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痛み


 その後、1時間ほどじっと寒さに耐えながら身を潜めていた時だった――。


「いやぁ!!!やだ!来ないで!!!」


(・・・この声)


 サラ、と呼ばれていた女の声だ。

 近くを走る音が聞こえる。あの時、恋人と一緒に殺されたものだと思っていたが、運良く逃げ切れたようだ。


 じゃあ、今は誰から逃げているのだろうか。

 あの長身男は怪我を負ってるから動けないだろうし。

 まさかさっき銃を撃った男? 


ブォン ブォンッッ ブォォンッ


(――え?)


 響くチェーンソーの音に耳を疑った。 まさかと思い音がする方へ顔を向けると、逃げていたサラと目が合ってしまった。

 恐怖に満ちていたサラの表情は私を見ると一変し、口角を上げて笑ったのだ。


 嫌な予感がした。


「助けて!!!」


(何で、こっちに来るのよ!)


 サラは私の元へ一目散に駆け寄り、肩をがっちりと掴むと涙ながらに訴えた。


「助けてぇ!!!幽霊ちゃん!!!サラはまだ死にたくないのぉ!!!」


 強く掴まれている肩に痛みが走る。この状況、離してくれそうにないし、恐らく私を盾にして逃げるつもりだろう。ミアのように。


「は、離してください!」


 薄暗くなってきた森は不気味さを増す。


 女は抵抗する私を思い切り突き飛ばし、何食わぬ顔で走り去った。 


 夜が明けるまでここで身を潜めていようと思ったのに。


 突き飛ばされた私はゆっくりと体を起こし、服についた土や葉っぱを払った。


 チェーンソーの音が徐々に近付いてくる――。


 私も逃げようとその場を駆け出した瞬間、地面から突き出ていた石に躓き、大きく転倒した。


「・・・っもう」


 だから、視界の悪い時間帯は静かに身を潜めていたいのだ。

 痛む膝を軽く撫でて、再び立ち上がる。


 サラはどこに行った? 出口を知っているのなら教えてもらいたい。


(いや、やめよう)


 この森では人間ですら敵になってしまう。

 

 焦り、不安、恐怖、苛立ち、色々な感情が混ざり合って気が狂いそうだ。

 乱れた感情を整えるには薬が必要だが、家に帰らないと飲むことができない。

 でも、この症状・・・そろそろ飲まないと、本当に私、壊れるかも。

 

「っきゃ!」


ガラガラッ


 足場の悪い道を走っていた私は、木の幹に足を引っ掛けてしまい、前方に派手に転んだ。

 咄嗟に手を前に出すも間に合わず大きな石に胸をぶつけてしまい、ズキズキと激しい痛みに襲われる。


(この短時間で何回転んだ?)


 やっぱり私は運動神経が悪いのだと気付かされた瞬間だった。


ギュィィーンッ


 それでもチェーンソーの音は容赦なく迫ってくる。


「逃げなきゃ――」


 胸の痛みは思ったよりひどく、すぐに立ち上がることができなかった。

 苦しい。全部、あの女のせいだ。


(消えたい)


 遂にチェーンソーの音がすぐ後ろまで迫ってきた。

 私の頭の中には“終わり”の文字が浮かび上がる。


 ここは“キラーハウス” 最初から私の運命は決まっていた。待つのは“死”のみだ。


 私はチェーンソーを持った男を見上げる。


(嘘でしょ・・・?)


 いや、さっき、撃たれてたよね。

 てっきり別の殺人鬼に追われているものかと思っていたが、チェーンソーを持って追いかけてきたのは紛れもなく銃で撃たれたあの男だった。

 かなり出血をしていたのに、なぜ平然と動いているの?


(意味分かんない)


 腹部にはまだ私の服が巻かれている。 血が全体に滲んでいて、すでに真っ赤だ。


 こいつ、もしかして不死身?


「お前は最後だ」


 男は聞いたことのあるような台詞を残して、私を横切る。


「・・・いったい何なの?」


 ボソッと零した私の言葉に男は立ち止まり、腹部の傷口を見せてきた。


「俺は治りが早い」


 確かに銃で撃たれたはずの傷口は跡形もなく消えていて――、信じたくないけどこの男は“人間ではない”のだと察した。


 最初からおかしい点ばかりなのだ。

 重量のあるチェーンソーを軽々と持ったり、目の前に立っていたかと思えば、一瞬で背後に移動していたり。 移動速度が人並み外れている。


 傷の治りも尋常じゃないほど早いし。


 いったい何者なのか、考えても考えても答えに辿りつかない気がした。


「まあ、あの女はいつでも殺れる。急ぐ必要はない」


 いつの間にか鳴り止んでいたチェーンソーの音。

 男がピンピンしていることに驚いていた私は、忘れかけていた自身の体の痛みを思い出す。


「――っ」


 胸を抑え、その場に蹲る。

 この男みたいな回復力、私にはないから。

 骨折はしていないと思うけど、しばらく痛みと戦う日が続きそうだ。


(横になろう・・・)

 

  私は体を抱え込み、ぎゅっと目を瞑る。


 痛いし、苦しいし、寒い――。


 鋭い痛みを耐える時間はとてつもなく長く感じた。

 大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせながらゆっくりと呼吸を整える。


 そんな姿を男は冷めた目付きで見下ろしている。


 終わりにしたい、何もかも――。


 意識を失わないように何度も何度も自分に語りかけていたのに――

結局痛みに耐え切れず気絶するように眠ってしまった。


「お前は俺が手を下す前に死にそうだ」

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