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マフィアン令嬢の武闘派メイド~お嬢の闇堕ち防ぐため、不肖メイドは乙女ゲームを終わらせます~  作者: いかろす


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3/10

Ep3.ドキッ! お嬢様との夜の密会

 リザ・ストーン:ベアトリーチェに仕えるメイド。寡黙でストイックな仕事人。武芸に長けており、主人の世話から汚れ仕事まで十全にこなす。



 キャラクタープロフィールには、たしかそう記されていた。


 そんなリザ・ストーンの前には、禁欲的(ストイック)とは正反対の甘い香りを放つお菓子が鎮座していた。

 カラリと揚げた筒型のパイ生地に、リコッタチーズのクリームをたっぷり詰めたあま~いカロリー爆弾。イタリア由来のお菓子で、名をカンノーリという。


 夜半。仕事を終え、寝間着に着替えたリザの前にはカンノーリの入った箱が置かれている。もちろん観賞用でも贈答用でもなく、今からかっ食らう夜食である。


 ──すまない私。割れた腹筋は維持するから許してくれ。


 たゆまぬ努力によって磨かれてきた肉体だが、今ばかりは脳を回すために糖分が欲しかった。リザとして普段通り振る舞うにも脳に負担を強いているのだ。


 カンノーリの横には、紙とペンが置かれている。お世辞にも綺麗とは言えないリザの字で「オニール・ファミリー」「ヴィスコンティ・ファミリー」と記されていた。


 リザは睡眠とトレーニングの時間を削り、これより先の行動指針を作ることにした。

 知りうる限りの〈紅のオメルタ〉にまつわる情報を書き出し、必要になりそうな情報をピックアップ。そして、心中エンドをぶち壊すための材料を探すのだ。


 カンノーリを躊躇なくぱくり。脂肪と糖の暴力的な味わいで脳がぐるぐると回り出す。

 リザはその勢いままに、一番最初に思いついたアイデアをさっと書き記した。



 主人公──クレア・ヴィスコンティを殺す。



 書き終えた瞬間に二重線で消した。それどころか誰にも見られないよう塗りつぶした。


 ──んなことできるか!


 ゲームの主人公側にあたるファミリーの、その一人娘である。常に護衛の目が光っているだろう。

 それに、大好きなゲームの世界である。可能な限り、壊したくはなかった。


 ひとまず情報を整理しなくてはいけない。まずは各ファミリーの情報から……



「なにしてるの?」



 聞き心地の良い、鈴の音のような声が背後からかかる。

 普段は耳にするだけで嬉しいその声が、今だけは真逆の印象に化ける。リザは「ンヒィ!」と声を上げながら飛び退いた。


「お、お嬢様……なぜここに」


 リザの自室はオニール邸内に用意されている。なにかあった時即応できるようにという理由もあって、主人の部屋と同じ廊下の並びに置かれていた。


 ここに現れる可能性もゼロではない。ないが……主人は既に眠ったものとばかり思っていた。先程「おやすみなさいませ」と告げてきたばかりだったのに。


「お手洗いに立ったら、なんだか美味しそうな匂いがしたから。で、なにしてるの?」


 部屋の外まで漏れるほどの匂いだろうか。それとも、この部屋に持ち込む段階で気づかれていたのか。真相はお嬢様の中にしかない。


 ──いつから居た? どこまで見られた?


