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友達

「細い首だ」

 

 ジャックは私の首筋を指先でなぞりながら、小さな声で呟いた。

 私はくすぐったい感覚に襲われながらもジャックの“死んだふりをしろ”という言葉を思い出し、もがき苦しんでいる素振りをグレースに見せつけた。


 “死んだふり”は単純のようで難しかった。

 恥じらいを捨て「うっ」「やめて」などと声を漏らしてみたり、ジャックの手首を掴んで必死に抵抗しているふりをしたり、不自然だったらどうしようと不安を抱きながら芝居を続けた。

 ジャックはそんな私の精一杯の芝居を見ながら小さく漏れるような声でクスクスと笑っていた。

 いや、あなたがやれって言ったよね。

 

 腑に落ちない部分もあるが、“死んだふり”はここからが本番。 最後は迫真の演技で床に崩れ落ちよう。

 気合いを入れて全身の力を抜いた時だった。

 ジャックがやや強引に私を壁際に追いやってくれたおかげで、私は壁に背を預けながら滑り落ちるように倒れ込むことができた。


(もしかして今のって優しさ?)


 ジャックの意外な行動に感心していると、一部始終を黙って見ていたグレースが気まずそうに口を開いた。


「・・・あら〜、あっさり殺しちゃったの?」


 こうなることを予想していなかったかのような発言だった。

 そう言えばグレースは私が5分間生き残れたらジャックとの関係を認めてくれると言っていた。 だとしたらジャックは何故私を殺すことを選んだのだろうか。

 “死んだふり”を続けながら頭の中では色々なことを考えていた。


「待って――― これあたしやばいことした?ジャックにかかってる記憶操作の力が切れたら殺されるんじゃ!? ははは、帰ろ〜・・・っと。バイバーイ」


 事の重大さに気付いたグレースは、その場から逃げるようにそそくさと去っていった。

 口振りもかなり焦っていたからもうここには来なさそうだ。


「起きていいぞ。エマ」


 すっかりと静まり返った室内。

 ジャックは満足気に笑みを浮かべながら私を見ていた。


「・・・楽しそうだね」

「あぁ」

「てっきりグレースの使った力が効いてるのかと思ったよ」

「実力差のある相手に力を使っても無意味だ」

「・・・安心した。今、ジャックに殺されるのは嫌だから」

「生き返らせた相手を殺すほどイカれてはいない」


 「それにエマは友達だ」とジャックは付け加えた。

 ジャックは以前よりも感情をよく表に出すようになった。苛立っている時の表情や、状況を楽しんでいる時の表情も分かりやすくて、喜怒哀楽がはっきりしている。

 兵器のように人間を淡々と殺していたジャックはもういない――。

 そう思うと気持ちがホッとした。


「エマも同じだ」


 私の心の声は相変わらず筒抜けだが、ジャックは盗み聞きしているつもりはないのだろう。 いつも平然と返事をするから。


「ねぇ、グレースの力にかかったふりをしたのは何故?」


 私は疑問に思っていたことを尋ねてみた。


「そっちのほうが都合がいい」


 まぁ確かに吸血鬼と人間が仲良くしているのもおかしいか。 色々と複雑な事情がありそうだ。


「あ、あと、ジャックにお願いがあるの。

猫のジャックをここに連れてくることってできる?できればキャットフードも」


 お願いを口にすることに抵抗はなくなった。 友達ってきっとそういうものだから。


「分かった。血を飲んでから行こう」

「もちろんだよ。ありがとう」


 ジャックは冷蔵庫から冷えた紙パックを取り出すと、飲み口にストローを挿してから口に含んだ。 その中身が“血液”であることは分かり切っているのにどうしても全身に鳥肌が立ってしまう。


「顔が引きつってるぞ」

「はは、美味しい?」

「あぁ、飲みたいか?」


 紙パックを差し出してきたジャックに恐怖を覚えた私は全力で左右に首を振った。

 冗談交じりの行動だと分かっていても身の毛がよだつ。

 私は人間だから血を美味しいと感じる感覚が分からないのだ。


 あっという間に血を飲み干したジャックは私の元へ近付き「行くか」と言った。

 もう少し休んでからでいいのに。 そう伝える間もなく私達は一瞬でキラーハウスから私のアパートへと移動したのだ。


*  * *


「みゃー」


 クリスに荒らされたはずの部屋は綺麗だった。

 まぁ、当然だ。 今の段階では、私とクリスはまだ出会ってすらいない。

 猫のジャックはベッドの上で寛いでいて、両手を前に出して伸びのポーズをしている。――良かった。ご飯はまだ残っていたみたいだ。

 それもそうか。何日間も家を空けているわけではないし。


「こいつを連れていけばいいのか」


 吸血鬼のジャックが猫のジャックを掴み上げてそう言った。

 どうやらジャックは動物の扱いに慣れていないようだ。


「優しく抱っこするんだよ」


 私はジャックからジャックを取り上げ、抱っこのお手本を見せた。

 ・・・・・・名前が同じだからどちらかニックネームで呼びたい気もする。


「決めた。この子の愛称はジャッキーにする」

「ジャッキー」


 ジャッキーはジャックにぞんざいに掴まれたことに腹を立てている様子だった。「シャーッ」と口を大きく開け、牙を見せながら威嚇している。


「何だこいつ」


 ジャックも同じように口を開けると鋭く尖った歯を見せつけた。


(あれ――?)


「歯の形、変えてたの?」

「あぁ、これが本来の形だ」

「吸血鬼みたい」

「吸血鬼だ」


 吸血鬼の歯を初めて目にした私は目を丸くしてその形状を見ていた。 一見すると恐ろしい歯だがよく見ると動物のようで可愛らしさもある。

 やっぱりその歯で人間に噛み付いたりするのだろうか。


「俺は噛み付かないが、噛み付くやつもいる」


 ジャックは私を見据えながら心の声に返事をした。 

 

「そっか」


 性格みたいなものだろうか? ジャックはいつも紙パックの血液ジュースを飲んでいるし、人から直接飲まないタイプなのかもしれない。


「そうだ」


 吸血鬼は謎の多い生き物だ。しかし不思議と興味も湧く。

 戻ったら気になっていることを質問してみよう。


 私はキャットフードの他にもジャッキーの匂いがついたタオルや、自分の洋服とブランケットもリュックの中に詰めた。


「もういいのか?」

「うん、大丈夫」


 荷物をまとめた私は一度下ろしたジャッキーをもう一度抱き抱える。 


(またね)


 自分の部屋にお別れを言ってジャックに近付く。

 ジャックが転送の力を使う時に必ず現れる深い闇は一瞬で私達を覆い、場所を移動させる。


* * *


 キラーハウスに戻った私達は、ゆっくりとした時間を過ごしていた。

 ジャッキーは初めて来る場所に警戒しつつも、数時間後には狭い隠れ場をたくさん見つけて楽しそうに動き回っていた。


 ―――誰が想像しただろうか。 こんな未来が訪れることを。


 いじめに耐え忍ぶだけの学校生活を送っていた私が、今や吸血鬼の友達と平和に過ごしている。

 ゲームオーバー後の世界は思っていたよりも居心地が良かった。

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