だったらどうして、答えが「あ」なんだ。こんな回答あの先生がするわけないだろ!」
内田の回答が許せなかった。ここまで自分を追い詰めて起きながら、結局はおふざけだったという事実。内田は初めから金など払う気などなかったのだ。ありえない金額を提示し、驚いている自分を見て笑っていたのだ。
「遊びだと思って舐めているだろう絶対にこの金額は払って貰う。賭けは法律では禁止されているから払わなくていいなんて言い逃れは出来ないぞ。このクラス中の奴が承認だ。一生こきつかってやる」
くすくすと内田は笑った。未だに内田は冷静を崩さない。
「あら、それは愛の告白かしら。まぁ私はその言葉を待っていたのだけれども。ちなみに待ってたとは言ったけど、私のは愛の告白ではないわよ」
乗せられたと気付いたときにはもう遅かった。冷静さを失ったほうが負ける。それは世の中の常識ということを身に染みた瞬間だった。
「別に答えはなんだってよかったのだけど、法律がどうのこう言われて逃げられのは嫌だったのよね。まさかここまでうまく引っ掛かるとは思わなかったけど」
手のひらで踊らされているということが耐えれなかった。また失言し踊らされるかもしれない、そのリスクを犯しても言わずにはいられなかった。
「だが、あんな答え当たるわけがない」
静かだったクラス中は確かにと少しざわめく。それをすぐさま内田は断ち切るように話した。
「本当に何も聞いてないのね。私は答えは何でも良かったと言ったはずよ。あなたの勘違いを正してあげましょう。まず、あなたが一番先生について詳しいと思っている点よ。当たっているようで当たっていないわ。何故なら私もあなたぐらい知っているのだから同率一位というやつかしら。私は先生のメールアドレスを知っているのよ」
自分の目の前が白くなるのを感じた。
あら全て分かったようねと内田が愉快そうに言った。
「こういうことだろ。賭けの話を聞いた後、直ぐに先生にメールした。内容は俺が先生を馬鹿にしている。アルファベットなんて入れたら思う壺だ。ここは「あ」を入れて驚かそう、そんなメールを送る。後は今までの流れをするだけ。答えは分かっているから、当たらないわけがない。後は俺が逃げれないように誘導するだけ」
内田は手を叩き嬉しそうに言った。
「正解。まぁメールの内容は全然違うけど筋が合ってるから問題なしね。あなたの敗因は餓鬼の遊びだと甘くみた。一人が本気になったらそれでお仕舞い。賭けは答えが分からないから成立するもの簡単に分かって簡単に操作出来るものにするべきでは無かったわね。後は、お金は前払いにすることね。だから現実ではあり得ない金額を指定される。穴だらけで本当に面白かったわ」
そう言ってまたくすくすと笑った
「そういえばクラスのみんなはいいのかしらもうすぐ締め切りの時間よね。答えが分かって確実に勝てる賭けにあなた方はしないのでしょうか」
クラス中がハッとし、各々が携帯を取り出し操作しだす。数十秒もしないうちに自分の携帯が震えだす。
「みなさん。くれぐれも間違った答えを送信なさらないようにしてくださいね。佐々木くんが支払う額が下がってしまいます」
メールの内容を確認する気力もなかった。死刑囚の気持ちはこんな感じなのだろうかと呆然と考えていた。
携帯電話のバイブレータは鳴りやまない。
「大変有意義な時間でした。退屈とは無縁と申しましょうか。あなたの目論みは成功でしょう。しかしあなたは失敗したのです」
それだけ内田が言い終わった時、賭けの終了時間となった。
それでも携帯はなかなか鳴りやまなかった。
数分後、教室に先生は戻ってきた。自分に死刑宣告するために。
ガララと先生が扉を開け、入ってきた途端、
緊張の空気に染まっていく。
「さっきの問題の答えですけどね、先生はこうだと思いますよ」
黒板にでかでかと先生の答えを書き記した。
自分は直視できなかった。頭を抱え先の見えない未来に恐怖した。
クラスがざわついた。
「……な…ぜ……」
内田の驚愕の声が聞こえた。
恐る恐る黒板を見る。そこには
SEX
と大きく書いてあった。
その隣で先生は少し頬を赤めていた。
「性別の意味です。けしていやらしい意味ではないですよ」
内田が声を荒らげて言った。
「どうして、貴女は「あ」にすると私に返答したじゃないですか」
内田が初めて冷静さを失った瞬間だった。
なにやら分からないが内田は先生に裏切られたらしい。最後の最後で内田は失敗をやらかしたらしい。
負けていたはず勝負に冷や汗を拭いながら、勝ちは勝ちだとほくそ笑む。
「内田、俺の勝ちだ。自分が言ったこと覚えているだろうな?」
内田の顔からは血の気が引き、ガタガタと震えている。
「あらあら、結局結果はどうでしたか?」
間の抜けたこの場に似つかわしくないを先生は言った。一人ニコニコと笑い、緊張と緊迫がはりつめているこの場に相応しくない存在。
