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マフィアン令嬢の武闘派メイド~お嬢の闇堕ち防ぐため、不肖メイドは乙女ゲームを終わらせます~  作者: いかろす


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9/11

Ep9.その水鉄砲はメイドに効く

 清々しい朝が来た!


 リザは転生以来、最も爽やかな起床の時を迎えた。


 なんといっても、お嬢様の未来を守るという最大の任務を完遂したのだ。


 一時はどうなることかと思ったが、昨夜お嬢様から「お父様たちに伝えたら、動いてもらえることになったわ」と伝えられた。これで事は済んだのだ。


 らしくない鼻歌を口ずさみながら朝の支度を済ませ、リザは仕事の始まりを告げるベアトリーチェのモーニングコールに向かう。


 今日からはもう日々に憂うことはない。お嬢様の非業の運命にも、自分が死する運命にも怯えることはないのだ。そう思うだけで心も体も弾みだす。


 しかし、仕事は丁寧に。いたずらに主人を刺激しないよう、慎重に部屋の扉を開く。


 カーテンの隙間から挿し込む光が、広々とした部屋をかすかに照らしていた。


 瀟洒な絨毯やベッドが並ぶ様は正に上流の家といった風情だが、部屋の中心にはテーブルのような面構えをしたルーレット台が鎮座していた。


 彼女はこれを本当にテーブル代わりに使用しているため、周囲にはイスが配されている。チップやボールも置かれているため、ここで実際にルーレットをすることも可能だ。ベアトリーチェの部屋からは、時折球を投げ入れる音が聞こえて来る。


