水とパン
* * *
ギュル ギュルルル
あれからどれくらい歩いただろう。確か夜が2回来たから今日で3日目か。
お腹が空いた私は崩れ落ちるようにその場に横たわる。
――空腹で力が出ない。
ここ一帯の地形なんて知らないから、もちろん出口の場所も方角も分からない。いつかは林道に出れるだろうと期待しながら歩いていたが、運は私に味方してくれなかった。
キラーハウスからは瓦礫の隙間から外に出れたものの、外は辺り一面木々で埋め尽くされていた。
ここがどこの森なのか見当もつかない。ここに来る間、ずっと目隠しをされていたし。出口を知っている3人はもう死んでいる。
無駄に歩き回ってしまったせいで正しいルートに戻れず、完全に遭難してしまった。
「はぁ・・・」
今の私に残された道は、ただひとつ。
勘で歩く――。
それだけだ。
それにしてもお腹が空いた。その辺の草でも食べようか。いや、さすがに無理だ。でもこの空腹にいつまで耐えられるか分からない。
あぁでも、食べ物よりも今は水が欲しいかも。喉が渇いて仕方がない。
「ジャック、元気かな」
私の脳裏にはいつもジャックがいる。ニャーと鳴いて、私を励ましてくれるのだ。 そうだよ。ジャックに会うためにここを出ないと。
「でも・・・」
ずっと森の中にいると、希望が薄れていくのが分かる。周囲の景色はずっと同じ。 ・・・はぁ、むやみに歩き回らず、キラーハウスの周辺に留まるべきだった。
あの状況下で冷静な判断ができるほど、私は賢い人間ではない。
「まだいたのか」
「・・・・・・え?」
聞き覚えのある声に、顔を上げるとあの男が立っていた。数日ぶりの対面。今日はチェーンソーを持っていないようだ。
男はすでに脱水症状の私を見て「無価値」と呟いた。人間味のない表情から吐かれた冷たい言葉。
ミアやアイビー、ソフィアのように価値のある人間だったらすぐに殺されていたのかもしれない。だったら私は無価値でよかった。
「欲しいか?これ」
男はペットボトルの水を私に見せつけた。 私の財布を奪った時のアイビーと同じように。
「返して」と強請ってもアイビーは結局財布を川に捨てた。
この男もきっと同じ、その水を私の前で飲み干すのだろう。
それに今の私には「欲しい」と伝える気力さえ残っていなかった。このまま餓死してしまうのかな。
そろそろ限界だ――。
ぱくぱくと口を動かす私を見て、男は首を傾げた。
静かに近付いてくると、私の目の前でしゃがみ、ペットボトルのふたに手をかける。
そのあとの行動は予想外だった。
飲み口を私の唇へ当てて、ゆっくりと傾けたのだ。
(何で・・・)
私の口内へ流れ込んでくる水。一口、また一口と体内へ含む。
生き返るような感覚。
静寂な森に、ごくん、ごくん、と水を飲み込む音だけが響いていた――。
「・・・っはぁ」
少し楽になった私は男にお礼を言う。
「・・・ありがとう」
気付けばペットボトルの中身は空っぽだった。水に飢えた私が全て飲み干してしまったようだ。男が飲む予定だったもののを奪ってしまった。
「実はパンもある」
「・・・・・・?」
男の予期せぬ発言に私は目を丸くする。確かに左手にはパンの袋が握られている。
目的が分からない。だって、チェーンソーの代わりに水とパン?もしかして今日は“殺す気分”ではないとか。
不可解に感じながらも、内心はホッとしていた。
今日も生き延びられそうだ。
水とパンがなかったら多分命尽きてた。
男は小さくちぎったパンを私の唇に押し当てながら「不味そうだ」と呟いた。
パンは美味しかった。ただの食パンだったけど今の私には特別美味しく感じた。
私は与えられた分のパンを全て食べ切ってしまった。お腹が満たされたから体力も少しずつ戻るだろう。
また、動けるようになったら森の出口を探そう。
「家に戻れば、色々ある」
「・・・え?」
「食料。シャワー、服。寝床もだ」
「でも、」
「逃げてもらわないと、殺す気が起きない」
男は淡々とした口振りでそう告げた。
「・・・やっぱり、殺したいの?」
「あぁ、だから殺す価値のある人間になってもらう」
「・・・あっ」
男は軽々と私を持ち上げ、歩み出す。
言いたいことは何となく分かった。 逃げない人間に興味はない。つまり、体力をつけろと言うこと。その期待に応えることはできるが、そもそも運動神経のよくない私が体力を戻したところで、こいつから逃げ切れる自信がない。
逃げたところですぐ追いつかれる。 それでも必死に逃げろと言うなら、そうしよう。水とパンをくれたお礼だ。
「重くない・・・?」
「チェーンソーと変わらない」
(いや、それはない)
男の肩の上で小さくため息をつく。
――なんて、馬鹿げた運命なんだろう。
ここから生きて出る方法が、何ひとつ見つからない。




