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格上?

「すげぇ...」

見たことがない光景に俺はそう呟いた。


それは1年対レギュラーの歓迎試合の中での出来事だ。

まずは始まりケンだった。ケンのポジションはトップ下だった。久しぶりのケンのプレイは思った以上だった。

昔から股抜きとかタイミングをうまく使うタイプのドリブラーだったのだが、それにさらに磨きがかかっていた。

攻められっぱなしだった一年チームが何とかカウンターにでてケンにボールが回った。ケンは後ろ向きにボールを受けとりながら、ケンの後ろから近づいてきた先輩の股を計算していたかのようにワンタッチで通してターン、そのまま抜き去ってしまった。俺はその時点で目を奪われていた。


ケンは前をむいて進み、二人が距離を詰めてきたところでスルーパスを出した。

そのボールは見事にフォワードの(確か)柿本に通った。しかし先輩の対応も早かった。柿本はペナルティエリアに向かいドリブルをしていくが、すすっと3人が近づいていく。一人がチャージ気味に柿本に当たるが柿本も負けない。その間に残りもさらに近づいて左右からの仕掛けた。

それでも柿本は負けなかった。うまく身体を使って自分より前には行かせない。そして、


ふっと柿本が急停止するようにスピードをおとす。先輩たちもそれに見事に対応していた。誰も体勢を崩さないのが俺には驚きだった。そして次の展開に目を疑った。


柿本はスピードを緩めた状態から一気にトップスピードで飛び出したのだ。先輩も追うが瞬発力が違いすぎたのか2メートルは離された。

そのまま柿本はペナルティエリアの直前くらいからシュートを放つ。そのシュートは弾丸という表現がピッタリな程強烈なシュートだった。

そしてボールは見事にゴール右上に吸い込まれる。のだがその後にまだあった。右上のポストの内側に当たったボールはその後ろの骨組みに更にあたり、また前のポストの裏側に戻りまた後ろの骨組みに勢いよく跳ね返る、を3往復くらい繰り返してゴールの中に落ちた。


プシューと何かが抜ける音がした。よく見るとボールがベコッと凹んでいた。

カウンターから30秒もかかってないだろう。


「すげぇ......」

俺がそう呟くのと同時に


「「キャーーーー」」

マネージャー達から黄色い喜声がとんだ。鈴木と神谷が飛び跳ねて喜んでいた。

静まりかえったグランドもそれにあわせて一気に涌いた。柿本とケンをもみくちゃする一年たち。

先輩たちも呆然としていたが嬉しい誤算だとばかりに笑いあう。


俺はそのプレイに見せられながらあることを思い出していた。


柿本のプレイは優とダブるんだ。圧倒的な身体能力、勿論それだけじゃないけど本質は同じだと感じた。俺には手に入らないものだとはわかっている。


(くそっ)

苦い記憶が甦る。こんなことを気にしても仕方ないとわかっているのに心はざわめいてしまう。それが卑しさを払拭したいのにまだ出来ないのか.....

俺はベンチから沸き立つグランドを眺めながらそんな事を一人考えていた。


そして後半残り20分くらいになって俺の出番がきた。一応小学校の時と同じフォワードだ。柿本とツートップの形になる。ちなみに7対2で負けている。


グランドに入ると憂うつさは薄れていき、ドキドキが止まらなくなってしまった。なんせまともに試合に出るのは3年ぶりだ。


「友、最後の悪あがきをしようか」

そう言った俺の肩を叩いてきたケン。その笑顔に少し気分が落ち着く。


「ああ、俺の場合は単なる足掻きになりそうだけどな」

何とか笑顔で答えてポジションにつく。


「(迷惑かけるけど)よろしく」

途中で柿本にも声をかけた。

「おう!」

手をふって返してくれた。よかった。


そして試合再開。しかしボールはなかなか回ってこない。相変わらず押されっぱなしだった。

(残り15分くらいか。なら全力でももつかもしれないな)

俺は意を決した。フォワードが後ろに下がる事はあまりないが、仕方ない。このままでは何もせずに終わってしまう。それは嫌だった。


しかし追っても追っても先輩達のパスワークに翻弄された。あっという間にゴール前に運ばれてしまう。


ディフェンスは翻弄されてしまっていてフリーで先輩がシュートを放とうとしている。

俺は一応流れは読んでいた。しかし、


「間に合えや!」

届くかどうかのタイミングでスライディングでコースを塞ごうと飛び込んだ。先輩がシュートを放つ。

俺は先輩の左後方から飛び出したため先輩は気づかなかったかもしれない。


(よし!)

何とか足先がボールにあたった。しかし、威力はそのままだ。

ボールはその勢いのままゴールに向かう。そして、

カンっ!

っとポストに当たって跳ね返った。そのボールは運よく一年の一人の元に跳ね返って何とかクリアーして終わった。


「ふぃー、危なかったぁ」

俺は砂を払いながら立ち上がった。そして何故か皆が俺を見ていた。


(な、なんだよ?)

訳がわからないので愛想笑いを返しておいた。


そのままコーナーキックになって先輩のミスによってキーパーがキャッチした。


「おっしゃ」

俺はフォワードだから最前線まで急いでダッシュしなければならなかった。

ハーフライン前で一度振り向くと、


「なにぃ?!」

すでにボールをとられていた。

(折角ここまで来たのに.....)

