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名探偵は紅茶がお好き

作者: 火籠

知識不足で可笑しいところがあると思いますが、どうか楽しんでいってください。


 何時もなら人々の怒鳴り声や笑い声、様々な喧騒で溢れかえる街道は今は闇に支配されており少しの明るさもない。

 唯一の明かりである月は細く、時折その光が交差する二つの影により揺らめく。


 「おや先生。窓の外などを見て、どうかされましたか?」

 

 バルコニーに続く窓に果実酒ブランデーを佇む、むさ苦しい男。逆光で見えないが、その表情はあるはずのない何かを前にして醜いぐらいに緩んでいることだろう。

 語りかけられた片眼鏡モノクルを付けた紳士風の青年は、ゆっくりとした動作で振り返る。


 「いえ。ただ、美しい月を眺めていただけです」

 「ほっほぅ。美しい月、ですか。先生は詩人ですなぁ」


 「いえ、私ごときのそれなど、伯爵様には遠く及びませんよ」そう青年は謙遜し、苦笑いを浮かべる。伯爵はそれに気分を良くし、さらに顔を緩ませる。

 

 「はっは。先生はお上手ですな」

 「そんな恐れ多い」


 伯爵は果実酒ブランデーを飲みながらゆっくりと青年に近づく。

 青年の目に一瞬不気味な光が輝いたが、男がそれに気づくことはない。そのまま談笑は続き、いつの間にかこの街の噂話のことになっていた。 


 「では、先生は吸血鬼男爵の噂は、本当だと?」

 「人ならずものではなくては無理でしょう。あのようなこと」

 「確かにそうですな。あのように惨たらしく、犯し血を抜き切り刻みなど、とても正気とは言えませんね。ああ、早く聖十字軍に来ていただいて、そのような厄介な相手は駆除していただきたいものですよ」


 酒に酔い、大きく出ているとは言え、愉快そうに笑いながらいう伯爵に青年は僅かだが嫌悪を表す。だがそれに気づかない男は、愉快そうに話し続ける。


 「先生、そういえば先生の助手は?あの可愛らしい―――」

 「あの子なら、今頃部屋居るはずでしょう。今日は伯爵夫人の話し相手をさしていただいていましたから、疲れてしまったのでしょう」

 「それはそれは」


 青年の答えに男でも嫌悪感を浮かべる嫌らしい表情を浮かべ、さらに愉快そうに笑う。

 まるで、獲物を手に入れた賊のように。


 「――――伯爵、そういえば訊き忘れていたことがあるのですが」

 「おや、なんですか先生」

 「伯爵の部屋にあったこれは・・・一体何ですか?」


 微笑を浮かべ背後に隠していたモノを伯爵の目の前にだす。



 それは、数枚の写真に、透明なビン。

 

 ビンの中に入っていたのは、切断された人の小指。



 「なっ・・・・!」

 「ああ。このビンの中身は伯爵のベットの下で発見しました。メイドの皆さんがなぜか伯爵の部屋の寝室に入ろうとしないので、私がかわりに掃除をしているときに見つけました。写真は、とあるところから流れてきたものでしてね。写っているのは・・・・伯爵と、はて。なぜここに吸血鬼に殺された女性たちが写っているのでしょうか?ああ。そういえば、殺された女性ひとたちは、皆伯爵と何かしらと縁がありましたね」


 そして、

 先程の愉快そうな顔はなりを潜め、状況を理解出来ていないのか呆然と、しかし青年の表情と合わない冷淡な声色に、今すぐ殺されそうなほどの殺気を含んだ目線によって体が震えているようだ。だが青年はお構いなしに続ける。


 「どうして、伯爵は被害者の様子をご存知で?」

 「な、なに・・・」

 「確か新聞には「血を抜かれ、無残にも殺された哀れな女性」としか、書かれていなかったはずですけど」

 「そ、そそそれは先生が・・・・っ」

 「私は、被害者の様子を語ったことはありませんよ。ねぇ、ガルタニール警部?」

 「ああ」


 ようやく状況を理解したのか血の気が引き、死体のように真っ青になった男。それに追い打ちをかけるかのように、先ほどとは違いゆっくりと、丁重に、幼子に言い聞かせるように語る青年。ふと青年が視線を男ではなく、後ろのバルコニーに通じる窓に向け問いかければ、第三者の野太い声が聞こえてきた。

