【後日談】聖女を追放した王国が半年後に土下座してきたので受け入れてみた
聖女、王国を救った翌日にさらに要求する
「エレナ様。大変申し上げにくいのですが」
朝食を終えたばかりのエレナのもとへ、王国の財務大臣がやってきた。
エレナは焼きたてのパンを口に運びながら、顔を上げる。
「何ですか?」
「今年度の予算についてです」
「増額でお願いします」
「……」
あまりにも迷いのない返事に、財務大臣は一瞬言葉を失った。
「まだ何も申し上げておりませんが」
「去年も同じような顔をしていましたから」
「そうでしたか……」
「それで、いくら増やせるんですか?」
財務大臣は持っていた書類を確認する。
「昨年度と同程度であれば、なんとか」
「では、二倍で」
「二倍!?」
思わず大声が出た。
エレナは驚いたように眉を上げる。
「そんなに驚くことですか?」
「驚きますとも!」
財務大臣は額を押さえた。
「昨年度もかなりの額だったのですよ?」
「知っています」
「そのうえで二倍ですか?」
「はい」
エレナは平然と頷いた。
「私が国を救っているんですよ?」
「それは承知しております」
「なら、問題ありませんね」
「……」
財務大臣は反論できなかった。
エレナが王国へ戻ってきてから一年。
王国は見違えるほど復活していた。
かつて国境付近を荒らしていた魔物は姿を消した。
荒れ果てていた農地には再び作物が実り、干ばつに苦しんでいた地域にも雨が降るようになった。
疫病も収束した。
街には人が戻り、商人たちは再び店を開き始めた。
王国の税収も、エレナが戻る前と比べて大幅に増えている。
つまり。
エレナに支払う金額が増えたところで、王国全体として見れば十分に利益が出ていた。
それでも。
財務大臣としては、簡単に「はい」と言える金額ではない。
「せめて、もう少し具体的な理由をお聞かせ願えませんか?」
「理由ですか?」
「はい」
エレナは少し考えた。
「新しい温泉を作りたいので」
「……」
「あと、図書館も」
「……」
「それから、屋敷の使用人を増やしたいです」
「……それは昨年も増やしましたよね?」
「足りませんでした」
財務大臣は深いため息をついた。
「具体的には、何人ほど?」
「料理人が二人。侍女が三人。庭師が二人。あと、温泉の管理人を四人」
「多いですね」
「私の生活の質に関わります」
「国の財政にも関わります」
「だから、国が払うんでしょう?」
「……」
やはり反論できない。
エレナは一年前まで、王国で最も過酷な仕事をしていた。
朝から晩まで魔物を退け、病人を治し、結界を維持し、雨を降らせ、時には戦場にまで出ていた。
休みなどほとんどなかった。
そのうえ、王国は彼女の働きを「聖女なのだから当然」と考えていた。
そして、少しでも疑惑が生じれば簡単に追放した。
そんな経験をしたエレナにとって。
「自分の待遇を良くする」
というのは、もはや譲れない方針だった。
「それに」
エレナはパンをもう一口食べる。
「私が快適に暮らせる環境を作ったほうが、仕事の効率も上がります」
「……仕事の効率」
財務大臣が反応する。
「はい」
「それは確かに重要ですね」
「でしょう?」
「では、温泉については――」
「露天風呂が三つ欲しいです」
「三つ!?」
「普通の温泉と、薬草風呂と、夜空を眺められる温泉です」
「……」
財務大臣は頭を抱えた。
しかし。
「承知しました」
結局、そう答えるしかなかった。
「ありがとうございます」
エレナは満足そうに笑った。
その日の昼。
王城では緊急会議が開かれた。
議題はもちろん。
聖女エレナの予算について。
「二倍というのは、さすがに多すぎる!」
財務大臣が声を上げる。
「しかし、拒否できますか?」
別の大臣が尋ねた。
「……できない」
「なぜです?」
「彼女がへそを曲げたら、誰が魔物を防ぐ?」
「……聖騎士団?」
「一週間も持たないでしょう」
「では、宮廷魔術師は?」
「結界一つ維持できません」
「……」
会議室が静まり返る。
そこへ国王が口を開いた。
「エレナは、我々が思っている以上に重要な存在なのだ」
全員が国王を見る。
「彼女が戻ってきてから一年。王国は以前より豊かになった」
国王は机の上に並べられた資料を見る。
「税収は増え、交易も増え、農業も復活した」
「はい」
「ならば、彼女への支出が多少増えたところで問題はない」
財務大臣は苦い顔をした。
「陛下。しかし、このまま要求が増え続ければ……」
「そのときは、そのときだ」
国王は遠い目をした。
「少なくとも、エレナが王国を守ってくれている間はな」
こうして。
エレナの要求はまた一つ認められた。
だが。
これで終わりではなかった。
翌朝。
エレナは国王のもとへ直接やってきた。
「陛下」
「どうした?」
「お願いがあります」
国王は警戒した。
「……何だ?」
「聖女専用の休日を増やしてください」
「どれくらい?」
「週休五日で」
「……」
国王が固まる。
「聖女として働くのは週二日だけになるが?」
「問題ありません」
エレナは堂々と言った。
「私が本気を出せば、一日で十分です」
国王は頭を抱えた。
「それはそうなのだろうが……」
実際。
エレナの力は圧倒的だった。
彼女が一日かけて行う聖なる儀式は、普通の聖女なら数週間かかる。
魔物の討伐に至っては、一人で軍隊以上の戦果を上げる。
だからこそ。
「……分かった」
「ありがとうございます」
「ただし、国が危機に陥った場合は出てもらうぞ」