勢いにのったままUターン。

先輩と一年が少し距離をとりながら牽制する。

その左後方から先輩が走り込むのを確認して追いかける俺。あの人に合わせてスルーパスが妥当だろう。走り込む先輩に一人が向かうのを見て俺はボールを持ってる先輩の死角から攻める事にした。

ボールを持つ先輩の右側の先輩がパスを要求する。それにあわせてマークについた一年がそちらをチェックしに動く。

ボールを持った先輩も右をむいてパスを出すふりをする。その後ろを先程から走り込む先輩が通っていく。


(くるぞ!)

俺は確信を持って走り込む先輩とボールを持った先輩の間を後ろから目指す。


ボールを持った先輩が要求してきた先輩に出すようにフェイントをしてからノールックで左に走り込んだ先輩にパスを出した。


(おっしゃあ!)

読み通り!!喜び勇んで飛び込む俺は先輩たちの間に素早くスライディングをしてパスカットした。

しかし急いで立ち上がった所に邪魔された二人の先輩が素早く詰めてきた。

(ヤバイ?!)

俺は急いで回りを確認した。手をあげてる奴が前方で動いていた。ケンだ。


「ほい!」

俺は先輩たちに捕まる前にパスを出した。狙いとはちょっとずれたけど無事にケンまでパスは通った。


「おっしゃあ!!」

俺はまたフォワードとして右サイドを走り抜けていく。今度はちゃんとボールの行方を確認しながらだ。


ディフェンスの先輩が俺についた。ケンは見方をうまく使ってワンツーを使いながらもボールをキープしながら進んでいた。


柿本がマークを振り切ったのが見える。それに合わせて俺も囮にでもなればとマークを外す動きをした。


「え?!」

俺がマークを外すために先輩の裏に回ったところでまさかの事態が発生した。ケンは柿本ではなく俺にパスを出してきたのだ。


(何してくれてんだよ!ここは柿本だろうが?!)

俺は焦りながらもボールを追った。そして何とか追い付く事に成功した。しかしマークを振り切る程のスピードは俺にはなく先輩にすぐに追い付かれたため止まってキープする事にした。


「この、ちょっ、くそ」

先輩の技量の方が上だったけどキープするだけなら出来た。自慢じゃないが俺は小学校の時に3人に囲まれてもボールをとられないほど足下の細かい技術は上手かった、はずだ。

しかし、ブランクのせいかどこかバランスが悪くて不利が続く。その間にも見方は上がってきている。勿論先輩も下がってきた。それに合わせて俺のマークは二人になってしまった。


(おっ?)

俺は今さらながらある感覚を思い出していた。

それは相手の重心に合わせてボールを扱う事だ。重心がのった足のほうにボールが近づいても重心を移し直さないといけない分反応が遅れるんだ。

小学校の頃にこれに気づいた俺はそれを利用する事でキープ力を高めたんだった。

俺はそれを思い出して相手を観察しながら二人に相対した。そして、


「今だ!」

二人の重心が二人の間方向にのっていくのを見て二人の間にボールを転がして飛び込んだ。

企みは見事に成功したがその先を考えてなかった。一応はサイドからペナルティエリアに入るような形にはなっている。シュート?!どうする?!


「伊沢!!」

呼び声が聞こえて視線を送ると柿本が動き出していた。それを見てまた既視感に襲われる。


(ああ、やっぱり)

俺はその感覚にしたがってラストパスを送る。それからは俺の予想通りだった。

俺のパスに合わせて柿本がドンピシャで飛び込んで勢いにのったままボレーを放つ。ゴールにボールが吸い込まれる。

その光景は奇しくも過去の光景とシュートの軌道までが同じだった。


追い込まれた俺からのラストパスに優が飛び出して決める過去の光景だ。俺と優のツートップでよくあった光景。いつも最後に優にもってかれて悔しかっただけの光景.....


でも....


今は嬉しかった。ケンからのパスを受けて俺のポストプレーから柿本が決めた。それが嬉しかったんだ。


俺はヒーローみたいにはなれない。もうわかってる。理解してしまった。一度諦めてしまった。


ならこれでいいんじゃないか?目立てなくても役にたてばそれでいいんじゃないか?俺にはそれくらいしか出来ないけど、それくらいなら自分にも出来るような気がした。


そんな事を考えているとドン、ドンと二つの衝撃が来た。


「友!さすがだよ!あのドリブルはきれいだったよ!ナイスだよ」


「おう、やるじゃん!最後のパスなんかすげぇ自然に撃てたもんよ!タイミングバッチシだったぞ」

衝撃はケンと柿本の二人だった。ケンは抱きついてきてて、柿本には背中を叩かれたみたいだ。


「はは、まぐれ?!」

俺はそう言うとまた衝撃に襲われた。気づいた時には俺と柿本とケンはもみくちゃにされていた。


(ああ、いいな。)

俺は笑いながらそう思った。こんな感覚はいつ以来だろう?自然と笑みが浮かんでいた。

ベンチではまたキャーキャー二人が騒いでるのが見える。前川を拍手して喜んでた。


結局試合はそこで終わった。試合が終わると急に足が重くなった。たった20分走っただけなのにな。これは基礎トレーニングを充分やらないとまずいな。


俺はそんな事を考えながら試合終了の挨拶をしたのだった。

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