 男が慌てて振り向けば、ボロい茶色いコートを着、いかにも頑固おやじといったどこの街にもひとりは居そうな風貌の男だ。だが、コートの下の服装は、それらとは違い彼の地位を表すものだった。

 彼の後ろにも、若干違うが似たような制服を着るものが数名いた。


 「あ、あ、・・・・っ」

 「警部、お早いですね。もう少しかかるかと思いましたよ」

 「ふん。どっかの若造と違い、こちらは感情に流されたりせんからなっ」


 言葉を無くし立ちすくむ伯爵を無視し、青年はガルタニール警部という男に話しかける。伯爵はようやく、自分がはめられた事に気がついた。


 「き、キ貴様!この私を裏切ったな!!」

 「人聞きの悪すぎること言わないでください。私は、今回警察の依頼を受けていたんですよ。吸血鬼男爵をつかめる手伝いをしてくれ、と」

 「なっ」

 「おい!誰がそんな下出でたの、うーっ!!」

 「警部、それは後にしてください!」


 青年は全く背後の事を気にしていないらしく、そのまま話を続ける。


 「正直言って、吸血鬼男爵なのが貴方たちなのはすぐにわかりましたよ。ですが、それでもあなたの地位とコネが余りにも邪魔なので、本来ならもう少し証拠を集めてからの方がよかったんだが・・・」


 言葉を途切らせ、ポーカーフェイスを崩す。


 「さすがの俺も、そこまで貴様に付き合えるほど図太くなくてな」

 

 先程の紳士な態度は消え去り、嘲りと嫌悪の混ざった、憤怒の表情で言い放つ。


 「安心しろ。女性たちを麻薬でいいようにしていたことも、物的証拠もお前の雇った暗殺者も、全部警部や俺たちで回収した。それにさっきの証言だ。お前は安心して、ブタ箱に行けるぜ」


 





 +++++




 「先生!!起きてください!!!」

 「うをぅっ」


 何度注意してもベットではなく床で毛布を巻き込み寝る先生に、容赦なくカーテンを開け日光を浴びさせる。

 ついでに起きなかったら面倒なので蹴りも。


 「うわぁ。まぶしっ」 

 「せんせー。空気の入れ替えは必要だと思いますよー」


 そう言いながら私は窓を次次と開けていく。そのたびになんか「た、たのむもっとゆっくり、」なんて声が聞こえるけど気にしない。

 暗闇に目が慣れていた先生にとって昼間の日光は辛いんだろうなぁ~、なんて考えてもないよ? 前の事件の憂さ晴らしじゃないよ? ホントだよ。


 「た、頼むシキ。ただでさえ夢見が悪いんだ。もっとゆっくり・・・・」

 「キーコーエーナーイー」


 そうだ。断じて前の事件が腐った伯爵ブタを捕まえづらいからといって私を囮にした事を怒ってるわけじゃない。それがどんだけ、鬱陶しい視線を向けてくる腐った豚を何百回と脳内で殺そうと、醜性欲豚はくしゃくに犯されてしまった女性たちを口封じであそこまでして殺す猟奇暗殺者を捕まえるため刃を交えた屋根の上の追跡劇をすることになっても。別に怒ってないよ?


 「シキ!頼むから無表情でそんなこと言わないでくれっ!」


 あれ? せんせー。なんでそんな顔を真っ青にして東洋伝来の土下座なんてしているの? 確かに最大級の謝罪の気持ちを伝えるための手段と教えたのは私だけど。


 「ダダ漏れだ!全部口からでてる!!」

 「あ、ごめんねー。朝ご飯できるよー」


 こんな気分で朝ごはん・・・・

 なんか先生が嘆いているけど、私は知らないよ?