よく考えてみれば当たり前である、一人蚊帳の外である、賭けのことは知っていたようだが、たぶん内田がメールで教えたのだろう。そして言葉巧みに「あ」を答えにして貰うように頼んだ。しかし裏切られた。
先生はほんの遊び心だったのだろう。普通はこんな状態になっているなど想像しない。仕方のないことだ。
しかし、その考えが内田の企みを阻止した。
自然と笑みが零れる。少し待ってくださいねと言って携帯のメール本文検索を使い「e」をする。正直意味のない行動だが形式は大事である。
「え」
思わず声が出てしまった。
該当なしと表示されるはずの画面に
題名:佐藤
と表示されていた。
「誰だよ、佐藤って」
思わず叫んだせいでクラスがまたざわめく。携帯をかざしクラス中に見せつけるが、誰からも返事がない。
自分の次の出席番号の名前は田中だ。佐藤なんて名前のやつはいない。意味の分からない展開に混乱する。
「ちょっと待ってよ」
顔面蒼白だった内田が言った。
「どうして、先生が賭けのことを知っているの、私は賭けのことなんて教えていない」
先生は少し困った顔をした後に、にっこり笑って言った。
「山田君の自信満々な表情のわりにチープな質問、あのタイミングでの内田さんのメール、後は勘かしら」あり得ないと感じた。そんな情報だけで推測した先生の頭は一体どうなっているのだろうか。
「結局賭けはどうでしたか?」
先生はまた聞いてくる。
佐藤が誰かは良く分からなかったがとりあえずメールを開いた。メールの内容はこうだった。
題名:佐藤
本文:∞
e
「インフィニティ……」
内田と同様に顔から血の気が引く。自分のクラスには佐藤はいない。だから、メールの内容も賭けには関係ない内容だと信じたかったが、こんな不自然なメールが賭け以外の内容なはずがない。払えるはずのない金額。内田には勝ったがどこの誰かは分からないが佐藤に負けた。
待てよ……、そう言えば一人名前を知らない人物が。
「そういえば、ちょっとひどくないですか?」先生が割り込む。
先生の立場だからだろうかそんなことを言った。
「賭けは賭けです。ひどくはないです。私もリスクを背負っているのです」
「いえ、そのことではなくて、先生が言っているのは先生の名前を知らないということです」
先生は一呼吸置いて言った。
「先生の名前は 佐藤 晴美です」
少し考えれば当然だった。賭けの結果を自由に操れる人物が賭けを知っていて賭けないはずがないのだ。
「あなたは、無限大のお金を払うことができませんよね? 同様に内田さんや他のみなさんもも払えませんよよね。では私が内田さんのお金を立て替えてあげますよ」そして、にっこり笑って先生は言った。
「佐々木君、私は立て替えた残りの報酬はいりません」
「さて、退屈を終了させてくれた佐々木君と内田さんに拍手」
その一言で唖然としていた教室は、拍手で包まれた。
「では、私も楽しませて貰った、みなさんにお礼としてジュースをおごってあげます、100円の限定ですよ」
こうして、日常に戻っていくのだった。
職員室に一人、椅子に腰掛け伸びをした。
「ふぅ」
佐藤は深いため息をついた。
久しぶりの極度な緊張と演技でかなり疲れてしまっているのが分かった。
今は、五時を回った時間帯明日の資料も先程作り終わり、本日の予定は全て終了した。学校にとどまり続ける意味も無いので帰り支度をしていると、職員室のドアが開かれて数学教師が入ってきた。
「今からお帰りですか?」 そんなことを言いながら隣の席に座り、机の上に乗せてあった資料に目を通していた。
ええと軽く会釈して、数学教師を見る。
とても……。
そう、とても……。
普通である。
今読んでいる携帯小説ではイケメンの数学教師と美人英語教師が艶かしくも、波乱に満ちたお話が展開されていた。しかし、現実は実に普通である。私が小説になったとしても全くヒットしないだろう、それほど退屈で平凡なのだ。でも、それが一番良いと私は断言できる。今日のようなことが日常になってしまったら、私の精神がまいってしまうことが思い知らせてしまった。
と、考えごとをしていたためずっと数学教師を見詰めてしまっていた、それに気付いた、数学教師は何か?と首を傾げて尋ねてきた。
適当にお茶を濁して返事をすると、そういえばと数学教師は思い出したとこんなことを聞いてきた。
「※時間目の授業中の時、どうして教室のドアの前で頭を抱えて、座りこんでいたんですか?」
見られていたのかと思うと急に恥ずかしくなってきて顔が赤くなるのが分かった、この質問にもお茶を濁すしかなかった。
そう、実際にはすごく簡単な話だったのだ。
勘など話を合わせるための適当な嘘であった。凡人の私があれだけの情報で分かる訳がないのだ。
あの質問を受けた後、私は途方に暮れてしまったのだ。昔からテンパると思考停止してしまう私は、例にも漏れず、今回もテンパったのだ。いつもは大惨事にしか繋がらないが、今回は良い方向に向かったのだから多目に見てほしい。
