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ジャッジの罰

 ジャックとの“契約”を回避した私は、気を紛らわすように廃墟の奥へと足を進めた。

 古びた廃墟には一室だけ生活環境の整った部屋がある。そこがジャックの拠点。

 迷子になっていた初日が懐かしい。

 そうは言っても今現在もその“初日”に変わりない。3度目ではあるけれど。

 

「エマ、あいつが中にいる」


 ジャックは部屋の前で立ち止まると、ドアの部を見つめながら面倒くさそうにため息を吐いた。 

 ジャックの言う()()()がいったいどんな吸血鬼なのか不明確ではあるが、ジャックを取り締まりに来るほどの存在だから恐らく強いのだろう。


ガチャ――


「“禁制の力”を2度も使った“掟破りのジャック様"に罰を与えにきたよ〜!!」

(――っえ?)


 深いバイオレットの長い髪にジャックと同じ赤い瞳。 私と同じくらいの背丈をした女の吸血鬼が、ソファーの上で堂々と足を組みながら座っていた。


「この子が、あいつ?」

「あぁ()()()()の1人だ」


 “ジャッジ”と言われてもその存在が何なのか分からない私はただただ頭の中に疑問符を浮かべていた。 “禁制の力”を使った吸血鬼を取り締まる警察みたいなものだろうか?


「あたしの名前はグレース、裁判官よ」


 “裁判官” 可愛らしい見た目とは裏腹に意外な単語を口にしたグレースに戸惑いを隠せなかった。

 グレースは私に訝しげな視線を向けたまま言葉を続けた。


「てかさぁ〜、何? ジャック様は人間の女と仲良くしちゃってるの?

―――まさかこの子に力を使ったとか?」

「エマは友達だ。2度も・・・死んだ」

「と、友達ですって?あんたの口から“友達”って単語が出た?うそ、信じられないわ。しかも人間・・・・・・ あり得ないんだけど!?」


 この状況に戸惑っているのは私だけではなかった。

 今までずっと人間を殺め続けてきたジャックが他の吸血鬼からどんな印象を抱かれているのか、何となく想像はできる。

 グレースは私とジャックを交互に見ながらしばらく目をパチパチさせていた。


「ジャ、ジャック様ってこういう子がタイプだったんだ〜。マジで感情ないやつだと思ってたからちょっと安心したかも。


で・も・ね!!!?

あの力は使っちゃ駄目なの!!!」

「ああ、悪かった。もう使わない」


 決して態度を崩さない冷静なジャックに、グレースは苛立っているようにも見えた。


「はぁ、悪いけどすでに2回も使ってるんだからそれは通用しないわ。 あたしはあんたを罰するためにここへ来たわけだし」

「俺に敵うと?」

「あ〜こわいこわい。でも、()()()()思いついちゃった」


 グレースは紅色の唇をにやりと笑わせると、右腕を高く上げ、親指と人差し指を重ねて音を鳴らした。


パチンッ――・・・


 そして私の顎を掴み、淡々とこう告げる。


「エマ、5分間ジャックに殺されなかったら“友達”として認めてあげる」

「・・・どういうこと?」


 グレースがジャックに何か“力”を使ったのだと確信した私は、恐る恐るジャックの様子を伺う。


「ジャック・・・?」


 無表情で何を考えているのか分からないジャックは私のことを横目で見ると静かに口を開いた。


「・・・お前、誰だ?」


 呼吸が一瞬止まり、顔色が徐々に蒼くなっていくのを感じた。


「・・・エマだよ。わ、分からないの?」

「・・・・・・」


 ジャックは表情を変えない。

 返答がないと言うことはやっぱり私のことを忘れてしまったのだろうか。 恐らくグレースの力によって私の存在を記憶から消されてしまった。

 

 本当の“初日”に戻ってしまったと言うの?


(せっかく友達になれたのに――)


 ジャックはテーブルの上に置いてあったナイフを手に取ると、ゆっくりと私の首に近付けた。


「――っ」


 この場から逃げようと両脚に力を込めるも、ジャックに腕を掴まれ簡単に阻止されてしまった。

 ここで死んだら・・・ ジャックが私に力を使った意味がなくなってしまう。

 時間の旅を繰り返して私達は友達になれた。 まだお互いのことはよく知らないけど・・・

 もうジャックに私の死体を見せたくない――。


「離して!ジャック!」


 強めの口調で伝えてもジャックは私の腕を掴んだまま離してはくれない。


「逃げるな」


 どう足掻いても無理なのは分かってる。 それでも私は必死に抵抗する。

 “生きたい”からだ―――。

 私は今度こそ死ぬ運命を回避して、生きる道に辿り着きたい―――!


「・・・・・・はぁ」


 ジャックは小さくため息を吐いた後、私の耳元に顔を近付けてこう囁いた。


「エマ、言っただろ?俺に敵う者はいないと」

「え?」


 硬直していた表情が一瞬で和らぐ。

 ジャックは今、確かに“エマ”と言った。 


「死んだふりをしろ」


 ジャックは右手に持っていたナイフを床に落とすと、私の首に手を添えた。

 大きな手に首を包まれ、一瞬心臓が縮み上がるも優しく締められているため苦しさは感じない。

 “死んだふりをしろ”とジャックが言った言葉を思い出した私はすぐに状況を理解し、実行に移すことにした。

 

「焦らすわねぇ、ジャック様」


 グレースの視界にはしっかりとジャックが私の首を締めているように映っていた。

 あのジャックが芝居を打つなんて、意外だ。

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