 + +




 ラピス・アンジーメスト。

 この国一番の名探偵である。いままで多くの難事件を解き、その名声は平民貴族王族でも留まることなく、隣国でも彼の活躍は有名だ。頭脳明晰、冷静沈着、紳士的な態度をいつも崩さない好青年。


 それが「名探偵フィルター」を通して見えるラピス・アンジーメストである。






「先生。新しい依頼人きましたよ」


 罪悪感により気分的に重たくなった朝食を何とか胃に詰め込み、食後の紅茶を楽しんでいるところを邪魔・・・ではなく、身なりの良い夫妻が訪ねてきた。

 どっかの豚夫妻とは違い控えめながら品の良い装いに、奥さんの付けている装飾品の宝石は見事な品だ。


 「初めまして。ラピス・アンジーメスト先生。私は宝石商のマリウス・バウンです。こちらは妻のメアリー」

 「初めまして」

 「初めましてミMr.バウンにMrs.メアリー。さあ、立ち話もなんですのでどうぞこちらへ」


 立ち上がり互いにお決まりの挨拶をし終えた後、ラピスは自分が先ほど座っていたソファーを進める。

 三人が座り、ちょうどいいタイミングでシキが新しく紅茶をいれたポットと人数分のコップをもってきた。

 シキが紅茶を振る舞い、落ち着いてきたところで話を進める。


 「それではMr.バウン。いったいどのような事情で此方に?」

 「はい。実は、ここ最近妻が悪夢を見るんです。それが、ある品をよこせと死神がやってくる夢だそうで・・・」

 「ある品?」


 バウンは懐から小箱を取り出し、中を開ける。

 中に入っていたのは、サファイアがはめ込まれた、見事な細工が施された指輪。


 「これは・・・。見事な逸品ですね」

 「はい。我が家に伝わる家宝です。どういう訳かこれを死神が手に入れようとしているようで・・・。気味が悪いのですが、我が家に伝わる家宝なもので売りに出すこともできず」


 その時のことを思い出したのか、メアリーが顔を青くさせ体をふるわせる。

 

 「そうですか・・・・。ほかに何か変わったことは?」

 「得には・・・。・・先生、受けてくれませんか?」


 心底困ったという顔でバウンと、メアリーは救いを求めるような顔で懇願してくる。

 ラピスは目を閉じ、ソファーに腰掛ける。

 数分たった後、ラピスは安心させるように微笑んだ。


 「わかりました。この依頼、お受けしましょう」

 「ほんとですか!!」


 夫妻は感極まったように立ち上がり、ラピスの手をとり「ありがとうございます! ありがとうございます!」と何度もお礼をいい、その後必要なことを話して、バウン夫妻は帰って行った。



 


 「意外ですねー」

 

 バウン夫妻の分のコップを片づけ、ラピス専用の茶葉を出したところでシキがいつもの調子で語りかけた。

 ラピスは紅茶を淹れる作業を止めず目線で続きを促す。


 「先生、幽霊とか死神とか超常現象嫌いじゃないですか。なのに今回の事件は受けるんだなーと思って。先生って気分の乗らない依頼はいつも受けないじゃないですか」


 心底不思議そうに尋ねるシキに、ラピスは紅茶が蒸らす段階になり、砂時計を設置してからようやく口を開いた。


 「確かに俺はそう言ったモノに興味はないし、信じてる奴の気がしれない」


 さっきまでの紳士的な対応や微笑みが嘘のような荒い口調に嫌悪の表情。

 これが、ラピス・アンジーメストの本性。紅茶と謎解きと知識のみに情熱が向かっており、それ以外には大した興味をもっていない。例外といえば、助手であるシキと、これまで何度か協力体制をとってきたガルタニール警部、何度も対決をしている怪盗ホラス・ヴェルモント。それ以外には、例え依頼人でも興味をもってはいない。謎解きに必要ならある程度は興味を持つが。

