あの常連はコーヒーに砂糖を入れない
あの常連はコーヒーに砂糖を入れない。理由はまだ知らない。
ただ分かっていることは、あの常連は毎日9時頃にこの店に訪れて、当店で一番苦いブラックコーヒーを飲むということである。さらに不思議なのは、それをとても苦そうに飲むのである。苦いからか、あの人は常に店にある無料の水を、コーヒーと一緒に常備している。しかしなぜか、砂糖は入れようとしない。
前に一度”砂糖を一緒にお付けしますしょうか?”と聞いたことがある。常連さんは”いいえ、お構いなく”、と少し微笑んでから、いつも座っている窓側の席に腰を下ろした。そしてやはり、苦そうにコーヒーを飲んでいた。何かの病気で砂糖を入れられないのかもと思ってもみたが、ショートケーキを頼んでいたこともあったのでやはり理由は分からない。
それまではほわほわとしていた薄かった興味が、強くなる出来事が起こった。常連さんが”砂糖を一緒につけて欲しい”と私に頼んだことである。
「え?どうなさったんです?」
意図せず言葉にでてしまったが、強い好奇心の前では”まあ、いいかな”とも思った。
「実は最近、嫌なことがありましてね。それで砂糖が欲しくなったんです」
話しぶりから”嫌なこと”にはあまり触れて欲しくなさそうな素振りだった。
「承知しました」
私はコーヒーと一緒に砂糖の袋を入れた、が、やはり、少し寂しいなと感じた。
「砂糖を・・・本当にお付けしますか?」
なぜいつも砂糖を入れなかったのかも、ましてやなぜ今日は砂糖を入れようと思ったのかも知らなかったが、何かが残念でならなかった。
常連さんは少し動揺したように目を泳がせ、考えた後、”やっぱり砂糖、いらないです”と言った。
そして、いつもの席でコーヒーを飲んでいた常連さんは、やはり、苦そうにコーヒーを飲んでいた。




