銃声
あの時何故「逃げてください」と言わなかったのか。
自業自得。そう思ってしまったからだ。
私は自分の意志でここに来たわけではない。 ミア、アイビー、ソフィアに連れ出されただけ。
まずミアがここに私を置き去りする、と言う計画を立てた。
アイビーとソフィアは顔を見合わせながら楽しそうに「行く!」と返事をしていた。
ここがどれだけ危険な場所なのか何も調べずに来てしまった3人は案の定殺された。
(そして私だけが生き残った)
雨が止んだ事を確認した私は、ようやく外へ踏み出す。
行き先は決まっていない。あてもなく歩くだけ。どうせあの男は私がどこへ逃げても見つけるのだろうから。
この森は男の庭みたいなものだ。
小走りで森の中を駆け巡る。 葉っぱから滴り落ちる雨水を浴びながら。どこまでも、どこまでも――。
私ってこんなに持久力あった?
毎日、キラーハウスの外周を走っていただけある。
自分の体力に感心しているときだった。
「追い付いたぞ」
(――えっ、もう?)
体力に自信がついたとしても、男の速さには敵わない。こいつ、何かチート使ってそうだし。
声がしたほうを振り向くも男の気配はなく、再び前を向くと男はチェーンソーではなく斧を持って立っていた。
コツン‥と、私の額に斧先を当てながら笑うと、次の瞬間には斧を勢いよく振り上げた。
ダッ――
私は全身の力を込めて男を押し退け、走り出す。男はよろめきもしなかったが、私は構わずに横を通り過ぎた。
殺す価値のある人間になるために、ひたすらに逃げる。そう決めたから。
何度も木の枝にぶつかった。その都度、転びそうになる。けど、走ることをやめない。
一瞬だけ後ろを振り返ると、男はゆっくりと歩みを進めていた。
私はこんなにも必死に走っていると言うのに――。
すぐに追い付かれるのは分かりきっている。 今はできる限りの抵抗をしているだけだ。
その時だった。
パァンッ――
(――え?)
突如、森の中に鳴り響いた銃声に息を飲み込む。
振り返って男を見ると、男は腹部を抑えながら無表情のまま立っていた。
腹部を抑える手には大量の血が付いている。
(まさか、撃たれたの・・・?)
私は立ちすくみ、男の様子を伺う。
「おい!早く逃げろ!!!」
銃声のした方向から男の人の声がしてハッと顔を上げる。
「誰!?」
銃を撃った人物がどこにいるかは分からない。 味方、なのだろうか。
今の隙に逃げればいいものの、私は無意識に男のほうへと足を進めてしまった。
「・・・大丈夫なの?」
男は小さく舌打ちをして「だりぃ」と呟いた。
正直、痛がっているようには見えない。男はこの状況を面倒くさがっているように見える。
私も何故こんなやつの心配をしているのか分からない。
これはチャンスなのに。 今、ナイフでこの男を刺せば、私の勝ち・・・
でも、このままだと出血がひどく、男は死んでしまうかもしれない。 死んでいないなら応急処置だけでも。
(違う!!!)
こいつは殺人鬼だ。構わず早く逃げないと。
どうする。
どうするのが正解?
「あぁ、もう、分かんない!」
私は着ていたパーカーを脱ぎ、男の傷口を塞ぐようにしてキツく巻き付けた。
出血が激しくどんどん血が滲んでいく。白いパーカーが赤く染まっていく過程を見て、私は男が死んでしまうのではないかと焦りを感じた。
これ以上、私にできることはない。
けど、何もしないよりはマシだ。これで罪悪感が残らないはず。
(死なないよね?)
馬鹿げた自分の行動に嫌気がさす。
「・・・・・・」
何も言葉を発さないまま立っている男に違和感を感じた。 痛みすら感じないと言うの?
やっぱり人間じゃない――。
私はゆっくり距離を取り「行くね」と言ってその場から立ち去った。
殺人鬼を撃った人物はどっちの方面に逃げたのだろうか。
そもそも、誰? 聞き覚えのない声だった。
味方だと思うのはやめよう。
ここはイカれた人間しか立ち入らない場所だ。 あの男も殺人鬼の可能性がある。
「・・・さむ」
上着を脱いでしまったものだから今の私は薄いTシャツ一枚。寒いのも当たり前だ。
暗くなる前に安全そうな場所を見つけないと。
私はしばらく森の中をぐるぐると歩き回り、隠れ場を探した。
「ここでいっか」
体を擦りながら大きな木の根本に座り込む。
警戒すべきは殺人鬼とさっき銃を撃った男。
この森は無法地帯だ。殺人鬼は1人とは限らない。“ここでなら”と悪知恵を働かす人間も少なからず存在するだろう。
どこから襲ってくるか分からない“脅威” 不安と緊張で押し潰されそうだ。
先へ進んでもいいけど、夜に危ない連中と遭遇したら勝ち目はない。
ここは冷静に。 夜が明けるのを待つべきだ。
木々の隙間から微かに見える月を眺めながら、夜が明けた後、どの方向に進むか考えていた時だった――。
静寂な森に男性の叫び声が響き渡り見がすくんだ。
やっぱり無理ゲーだ。