 世間の評価は、世間の「名探偵」に対する偏見と期待と、ラピスの処世術のせいである。


 「だが、シキ。死神が指輪を欲しがると思うか?」

 「え、あー。もしかして、指輪を欲しがっているのは、人間?」

 「おそらくな」

 「じゃ、メアリーさんの悪夢は狂言だと思ってる?」

 「いや、あの怯えようからしたらそれはないだろう」


 砂時計の砂が全て落ちきったところで、ラピスが蒸していた紅茶をコップに注ぐ。香りを楽しんでから、紅茶で喉を潤す。


 「いったいどうやったかは分からないが、実に興味深い」


 子供が玩具を見つけたような、肉食獣が獲物を見つけた時のようななんとも言い難い表情を浮かべる。

 ただ、それは彼が非常に楽しんでいる証拠だと、濃い日々を過ごしてきたシキは分かった。




 +++++



 「先生! ようこそいらっしゃいくださいました」


 約束の時間に夫妻から訊いた住所を訪ねれば、バウンが出迎えてくれた。

 どうも一階が宝石店で、二階が自宅になっているようだ。


 「どうもMr.バウン」

 「こんにちは」

 「さあ、店の奥へとどうぞ。そこで詳しく話しましょう」


 店の中を突き進み、そのまま店の奥にある階段で二階に進む。

 いくつかの扉の中から入ったのは、暖炉によって暖かくしてあるリビングのような部屋だ。ソファーや机は品のよい、過ごしやすいような雰囲気である。ちょうどメアリーは紅茶をいれ終わっていたようだ。

 

 それを一言礼を言ってから飲み、ラピスは仕事について話をはじめる。


 「早速で悪いのですが、Mrs.メアリーが悪夢を見るようになったのはいつごろでしょうか?」

 「たしか・・・。一週間ほど前だったと思います。それから、毎晩」

 「その頃、何かありましたか?」

 「特に、何も・・・」

 「どんな小さなことでもいいのです。何かありませんでしたか?」

 

 懸命に思い出そうとしているが、メアリーの顔色が徐々に悪くなる。それに比例して、横目で見ているバウンも落ち着きを無くしていくが、ラピスは気にもとめず質問を繰り返す。

 質問を幾つかしている内にメアリーの顔色はさらに悪くなり、耐え切れずにバウンが一言言おうとしたが、ドアがノックされる音で遮られてしまった。入ってくるように言うと、「支配人、ちょっとよろしいでしょうか」という声が聞こえてきた。

 咄嗟にメアリーを見る。彼女は気丈にも頷いて、バウンに視線で大丈夫だと伝える。

 

 「・・・・・・先生、すいませんが」

 「ええ。かまいませんよ」


 メアリーの事を気にかけながら一階に降りるバウン。

 夫妻のやりとりを見ていたシキはラピスの脇腹を小突き、ついでにメアリーが扉を見ている間に睨みつける。

 さすがのラピスもこのままでは難航するなと思い、メアリーの事を気遣い、談笑も交えながら質問を繰り返していく。

 


 「では、Mrs.メアリー。最後の質問ですが、何か習慣にしていることはありますか?」 

 「習慣、ですか?」

 「はい。これは一週間前ではなくても良いのですが」

 「そうですね・・・。眠る前に、紅茶を飲みながら読書をしています」

 「ほう。素晴らしいですね。紅茶は何を?」

 「バレーンズ店特性のブレンドです。あそこの紅茶は常連になると好みにあったブレンドをしてくださいますの」

 「ほう。それはどんなものでしょう?よろしければ見せてもらっても良いでしょうか。実は、紅茶には目がなくて」

 「ちょっと待ってください。持ってきますね」


 そう言い、キッチンに続く扉を通り部屋から居なくなる。

 部屋にラピス以外・・・・・居なくなって数秒もしないうちに、シキがすっと、ラピスの背後に立つ。

 シキは、バウンが部屋を立ち去ってからメアリーの注意をラピスが引いているうちに、そっと部屋を抜け出し、怪しいモノがないかどうか捜査していたのだ。

 元々迷信深い夫妻が今回のことを死神のせいだと信じきっているため、人間による犯行と納得させるのは難しいからこその強硬手段である。


 「それで、何かあったか?」

 「もち。何個かあったよー。あと、知りたくないことを知っちゃたー」


 そういって、シキは一冊の本を差し出す。

 題名はとても有名なもので、内容はラピスも読んだことがあるので知っていた。

 ただ、シキが今これを出す意味は分からない。

 