 リザは忍び足でベッドに近づく。すると、寝息に混じって声が聞こえる。


「……お父様」


 わずかな陽光に照らされるその顔は、苦悶に歪んでいた。


 今回の騒動では、父の命が狙われる可能性が示唆されていた。今までも心配事には事欠かなかっただろうが、今回ばかりは殊更だろう。


 近い将来、銃を手にする運命にある悪役令嬢──だとしても、まだ十七歳の子供だ。そもそも悪女としての芽はまだ開いていない。開くべきではないのだ。


 カーテンを開き、陽光を部屋に迎え入れる。


「おはようございます、お嬢様」


 光に顔をしかめたベアトリーチェは、いつもの凛とした風情とはかけ離れた、半分寝ている顔のままゆるゆると体を起こした。


「…………おぁよ」


 呟くと同時に、その麗しいお顔がカクンと船を漕ぐ。


 ベアトリーチェ・オニールは朝に弱い。それはゲームでも描かれなかった、彼女の可愛らしい暮らしの一面であった。


「お加減はいかがです?」

「…………大丈夫オールライト


 なにも大丈夫ではなさそうだが、彼女がこう言う時は大丈夫だ。本当に調子が悪い時には遠慮なくそれを言ってくれる。


 リザはこのままそばに立ち、彼女が調子を取り戻してベッドから立ち上がるのを待つ。朝のいつもの風景である──が、どこかに違和感を覚える。


 ベアトリーチェの細い手が伸ばされ、枕の下へ潜る。


 やがて取り出されたその手は、小ぶりな拳銃を握っていた。


 滑らかな動きで、その銃口はリザの眉間に向けられる。


 果たしてリザは──目を閉じ、不動の構えを取った。


「えいっ」


 引き金が引かれる。


 銃口から飛び出した水が、リザの顔をちょろちょろと濡らした。


「…………なんの真似でしょうか」

「なんで避けないの?」

「偽物だとわかっていたので」


 銃の真偽を見破る程度、リザにとっては造作もない。水鉄砲なら尚の事簡単である。


「なぜわざわざ濡れたのかと訊いているのだけど」

「……お嬢様に撃たれるなら、本望です」

「あら素敵。頭を撫でてあげようかしら」


 もちろんこれも甘んじて受ける。リザは身をぐっとかがめ、主人にされるがままに撫で撫でされた。


「ふふん。ねえ、この頃どうしちゃったの? そんなに可愛い顔を見せるようになって」

「それだけお嬢様が魅力的な女性に育っているのです」

「あなたの言葉、好きよ。素っ気ないけど本当だから」

「お褒めに預かり光栄です」

「リザ、あなたをお父様の護衛に推挙したわ」


 その台詞は、撫でられてニヤついていたリザを瞠目させるに十分だった。


「……口応えをお許しください。私はあくまで、お嬢様のお側にお仕えしたく存じます」

「あなたには一流になってもらいたいの。そのためには、わたしの側に居るだけじゃダメ」


 納得の意見だった。普段と異なる環境に身を置くことで得られる経験は貴重だ。


 ましてや、この非常時にボスの護衛である。ともすれば、刺客の撃退といったケースに貢献できる可能性も存在する。


「お嬢様の言い分はわかりました。ですが、この水鉄砲とは何の関係が?」

「ハワードが渋ってね。だから、試験をすることになったの」


 ハワードが自分を認めないことを、リザは自然に受け入れている。父から見た自分はまだまだ未熟者。きっとその認識は、父が死ぬその時まで変わらないだろう。


「試験はシンプルよ。期限は今日一日。わたしが水鉄砲をかけられたら負け。オーケイ?」

「……なるほど」


 上に情報を上げた程度で浮かれていた。自分はこのお嬢様の世話係であり、護衛でもあるのだ。その上、街とオニール・ファミリーを取り巻く情勢は今なお芳しくはない。


 いつ襲われてもおかしくはない身の上の彼女の身を、命に代えても守る。それがリザという命の使い道なのだ。


「全身全霊、努めさせていただきます」

「ええ。それと、失敗したら下働き(ソルジャー)からやりなおしだって」

「はい。…………はい?」


 聞こえていたはずだが、リザには意味が汲み取れなかった。

 ベアトリーチェはこほんと一つ咳払いをすると、声をグッと低めて喋りだした。


「主人一人守れないようでは、この家に──ベアトリーチェ様のそばに置いている意味がありませんから。って、ハワードが言ってたの」


 それがハワードのモノマネだとしたらまったく似ていなかったが、今のリザにはツッコミを入れる余裕すらない。


「……クビということ、ですか」


 脳裏をよぎるトラウマ──『あんた、クビよ』


「厳密にはクビじゃないわ。また研鑽を積めば、ここに戻ってこられるかもね」


 足元が覚束ない。命より大事な忠誠を奪われれば、リザには何も残らない。


「でも、こんなところでお別れなんて嫌だからね」


 ベアトリーチェがリザの手を取り、引き寄せる。


 動揺していたリザは難なく態勢を崩される。倒れ込む寸前でベッドに手を突いたが、危うく主人を押し倒してしまうところだった。


 先ほどまで寝言を漏らしていた少女のそれとは思えぬ美しき姿を目の前に、リザは顔が紅潮していくのを感じる。水鉄砲でかけられたはずの水分は、主人への思慕が一瞬の内に蒸発させた。


「わたしたちは生き死にを共にするのだから、近くに居ないと。リザだって、わたしの近くに居たいでしょ?」


 失敗するわけにはいかない。しくじれば二度目の人生までもが終わる。


「ご安心いただけるよう、努めさせていただきます」


 大きな運命の試練を回避したかと思えば、より大きな試練が降りかかる。これも人生の常というものか。


 リザは平生を装いながら、吐き気を我慢している。




 着替えを済ませたベアトリーチェは、朝食の席に向かうべく廊下を進んでいた。リザは主人の一歩後ろに着き、警戒を巡らせている。


 オニールの家では、取れるときには家族で食事を取るのが習慣になっていた。今日は家族だけでなく、幹部連中も食卓に着く予定だという。


 ベアトリーチェ専属の付き人といえど、組織におけるリザの位はお世辞にも高いとはいえない。よってオニールの食卓に顔を出すことも基本的には許されていない。


「お嬢様、食卓に護衛は必要でしょうか」

「あなたはどう思う?」


 質問したとて答えが返ってくるわけではないようだ。


 無愛想な面構えのメイドが食卓に居座ってはせっかくの食事も興冷めだろう。しかし、配慮した末にお嬢様をずぶ濡れにされては言い訳のしようもない。果たして、どうすべきか。


 ベアトリーチェの私室は屋敷の二階にあり、食卓は一階にある。二人は今、階段へ向かうための曲がり角に差し掛かろうとしていた。


「お嬢様、失礼します」


 一歩後ろに着いていたリザが、彼女の脇を抜けて前へ。懐から手鏡を取り出し、曲がり角に差し出して道の先を確認する。


 鏡には、ある筈の階段が映っていない。

 上等なスーツのジャケットが、鏡に映る空間を埋めている。


 リザは身を引くと同時にベアトリーチェの体をソフトに押して退かせる。


 瞬間、二人の居た空間を棒状の物体が駆け抜ける。全力で振り抜かれている──回避しなければ怪我は免れない一撃。


 リザはそれを腕で受け止める。異様に重い一撃だった。


 棒状の物体は、持ち手の部分が鳥を象っている杖だった。オニールの家でそれを持っている人間は一人しか居ない。


 年齢をまるで感じさせない機敏な老淑女。


 相談役コンシリエーレ、シャークリン・マクガヴァンである。


 その左手には、水鉄砲が握られている。


 〈To be continued〉

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