違和感と安心感
「私の家にいる猫と同じ名前でびっくり」
「そうか」
“ジャック” 猫の友達と同じ名前だったからか、しばらく不思議な感覚に包まれていた。
同時にこの男に親近感が湧く。まさか本当に名前を教えてくれるとは思わなかったから、男の予想外の行動には驚いた。
暗闇に包まれているキラーハウスの中は本来怖いはずなのに今は不思議と落ち着いていられる。
ジャックと同じ名前の男が隣にいるから?
でもこいつはミア達を殺した殺人鬼だ。 こんな脅威の塊みたいな存在に対して安心感?
いや、あり得ない⸺⸺。
死んで、過去に戻って、蘇って・・・ 非現実的なことを体験しているせいか、思考がどんどんおかしくなっているんだ。
でも⸺⸺
あの3人にされてきたことを思い出すと、ジャックには感謝してもしきれない。
私物は何度も川に捨てられた。 財布を探しに川に入って溺れかけたこともある。そんな深刻な状況下でもあいつらは笑って見ていた。
トイレの水を飲まされるのは当たり前のことで、
最初は抵抗していたけど徐々にできなくなった。
あとは何だろう。 あぁ、服を脱がされ裸を撮られたこともある。ミアの靴を舐めたことも。
まだまだありすぎて、思い出すだけで苦しくなる。
立場が強い人間が弱い人間を支配する。 ミア達と私の間には権力の差が存在していた。
失うものがない私が死ななかった理由は友達のジャックがいたから。 家に帰ると傷付いた私の心を癒やすかのように寄り添って寝てくれた。
(会いたいなあ・・・)
気付けばとめどなく涙が溢れていた。
私の様子に気付いたジャックは立ち止まると大きな手で私の顔に触れながら“どうした?”と尋ねてきた。
この男は私の憎い相手をいとも簡単に殺した。 不謹慎だけど、あいつらが必死に逃げる姿を見てざまぁみろと思った。
「ジャック、お願いがあるんだけど・・・」
聞いてもらえるか分からないけど、きっと大丈夫。と思っている自分がいる。
「・・・ジャックに会いたい」
ジャックに向かってジャックに会いたいなんて台詞、紛らわしくて赤の他人が聞いたら理解できないだろう。でもこの男はすぐに分かってくれたようで
「明日、お前を家に返す」
少し目線をずらしながらそう言った。
「何言ってるの?」
「殺せない人間をここに閉じ込める必要はない」
「殺せない・・・?」
ここは“キラーハウス”だ。 生きて帰れるわけないのに。殺人鬼本人の口から「家に返す」と言われた⸺⸺?
男はどこか吹っ切れたような表情を見せた。
それはこれからも私に対する“殺意”が芽生えないということ?
言葉が見つからない私に、ジャックは続けてこう言った。
「お前が死んだ時、妙な感覚に襲われた。馬鹿な人間を殺すのは楽しい。でも、お前は別に殺さなくてもいいと思った」
この男にそんな感情があったなんて。
いじめられていた私を見て、哀れに思ってくれたのだろうか。
キラーハウスの最奥、見覚えのある部屋に到着した私はジャックに続いてソファーに腰を下ろす。
テーブルの上には見覚えのないランタン。 前は夜になると真っ暗で、暗所が苦手な私にとっては最悪に居心地の悪い場所だった。
あの時はジャックにそばにいてほしいと頼んで、何とか気持ちを落ち着かせながら夜を乗り越えていた。
今はランタンの灯りがあるおかげでだいぶ楽だ。
まさか気遣ってくれてる?なんて、そんなわけないか。これは単なる思い違いだ。だってこいつは・・・ジャックは、感情のない殺人鬼だし。
「聞いてもいい?」
「何だ?」
血まみれのチェーンソーを掃除していたジャックは首を傾げながら私に顔を向けた。
この奇妙な現実と向き合うために確認しておきたいことが山ほどあるのだ。