 「これは?」

 「あのねー。・・・・ゴニョゴニョ」


 部屋には二人しかいないのだが、シキは耳元で内緒話のように話し、背表紙と表紙に貼られていたモノをがす。

 それと背表紙をもう一度見て、それまで動かなかったラピスの表情が引き攣る。

 思わずシキに聞き返しそうになったが、丁度そのタイミングでメアリーがかえってきた。ただその表情は落胆しており、紅茶の茶葉もない。

 崩していた表情を慌ててラピスは取り繕った。

 

 「ど、どうかされましたか?」

 「それが、どうも茶葉を全て切らしてしまっていて・・・」

 「全て?」

 「はい。昨日は確かにあったはずなのに・・・・」

 「・・・確か、毎夜飲んでいるのでしたね」

 「はい。あれが無いとすぐに寝てしまって・・・」

 

 そう言い、頷いてしまう。

 以前から続けているというのもあるのだろうが、死神の悪夢を見る今のメアリーにとって、少しでも寝る時間を主人に心配をかけずに減らせれるということは重要なのだろう。

 

 「そうですね・・・。でしたら、私たちがその紅茶を貰ってきましょうか?」

 「え。あ、いえ。使用人に頼みますので」

 「いえ。先程のやりとりで幾つか思うことがありまして。それらを調べるついでに、取ってきましょう。それに、その紅茶に興味がありますしね」


 そう半ば押し切るように言い切り、立ち上がる。


 「では、Mrs.メアリー。今晩またお会いしましょう」

 「失礼いたします」

 「は、はい。よろしくお願いします」

 

 メアリーに見送られる形でダイニングを出て一階に降りるが、何か言い争う声が聴こえてくる。

 ひとりはバウンだろう。もう一人はおそらく中年男性だ。声の調子で、バウンがもう片方を諌めているのが分かる。

 興味をひかれたラピスが近くに居た店員に何事か訪ねる。その時チップを握りこませ、自分が夫妻に雇われた探偵だと、調査に協力して欲しいと呟く。

 店員は一瞬ラピスの顔を見て驚いたが、チップをしまったあと話し始めた。


 「彼はこの店の常連客のジョン・ホーレンズです。この生業では、無類の宝石やアンティーク好きとして有名なんです。それで、」

 

 言葉を途切らせ、耳元で囁く。


 「大きな声じゃ言えませんが、どうも支配人のもってる指輪を狙っているらしいんですよ。最近は躍起やっきになって支配人に売れと言っているんです」

 「指輪を?」

 「はい。支配人の奥さんが着けているところを一目見て気に入ったそうです」

 「Mr.バウンは、なんと?」

 「家に伝わる品だから、お売りできない、の一点張りだそうです。でも、ジョンさんも「呪いの品が家宝だと? そんなものより金の方が家の為にならんかね」といって、全然引かないんですよ」

 「呪いの・・・?」 

 「あ、はい。なんでも死神が欲しがってる指輪なんでしょう?ジョンさんが言っていました」


 アンジーメストさんも、その件で来たのですよね?

 ラピスはそれに肯定をしながら、考え込む。何かが彼の琴線に触れ、それまであやふやだったモノの姿がハッキリと見えてきた。知らず知らず内に口角が釣り上がる。   


 「あ、アンジーメストさん・・・?」

 「あ、ああ。いや失礼。すまないが裏口を教えてくれないか? さすがにあの口論の中を進むわけにはいかないからな」

 「あ、はい。裏口はこちらです」


 そのまま裏口まで案内してもらい、シキはそのままバレーンズに紅茶をとりに、ラピスは一度薬学につよい知り合いのところにより、そのあと少々人物調査をすることにした。 



 +++++


 

 その日の夜。

 ラピスから電話のあったバウン夫妻は、閉店した店の中にいた。ラピスたちを待つだけなら別に二階でもよかったのだが、ジョン氏がアレからずっと頷くまで帰らないといって、閉店間際のこの時間にも居座っているのだ。


 「ジョン様。なんども申し上げますが、あれは我が家の家宝なのです。お引き取りを――」

 「バウン君、私は君のことも思って言っているのだよ?あの様な呪いの品を家宝にしていると、いずれこの店にも不幸が―――」

 

