表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

その世界の戯曲。

何でもない一日。

作者: 高谷咲希

この物語はフィクションです。駄文ですので、気をつけてください。

それは、何でもないはずの金曜日。

「詩穂ー。明日さー、ヒマだったりしないー?」

左手でチケットと思われる紙をひらひらさせて、幼なじみの原田悟史はらださとしは笑っていた。

「え、なんで」

「いやー、映画のチケットが余っちゃってさ、たまたまお前がいたから」

「声掛けた、ってわけですか」

「おう、どーせヒマっしょー?」

「…ヒマだけどさー」

「じゃ、決定な!明日、十時に星の広場の時計の下!忘れんなよー」

そう言って、彼はあたしの手の中にチケットを押しこんでいった。

「…ふたり、かぁ」

改めてチケットを眺め、思わず顔が綻ぶ。

しょうがない奴め、と一人で呟いて、その日はスキップで家に帰った。


土曜日。九時五十分に、時計の下に着いた。

結局、小花柄のミニ丈ワンピをチョイスしてきた。

「こんな格好して来て、変に思われないかなぁ…」

一応、可愛くしてきたつもり…だけど、変だったらどうしよう。

自分の服装を隅から隅まで吟味。

「いーいーださんっ」

「ぅわひゃっ!!」

突然、耳元からした悟史の声に、あたしは飛び上がる。

「お、おぉう、そんなに驚かなくても…」

「え、あ、ごめんっ」

「それより、ちゃんと時間通りきたんだな」

「だって、どうせヒマだったたし…」

「うし、んじゃあ行くべ!」

そう言うと悟史は、あたしの腕を掴んで走り出した。


悟史と一緒に見た映画は、コメディタッチの恋愛ものだった。

「いやー、詩穂はオールジャンル笑ってくれて嬉しいわ」

「だって、あれはないでしょ!もう、お腹痛いよぉー」

あたしはお腹を抱えるフリをする。それを見た悟史が、あははっと笑った。

「なぁ詩穂。もう少し付き合ってよ」

「いいよ。まだ何かあるの?」

「ちょっとなー、お楽しみってやつですわ」

あたしは、歩き出す悟史の後ろについて行った。

「ねぇ、どこ行くかは教えてくれるの?」

しばらく歩いてから、聞いてみた。

「んー?もう着くよ。あ、そこそこ!」

それから数メートルも歩かずに、悟史は立ち止まる。その少し後ろで、あたしは目的地を見上げた。

「ここって……」

「俺んち」

振り向いた悟史は、得意そうにニヤリと笑ってあたしを手招く。

「はいってはいって」

「えっ、でも…いいの?おばさんとか…」

「ああ、今居ないから、気にしないで」

「い、居ないの……!」

「うん。別に取って食ったりしねぇから、大丈夫だよ」

急に優しくなる声色に、あたしの顔は燃えるように熱くなる。

「ばっ……!何言ってんの、変態!」

「ははっ、ほれ、早くあがれって」

「う、うん。おじゃましまーす……」

久しぶりに入る悟史の家は、少し暖かかった。

「俺の部屋わかるだろ?はいってまっててー」

そう言い残すと、悟史は廊下の向こうに消えてった。

仕方なく、一人で階段を上る。一段一段を踏みしめるたび、少しだけ軋んだ。

二階の部屋のドアには、見慣れたネームプレートがかかっていた。

部屋の中は、青を基調にしていて、必要最低限のものしか置かれていなかった。

どこに座っていいか分からずにつっ立っていると、悟史が戻ってきた。

「わりぃなー、俺最近さぁ、部屋に何にも置かなくなってさーっと…」

言いながら、悟史は器用に部屋を作っていった。

下から持ってきた折りたたみ式の机の上に、ティーポットとカップを置く。

最後に、勉強机にはけてあった、お盆の上に乗ったケーキを置いた。

「なんで立ってんの?そこ座んなよ」

「あ、うん」

「ベットによっかかっちゃっていいかんねー」

「うん。……ねぇ、何で呼んだの?」

ショートケーキをあたしの前に置いた悟史は、一瞬だけ止まる。そして苦笑い。

「せっかちだねぇ、詩穂は」

そう言うと悟史は、勉強机の引き出しを開けて、細長い紙袋を出した。

「はい、ハッピーバースデー!俺からのプレゼント」

「へっ?」

「へっ?じゃないよー。ほら、受け取って」

「あ、ありがとう」

あたしが状況を飲み込めていない間に、悟史は何かと動き出した。

「いやー、よかったよかった。サプライズって出来るもんだねぇー」

ショートケーキに小さな蝋燭をさしながら、嬉しそうに笑っている。

「そっか、誕生日か…」

あたしが呟くと、また悟史は苦笑する。

「詩穂は何も考えてないようで、いっぱいいろんなこと考えてるもんな」

「……ちょっとそれ、失礼じゃない?」

「気にすんなって!電気消すぞー」

パチッと音がして、蝋燭に灯るオレンジと、カーテンの隙間からのぞく太陽光があたしたちを照らす。

「ハッピバースデー、トゥーユー♪ハッピバースデー、トゥーユー……」

お決まりの歌を、悟史の唇が奏でていく。

「ハッピバースデー、ディアしーほー♪ハッピバースデー、トゥーユー♪」

いえーい、とか言いながら拍手して、蝋燭の灯を消すように催促された。


本当は、なんにも違わない月曜日。でも、今日は違った。

「あ、おはよー、悟史」

「おう、はよーっす」

「ん、あれ?」

はだけたYシャツの胸元に、何かが光った。

「なんかつけてるの?首」

「えっ!?…ま、まぁ……」

「ネックレス?」

「そんなところ」

触れて欲しくなさそうな態度に、少しムッとした。

「…スキありっ!」

席についたまま、こっちを見ようともしない悟史の胸元に、思い切り飛びかかる。

「うわっ!」

「…あ」

確か、悟史からもらったプレゼントは、ネックレスだった。

小さなパドロックをデザインしたチャームがついた、ペアセットのネックレスの片方。

そして、今悟史がつけているネックレスは、小さなキーのチャームがついている。

あたしのパドロックと、同じデザインのキーが。

「っ~!おまっ、いきなり飛びかかってくんなよっ!」

顔を真っ赤にした悟史に、もともと立っていた場所に押し戻される。

思わず笑みがこぼれた。

「な、何笑ってんだよ…?」

第二ボタンまで開けた、Yシャツの胸元を少し広げて見せながらあたしは言った。

「さとしぃ…、おそろいだよぉ…」

ニヤニヤが止まらない、顔が熱い。

「…あっそ」

真っ赤な顔のままの悟史は、そのまま机に伏せてしまった。


それは、何でもないはずの一日。

上手く終われなかった…。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