「それは当然です」
エレナは笑った。
「国が滅びたら、私も困りますから」
国王は少しだけ苦笑した。
「お前は本当に、自分のことしか考えていないな」
「失礼ですね」
エレナは頬を膨らませた。
「私だって王国のことを考えていますよ」
「本当か?」
「もちろんです」
エレナは胸を張る。
「王国が豊かで平和なら、私も豊かで平和に暮らせます」
「……なるほど」
国王は納得してしまった。
確かに。
結果だけを見れば、それで十分だった。
その日の午後。
エレナの新しい温泉施設の建設が始まった。
王都の人々は、その工事を眺めながら噂した。
「また聖女様が何か作っているらしいぞ」
「今度は温泉だってさ」
「ずいぶん贅沢だな」
「でも、聖女様が戻ってきてから暮らしが楽になったしな」
「それに、あの人がいなくなったらまた魔物が出るんだろ?」
「だったら温泉くらい好きに作ってもらえばいいさ」
そんな声が街のあちこちから聞こえてくる。
実際、国民の反応は悪くなかった。
むしろ。
「聖女様にはもっと贅沢してもらおう」
という声まで出始めていた。
エレナはその話を聞いて、少し驚いた。
「……私、国民からそんなに好かれているんですか?」
侍女が答える。
「当然です」
「でも、私は結構好き勝手していますよ?」
「それでも、聖女様がいなくなるよりはいいと皆さん思っているのでしょう」
「なるほど」
エレナは少し考えた。
「なら、もっと要求しても大丈夫ですね」
「……」
侍女は何も答えなかった。
そして数日後。
エレナは新しい要求書を作った。
一つ。聖女専用の図書館。
二つ。聖女専用の温室。
三つ。屋敷に小さな劇場を作ること。
四つ。毎年二回の温泉旅行。
五つ。聖女の記念日を国民の祝日にすること。
最後の項目を見た財務大臣は、さすがに頭を抱えた。
「記念日まで作るのですか?」
「はい」
「何を記念するのです?」
「私が王国に戻ってきた日です」
「……」
「国民にも休んでもらえますよ?」
「それはそうですが……」
財務大臣は考えた。
聖女が一日休めば、国民も一日休む。
商店も休み、役所も休み、工場も休みになる。
経済的には損失も出る。
しかし。
「……分かりました」
「本当ですか?」
「はい」
財務大臣は苦笑した。
「どうせ我々には、聖女様を拒否する度胸などありませんから」
「賢明ですね」
エレナは満足そうに笑った。
そして。
その記念日は、正式に制定された。
国民の間では。
「聖女休暇」
と呼ばれることになった。
エレナはその日、一日中温泉に入っていた。
「最高ですね」
湯船につかりながら、エレナは空を見上げる。
「これなら、もう二度と聖女を辞めたくないかも」
少し前まで。
彼女は聖女という立場から解放されることを望んでいた。
だが。今は違う。
聖女でいることには、大きなメリットがある。
働く時間は少ない。
待遇は良い。
国民から感謝される。
そして何より。
王国がエレナを必要としている。
つまり。
「聖女でいるほうが得ですね」
エレナは笑った。
ところが。
その頃、王城では別の問題が起きていた。
「陛下」
財務大臣が報告する。
「聖女様への支出についてですが」
「また何かあったのか?」
「いえ。むしろ逆です」
財務大臣は資料を差し出した。
「聖女様への支出が増えているにもかかわらず、王国の財政は以前より安定しています」
「……そうなのか?」
「はい」
「なぜだ?」
「聖女様がいることで、魔物による被害がほぼなくなったからです」
国王は黙った。
「農作物の収穫量も増えています。交易も増えています。疫病による損失もありません」
「つまり?」
「聖女様に金を払うことで、それ以上の利益が生まれているのです」
国王はしばらく考え。
そして。
「……では、問題ないではないか」
「はい」
財務大臣は苦笑した。
「むしろ、もっと要求していただいても構わないくらいです」
「本人に聞かれたら大変なことになるぞ」
「もう聞かれております」
「何?」
国王が振り返る。
そこには。
いつの間にかエレナが立っていた。
「もっと要求してもいいんですか?」
「……」
国王と財務大臣が固まる。
エレナは満面の笑みを浮かべていた。
「では、明日までに新しい要求書を作っておきますね」
「待て!」
国王が叫ぶ。
しかし。
エレナはすでに部屋を出ていた。
その背中を見送りながら。
国王は深いため息をついた。
「我々は、とんでもない聖女を呼び戻してしまったな」
財務大臣が答える。
「ですが陛下」
「何だ?」
「以前より国民は幸せそうです」
国王は窓の外を見る。
街には活気がある。
畑には作物が実っている。
商人たちは笑っている。
子供たちは元気に走り回っている。
そして王都の中心には。
聖女エレナの巨大な屋敷が建っていた。
その庭には三つの温泉。
隣には図書館。
さらにその横には温室。
そして建設予定の小さな劇場。
「……まあ、いいか」
国王は諦めた。
王国が滅びるよりは。
聖女に少し贅沢をさせるほうが、ずっと安上がりなのだから。
一方。
エレナは自室で新しい要求書を書いていた。
「次は何にしようかな」
紙に一つずつ書いていく。
新しい馬車。
新しいドレス。
温泉旅行。
そして――。
「……王国専属の菓子職人」
エレナは満足そうに頷いた。
「これは絶対に必要」
こうして今日も。
聖女は自分の利益のために、王国を救っている。
そして王国もまた。
そんな聖女のおかげで、今日も平和だった。