あの時、佐々木君から質問を受け、頭の中で一つの単語がぐるぐると回り、他の単語は全く出て来なかった。冷静な今ならすぐに沢山の単語出てくるのだが……。
とにかく、時間を稼ごうと教室を出たのだがどうすれば良いか分からず、ドアの前で頭を抱えて、座りこんでいたのである。そんな恥ずかしい所を見られていたのである。そして、ドアの前に私がいることも知らずに、賭けの話が始まったのである。
その話を聞いて、直ぐに怒鳴りこもうと思ったのだが、携帯が震えた。
内田さんからメールだった。
内容は先程の質問は●の中にどんな単語を入れても、卑猥な意味に取れる。所謂引っ掛け問題なんです。だから、あえて成立しない文字「あ」を入れて度肝を抜きませんか? 批判の声や動揺の声などあるかもしれませんが、私が全て取り仕切り満場一致で大満足させる結果に運びますのでそこの所はご安心を。
と言う内容だった。
メールには全く賭けという単語は無かった、話が噛み合っていないことに不審に思ったが凡人の私は深いことを考えず、とりあえず恥をかくのは嫌だと思い、了解したという内容を送った。
メールを送った数秒後、教室からの高笑いである。
唖然として、更に聞こえてくる話の内容に唖然とした。
このままでは、私の回答次第で一人の生徒の運命が決まるのだ。当たっても、外れても必ずどちらかが多額の借金である。
考えれば考えるほど泥沼だ。どうして回答を操れる私が悩まなければならないのだ、テンパりさえしなければその場で答えて直ぐに終わりだったのに。将来ある無限大の可能性を秘めた学生をどちらか一方を選ぶな…んて……。
無限大が……。
ここであの案が思い付いたのだから本当に良かったと思う。
答えをeにした理由は、誰も答えない解答にしたかったためである。誰か一人が仮に当たってしまうとまたそれで揉める可能性を考慮したためだ。しかし、世の中には絶対はない。どんな解答でも当たってしまう可能性がある。特に問題なのは内田さんが送った三十六通のメールである。適当な文字に仮に当たってしまっては目も当てられない。
そこで思いだしたのが、絶対にないと言っていたあの恥ずかしい解答だ。あれなら大丈夫な気がする、恥ずかしいけれどもと言う訳の分からない思考を働かせていた。案の定恥ずかった。
念には念にとジュースという報酬を与えて、儲け話が無くなったという不満を消し飛ばした。実際にはそこまでしなくても良かった気はするが。
数学教師は曖昧な返事を聞いて少し考えこんだが仕草をしてこう言った。
「あの良かったら、これから一緒にご飯にいきませんか?」
数学教師からのお誘いがあった。私は凡人だが言い換えれば人並みであるということ、以前から様々なアプローチを受けていたため、さすがの私も好意を持たれているということは薄々感じていたが、のらりくらりと回避し続けた。ここまで踏み込んできた内容のはこれが初めてで内心ドキドキしている。
しかし、今は残念な事情がある。
「問題です。∞−3600はいくつでしょう」突然の質問に少しびっくりしたようだったが、さすがに数学教師すぐに解答を答える。勿論その解答は正解だった、だかそれは机上の空論。
「外れです。答えは0です。理由は内緒です」
お財布を取り出して、反対にして振り、中身が無いことをアピールする。
数学教師は納得出来ない表情だったが事情を察してくれたようだ。
「では、∞-3600+5000はいくつになりますかね?」
なるほど、そうきたかという感じである。何時もなら断る所であるが、どうしたものかと少し考える。
「そうですねぇ、答えは簡単です。結局0です。∞は不思議な数です。足しても引いても0になるなんて現実は小説よりも奇なりですね」
その答えを聞いて納得してくれたようで、ではと数学教師は立ち上がった。
確かにこのなぞなぞ答えは0になるのかもしれない。でも今私が今感じているものは決して0ではない。
もしかしたら今頃あの二人は∞より大きい何かを感じ、共同戦線を引いてまた退屈をエンターテイメントに変えてくれるかもしれない。
小説のような物語は確かに憧れる、でも今日で良く分かった私には荷が重い、たまになら良いかもしれないが。あの二人が何かもしもやるなら一ヶ月後ぐらい先にして貰いたい。
だから、私は数学教師の誘いにオッケーサインを出したのかもしれない。
平凡だと思っていた数学教師の突然のキラーパス。今後どうなるか分からないが次のキラーパスは一ヶ月後にしてくれれば完璧かもと想像するのだった。
あはははの部分から私が書き足したものです。
パンサーさんの作品は笑い声は入らず、もうけれるようで綺麗に完結していました。
それにかなりの蛇足をつけたして申し訳ない気持ちでいっぱいです。
当時書いた時何を思っていたのか謎です。