 バウンが何を言おうと本当に帰る気がないようで、前から似たような押し問答を続けている。

 ジョンは顧客で、これからのことも考えるとバウンもこれ以上強く言うことはできない。だが、だからと言って指輪を手放すことはできない。家宝や資産価値を考えてあれをジョンに売っても損の方が大きいと、商人としての勘が告げているのだ。妻も今は少し気味悪がっているが、あれを気に入っていたのだ。売るわけにはいかない。

 どちらも引かない、そんな終わりが見えないやりとりは、カラン、カランと店の扉が開く音と、入ってきた人物によって呆気なく終わった。

 全員の目線が扉に集まる。


 「どうもバウン夫妻。それに―――、おや。Mr.ホーレンズ。貴方もいらっしゃったのですか。いや、実に結構」


 帽子と外套がいとうを脱ぎ、初めて会ってきたと変わらない笑みを浮かべる。

 ただ、ジョンを見たときだけ獲物を見つけた肉食獣のように笑みが深まった。それを見た面々は無意識のうちに身体に力が入る。ジョンは背筋に冷たいものが走ったのが分かった。


 「折角ですからMr.ホーレンズ。貴方もお聴きになっていただけませんか?」

 「何を・・・」

 「貴方の言う呪いについて、です」


 唯一変わらず話続けるラピスの雰囲気に呑まれ、バウンと話していた時の勢いがジョンにはない。

 バウン夫妻も雰囲気に呑まれ、静かにラピスの話を聞き入っていた。


 「単刀直入に申しますと、貴方のいう呪いなど存在しません」

 「え!」

 「な、何を証拠にっ。現にMrs.メアリーは悪夢を」

 「それは、ある麻薬によるものです」

 「な、妻はそのようなものを持ってはいません!!」


 妻を侮辱されバウンがラピスに詰め寄るが、ラピスは鞄から一つの茶葉の入った瓶を目前にだす。


 「この茶葉に紛れ込まされていたのです。このブレンドされた茶葉の中に、ね」


 瓶をバウンに押しつけ、勢いをそいだところでメアリーに向き、説明をする。


 「一週間前、貴方の習慣を知った犯人がそれを利用したのです。この麻薬は中毒性が強く、幻夢作用があり使用者の心に強く残っていることを夢として出すのです。貴方が夜読む本に、悪夢にでてくるモノに類するものはありましたか?」

 「・・・は、はい。確かにあります」


 ラピスが確信をもって言い切れるのには訳があった。あの時シキが見つけた本にはメアリーのものと思われる長い髪が挟まっていて、寝室にあったものらしい。中身はオカルト本としても、激しい流血表現があることでも有名なものだ。さすがのラピスも目の前の御淑おしとやかな女性が寝る前によんでいる、というのには衝撃があった。


 「Mrs.メアリー。これは何時ご購入されたのですか?」

 「いえ。確かそれは、ジョン氏から贈られたものです」

 「ほう。それはまた何故?」

 「前にジョン氏と本の話題になりまして。それで、私が欲しいと言っていたその本を、私の誕生日にいただいたのです」

 「それは何時?」

 「先週です」

 「それはそれは・・・。丁度悪夢を見る少し前ですね」


 面白そうに話すラピスに、周りも彼の真意に気がつく。

 ラピスはジョン氏を疑っているのだ、と。

 それに気がついたジョンは怒り心頭といった感じで、顔を真っ赤にさせラピスに食ってかかる。


 「それでは君は、私が夫人に麻薬をもり、あまつさえ悪夢を見させ続けているといっうのか! そんな馬鹿馬鹿しい事を、この私が!?」

 「ええ。貴方はバウン夫妻の持つ指輪を手に入れるために、異常なまでの執念を抱いている。大片、呪いの品にすれば夫妻が手放すと思っていたのでしょう?実際、そう言い争っていたのですよね」

