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無価値

 男が去って数分後、遠くからミアの悲鳴が聞こえた―――。


 ああ、逃げ切れなかったんだ。 今までずっと私の“脅威”そのものだった存在が、あの男の手によって呆気なく殺されてしまった。


 私は立ち上がり、ゆっくりと歩き始める。


 次は私の番。

 生きるか、死ぬか――。


(生きて帰ったところでハッピーエンドなわけないけど)


 とりあえず崩れかけた石柱の影に入って、身を潜める。動き回っているより身を隠して気配を消したほうが見つかる可能性は低いだろう。

 それに今はどこへ向かうのが正解なのか分からない。


 私も3人のように殺されてしまうのだろうか。


 スマホで助けを呼ぶ? 無理だ。数日前にミア達に壊されてしまった。

 自分がスマホを持っていないことに気付き、私は大きく落胆した。


 正直、ここから逃げ出す手段が思いつかない。

 絶望的すぎて、笑えてすらくる。


 私は深くため息をつき、両手で顔を覆った。


「どうしよう・・・」


 そろそろ日が落ちる――。

 もともと暗いところが苦手な私は、男の襲撃と同じくらいに夜の訪れに対して怯えていた。


 ここは森の中にある廃墟。きっと真っ暗になる。


 助けも来ないだろう。


 あぁ、本当に、助かる手段が見つからない。



* * *


「疲れたな・・・」


 今が何時なのか分からない。体感的に深夜だとは思う。

 崩れかけた天井から差し込む微かな月の光だけが、私の心を落ち着かせてくれた。


 今は動かず、身を潜める。

 私は全身を両手で包むように座り直した。


 朝になったらここから移動してみよう。私なら大丈夫。 影、薄いし。


「おやすみ、ジャック」


 懐いている野良猫のジャックに毎晩おやすみを言うのが私の日課だった。野良猫と言ってもほぼ飼い猫状態だけど。

 今日は私に会えなくて、寂しがってるかな。


 なんて⸺⸺

きっと私がいなくても何も変わらないだろう。



――翌朝――


 目を覚ました私はゆっくりと体を起こす。


(自分の部屋のベッドなわけないか・・・)

 

 ここは“キラーハウス” 殺人鬼の住む家。


 信じたくないけど今起きていることは全て現実だ⸺⸺。


 石柱から恐る恐る顔を出し、辺りをぐるっと見渡す。人の気配は感じないが、不穏な空気が漂っていた。石壁には血痕ばかり付着していて気味が悪い。ここへ来た人が捨てていったと思われるゴミもそこら中に散乱していた。

 あの男はここを巡回しているのだろうか。 いや、もしかしたら今は寝ているかもしれない?


 逃げるチャンスを逃してはいけない⸺⸺!


 私は急いで立ち上がり、静かに地面を蹴って走り出す。


「見つけた。4人目」

「えっ?」


 走り出したその瞬間、数メートル先に“殺人鬼”が立っていた。

 物音ひとつしなかったのに⸺⸺。安全を確認してこの場を離れる決断をした私だったが、逃げる間もなく男に見つかってしまった。


(やっぱり無理・・・)


 自分の不運さに呆れて、その場で佇むことしかできなかった。


 男はチェーンソーを稼働させながら、ゆっくりと近付いてくる。


 私の人生は最初から最後まで、哀れで残酷だ――。


「逃げないのか?」


 男は口角を上げながら私に問う。


 逃げない? 違う、足がすくんで動けないのだ。


 いじめには慣れていた。殴られたり、暴言を吐かれたり、そんなものは耐えられる。

 でも、こんな恐怖は体験したことがない!


「あぁ、逃げられないのか」


 男は酷薄な笑みを浮かべながらまた一歩、私に近付く。

 そして、冷淡に口を開いた。


「最後に言いたいことは?」


 “ない”と言ったら噓になる。 でも今すぐに思いつくわけもなく。


 多分、たくさんある。


 この世には不満だらけだし。

 

 ミア、アイビー、ソフィアを殺してくれてありがとう?


 いや、それはいくら何でもひどすぎる。そんなこと思っちゃいけない。“ざまぁみろ”だなんて、1ミリも思っていない。


「・・・ジャックにありがとう」

「・・・・・・?」

「それだけ」


 結局思いついた言葉はそれだけだった。


 ジャックのおかげで、人生に少しだけ色が付いた。つまらない毎日を送っていた私の前に突然現れた、猫の友達。毎日癒やしをくれた。


 唯一の友達。人間なんかより信用できる。

 そっか、死んでしまったらジャックに会えなくなるのか。それだけが心残りだ。

 

 いつも話し相手になってくれてありがとう。

 大好きだよ、ジャック――。


 私が死んだあと、誰かがあの子を拾ってくれますように。ジャックはいい子だからきっと大丈夫。


 私は目を閉じて、その時を待った。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 しかし、一向にその時は来ず――。


 ゆっくりと目を開けると、目の前にいたはずの男がいなくなっていた。

 そう言えば、チェーンソーの耳障りな音もいつの間にか止んでいる。このタイミングでチェーンソーの充電が切れた? いや、あの男がそんな間抜けなわけないだろう。


 またすぐに戻ってくるかもしれない。


「殺す価値のない人間だ」


 とりあえず助かったと安堵のため息を漏らした途端に、背後から男の声が聞こえて身を震わす。

 振り向くと、私を殺すことをやめた男がどこかへ去っていく。


 特殊能力でも持っているのか。一瞬で移動したり、気配を消したり、重たいチェーンソーも片手で軽々と持ち歩いてるし。行動が超人レベルだ。


「・・・・・・」


 でも私は再び逃げるチャンスを手に入れた。

 どこへ向かうべきか分からないから、私はあてもなく出口を求めて歩き続けた。

 完全に迷ってしまった現状。脱出までにはかなり時間がかかりそうだ。

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