何でもない一日。
この物語はフィクションです。駄文ですので、気をつけてください。
それは、何でもないはずの金曜日。
「詩穂ー。明日さー、ヒマだったりしないー?」
左手でチケットと思われる紙をひらひらさせて、幼なじみの原田悟史は笑っていた。
「え、なんで」
「いやー、映画のチケットが余っちゃってさ、たまたまお前がいたから」
「声掛けた、ってわけですか」
「おう、どーせヒマっしょー?」
「…ヒマだけどさー」
「じゃ、決定な!明日、十時に星の広場の時計の下!忘れんなよー」
そう言って、彼はあたしの手の中にチケットを押しこんでいった。
「…ふたり、かぁ」
改めてチケットを眺め、思わず顔が綻ぶ。
しょうがない奴め、と一人で呟いて、その日はスキップで家に帰った。
土曜日。九時五十分に、時計の下に着いた。
結局、小花柄のミニ丈ワンピをチョイスしてきた。
「こんな格好して来て、変に思われないかなぁ…」
一応、可愛くしてきたつもり…だけど、変だったらどうしよう。
自分の服装を隅から隅まで吟味。
「いーいーださんっ」
「ぅわひゃっ!!」
突然、耳元からした悟史の声に、あたしは飛び上がる。
「お、おぉう、そんなに驚かなくても…」
「え、あ、ごめんっ」
「それより、ちゃんと時間通りきたんだな」
「だって、どうせヒマだったたし…」
「うし、んじゃあ行くべ!」
そう言うと悟史は、あたしの腕を掴んで走り出した。
悟史と一緒に見た映画は、コメディタッチの恋愛ものだった。
「いやー、詩穂はオールジャンル笑ってくれて嬉しいわ」
「だって、あれはないでしょ!もう、お腹痛いよぉー」
あたしはお腹を抱えるフリをする。それを見た悟史が、あははっと笑った。
「なぁ詩穂。もう少し付き合ってよ」
「いいよ。まだ何かあるの?」
「ちょっとなー、お楽しみってやつですわ」
あたしは、歩き出す悟史の後ろについて行った。
「ねぇ、どこ行くかは教えてくれるの?」
しばらく歩いてから、聞いてみた。
「んー?もう着くよ。あ、そこそこ!」
それから数メートルも歩かずに、悟史は立ち止まる。その少し後ろで、あたしは目的地を見上げた。
「ここって……」
「俺んち」
振り向いた悟史は、得意そうにニヤリと笑ってあたしを手招く。
「はいってはいって」
「えっ、でも…いいの?おばさんとか…」
「ああ、今居ないから、気にしないで」
「い、居ないの……!」
「うん。別に取って食ったりしねぇから、大丈夫だよ」
急に優しくなる声色に、あたしの顔は燃えるように熱くなる。
「ばっ……!何言ってんの、変態!」
「ははっ、ほれ、早くあがれって」
「う、うん。おじゃましまーす……」
久しぶりに入る悟史の家は、少し暖かかった。
「俺の部屋わかるだろ?はいってまっててー」
そう言い残すと、悟史は廊下の向こうに消えてった。
仕方なく、一人で階段を上る。一段一段を踏みしめるたび、少しだけ軋んだ。
二階の部屋のドアには、見慣れたネームプレートがかかっていた。
部屋の中は、青を基調にしていて、必要最低限のものしか置かれていなかった。
どこに座っていいか分からずにつっ立っていると、悟史が戻ってきた。
「わりぃなー、俺最近さぁ、部屋に何にも置かなくなってさーっと…」
言いながら、悟史は器用に部屋を作っていった。
下から持ってきた折りたたみ式の机の上に、ティーポットとカップを置く。
最後に、勉強机にはけてあった、お盆の上に乗ったケーキを置いた。
「なんで立ってんの?そこ座んなよ」
「あ、うん」
「ベットによっかかっちゃっていいかんねー」
「うん。……ねぇ、何で呼んだの?」
ショートケーキをあたしの前に置いた悟史は、一瞬だけ止まる。そして苦笑い。
「せっかちだねぇ、詩穂は」
そう言うと悟史は、勉強机の引き出しを開けて、細長い紙袋を出した。
「はい、ハッピーバースデー!俺からのプレゼント」
「へっ?」
「へっ?じゃないよー。ほら、受け取って」
「あ、ありがとう」
あたしが状況を飲み込めていない間に、悟史は何かと動き出した。
「いやー、よかったよかった。サプライズって出来るもんだねぇー」
ショートケーキに小さな蝋燭をさしながら、嬉しそうに笑っている。
「そっか、誕生日か…」
あたしが呟くと、また悟史は苦笑する。
「詩穂は何も考えてないようで、いっぱいいろんなこと考えてるもんな」
「……ちょっとそれ、失礼じゃない?」
「気にすんなって!電気消すぞー」
パチッと音がして、蝋燭に灯るオレンジと、カーテンの隙間からのぞく太陽光があたしたちを照らす。
「ハッピバースデー、トゥーユー♪ハッピバースデー、トゥーユー……」
お決まりの歌を、悟史の唇が奏でていく。
「ハッピバースデー、ディアしーほー♪ハッピバースデー、トゥーユー♪」
いえーい、とか言いながら拍手して、蝋燭の灯を消すように催促された。
本当は、なんにも違わない月曜日。でも、今日は違った。
「あ、おはよー、悟史」
「おう、はよーっす」
「ん、あれ?」
はだけたYシャツの胸元に、何かが光った。
「なんかつけてるの?首」
「えっ!?…ま、まぁ……」
「ネックレス?」
「そんなところ」
触れて欲しくなさそうな態度に、少しムッとした。
「…スキありっ!」
席についたまま、こっちを見ようともしない悟史の胸元に、思い切り飛びかかる。
「うわっ!」
「…あ」
確か、悟史からもらったプレゼントは、ネックレスだった。
小さなパドロックをデザインしたチャームがついた、ペアセットのネックレスの片方。
そして、今悟史がつけているネックレスは、小さなキーのチャームがついている。
あたしのパドロックと、同じデザインのキーが。
「っ~!おまっ、いきなり飛びかかってくんなよっ!」
顔を真っ赤にした悟史に、もともと立っていた場所に押し戻される。
思わず笑みがこぼれた。
「な、何笑ってんだよ…?」
第二ボタンまで開けた、Yシャツの胸元を少し広げて見せながらあたしは言った。
「さとしぃ…、おそろいだよぉ…」
ニヤニヤが止まらない、顔が熱い。
「…あっそ」
真っ赤な顔のままの悟史は、そのまま机に伏せてしまった。
それは、何でもないはずの一日。
上手く終われなかった…。