 「だからなんだ。大体夫人の飲んでいるあの紅茶はバレーンズ店オリジナルのブレンドだろう!そんなモノに麻薬を混ぜるなど―――」


 目線で店員に落ち着いた態度のラピスに苛立ちが募り、さらに声を張り上げながらバウンが持っている紅茶の瓶を指さす。

 その剣幕に、周りはハラハラしながら見守る。

 ただ一人ラピスだけは、落ち着いた態度を崩さず、ジョンを追い詰めていく。


 「ですから、バレーンズ店で使用人を働かせているのでしょう?」


 さっきまで息巻いていたジョンの表情が、ラピスの言葉で全て消え去った。

 その変化に、ラピスが何を言いたいのか分からず周りは困惑するが、ラピスは気にせずに言い続ける。


 「あなたは一ヶ月前から、ひとりの使用人を貴方の命令であの店で働かせていますね。その時の貴方の狙いは指輪ではなかったのでしょうけど、今は関係ありません。指輪を狙っていた貴方はある日メアリー夫人がその店の紅茶を好んで飲んでいた事を知り、この犯行を考えたのでしょう」

 「そ、そんなの、ここの使用人が」

 「それはありません。今日私の助手が買いに行き調べました。ここの使用人は、関係ありません」


 ジョンの顔色が徐々に青ざめていくが、ラピスは気にせず今度はバウン夫妻に話し始める。

 

 「ですので、メアリー夫人。あなたは医者の所に行くべきでしょう。ああ、ご心配なく。私の知り合いに、薬学に強い医師がいますから。彼をご紹介します。治療が終われば、もうあなたが悪夢にうなされることも無くなるでしょう」

 「先生、本当にジョン様が」


 死神をどうにかしてくれてという依頼が、なぜこのような事になったのか。いや、それよりジョンがそのような事を謀っていた事に衝撃を受け、バウンは戸惑い、ラピスの言っていることの多くが理解できなかった。

 

 「言いがかりだ!! そんなの、この男のただの妄想だろう!」


 青ざめた顔から一転。

 ジョンは憤り、店が震えんばかりの大声を張り上げ、今までの事はすべてラピスの狂言だという。

 バウン夫妻もジョンのあまりの剣幕に呑まれ、突飛な話であり、死神のせいだと思っていた分、ラピスの話を信じられていない。

 ラピスは変わらず落ち着いている。それがいっそうジョンを煽る。


 「人を犯人呼ばわりしてるんだ、証拠を出してみろよ!!」

 「確かに、物的証拠がなければ納得していただけませんね」


 認めたラピスに、どうだ、と言わんばかりに鼻息が荒くなるジョン。


 「では、明日、貴方のお宅にお邪魔させていただきましょう」

 「「「は?」」」」


 突拍子もない返事に、三人は毒気を抜かれた。

 てっきり、このまま自分の否を認めるのか、名探偵の名に相応ふさわしく三人の納得するものを出すのかと思えば、明日の天気を問うかのような気易さで言ったのだ。

 

 「せ、先生?いったいそれはどう言う・・・」

 「実は、今日はバウン夫妻の依頼を済ませ、後日このことをMr.ホーレンズに尋ねようと思っていたのです。まさかこの場所にMr.ホーレンズがこの場所にいるとは、私も思いませんでしたから。なにせ、閉店間際のじかんですからね」


 暗に「このような時間帯に来る礼儀知らずだとは思わなかった」と言いたいのだろう。

 バウンの顔に朱がさし、何かしゃべろうとするがそれをラピスが制す。


 「そんなわけで、残念ながら私もここに物的証拠を持ってきてはいないのです。Me.ホーレンズ、時間も時間ですから、また後日このことについてお話しましょう」


 有無を言わせない口調に、指輪はだけにかまっている事態ではなくなったので、ジョンは苛立ちを隠さず「後日が楽しみですねっ」と言い残し店を後にした。

 ラピスも最後に「では夫人。医者は連絡がつき次第ご紹介しますね。ああ、依頼料は夫人が悪夢を見なくなってからでかまいません。それでは、良い夢を」そう言い残し、颯爽と去って行った。









 この後日、夫人は悪夢に悩ませられることはなくなり、ジョンの地位は失墜し、ラピスは謎ときに飢え、堕落した日常を送りシキから雷を落とされるのだが、今それを知っているのはラピスだけである。

  


  


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] この主人公が本気で好きです。 短編なのが勿体無いくらいです。 [一言] これからも頑張ってください。 応援しています!
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