 ドアの音すら聞こえなかった。戦闘の訓練を受けているリザも顔負けの隠密行動(スニーキング)である。


 しかし、いつから居たのですかとバカ正直に訊くわけにもいかない。


 妄想を書き連ねて……という言い訳も考えたが、この世界ではオニールとかヴィスコンティが現実なのだ。そもそも、この時代に二次創作とか夢小説という概念は存在しない。


 聡明な主人には、雑な嘘も見抜かれてしまうだろう。この際、主人に転生のことを一切合切話してしまおうか。


「夜食を貪る元気があるなら、もう熱も大丈夫そうね」


 予想外な主人の労いの言葉を受け、リザは焦りを抱いた己を恥じた。


 ともすれば、この方はリザの身をまだ案じていて、ここに来てくれたのかもしれない。いや、そうに違いない。

 なのに自分は、隠し事をして勝手に焦って冷や汗を流している。なんと愚かなのだろう。なんと馬鹿なのだろう。


「……申し訳ありません」

「どうして謝るの?」


 転生の事実を打ち明けるのは、ひとまず避けておくこととする。

 主人の言葉を受け、リザはこの場を切り抜ける上手い言い訳を思いついていた。それに、転生について上手く伝えられるとも思えない。


「あの熱病の以後、少しばかり記憶が混濁しているようなのです。なので、色々と書き出して確認をしておりました」

「そうだったの……もっと早く言いなさい」


 そう言うと、ベアトリーチェはカンノーリの皿を取り上げながら、リザのベッドに腰を下ろした。


「記憶を確認するなら、一人より二人の方がきっといいわ。手伝ってあげる」


 にっこりと笑いながら告げた主人は、カンノーリをかじった。チーズクリームが唇の端に付いている。


 ──お嬢様と、共同作業?


 棚ぼたである。記憶の混濁は事実に基づく上手い言い訳だと自分でも思っていたが、お嬢様との蜜月まで手に入るとは。こんな褒美があっていいのか。


 内心の動揺と高揚を押さえつけながら、リザは頭を下げる。


「お言葉に甘えても、よろしいでしょうか」

「お代はこれってことで」


 カンノーリの皿を指し示す主人を前に、リザの脳裏を父ハワードの声がよぎる。


『厚意に甘えすぎることを覚えてはいけませんよ』


 ──申し訳ありません父上。早くも甘えております。


 必要な作業だからと自分に言い聞かせながら、リザは主人とのディスカッションを開始した。


「では……オニール・ファミリーのボスは、フレデリック・オニール様ですよね?」

「そんなことも忘れちゃったの?」

「忘れてはいません。確認です」


 マフィアの人間がボスの名前を忘れるなど言語道断。しかし、今のリザはその確認を必要としていた。

 風子の記憶とリザの記憶では、オニール・ファミリーのボスや脇を固めるメンバーが異なっているのだ。現状をまとめるなら、こんなところだろうか。



 現オニール・ファミリー:ボスは壮年の豪胆な男、フレデリック・オニール。それを相談役のシャークリンや付き人のハワードが支えている。ボスの妻は既に病で他界しており、血縁はまだ年若い息子と娘が一人ずついるのみ。



 だが、ゲームにおける概要は──



 オニール・ファミリー:若きボス、ケヴィン・オニールが取り仕切る都市型マフィア。しかしボスのケヴィンは小心者であり、彼の背後に居る妹のベアトリーチェがブレーンとして、実質的なボスを務めている。



 この通りである。

 現体制の記述で「息子と娘」とまとめられている二人が、ゲームでは組織を牛耳る役割を担っている。


 代替わりが起きているのだ。それも、この三月から春に至るまでの短い期間に。


「……お嬢様、最近キナ臭い噂はありませんか? その……抗争になる、だとか」

「わたしの知る限りはない筈だけど……どうして?」

「私がまだ本調子ではないので、お嬢様の身に何かあっては困ると思いまして」


 真実を練り固めた嘘。本心から言っているとわかっていても、罪悪感は募る。


「今はわたしより自分の心配をなさい。……ついでにわたしからも一つ。お父様に関して、最近なにか変わったことはなかった?」

「ボスですか。あまり会う機会もないので……お力になれず、申し訳ありません」


 意図の掴めない問いだった。主人も主人で何か探っているのだろうか。


「そう……変なこと聞いてごめんなさい、忘れて。はい、あ~ん」


 主人がカンノーリを差し出してきた。拒否する理由はまったくない。あ~ん。


おいしい(ヤミー)?」

幸せ(ハッピー)です」


 なんだか的外れな返答になってしまったが、心の底からの気持ちを言ったまでだ。


 主人が言うのだから、今はまだ抗争も何も起きていないのだろう。もしくは、オニールの把握していない水面下で起きているのか。

 実際、ゲームにおいては「先日のストリート・ギャングとの抗争にてボスが死亡。それに伴い、息子のケヴィン・オニールがボスを務めることとなった」と言及されていた。


 つまりこの先、春が来るまでの短い間にオニール・ファミリーは抗争に苛まれる。そしてボスが殺され、若い長男が──ひいては娘が先頭に立つ。


 その後オニール・ファミリーは大きく方向転換し、暴力的な手段に訴えてでも勢力を拡大するため動き始める。その一環で、主人公勢にあたる〈ヴィスコンティ・ファミリー〉とも抗争状態に突入する。


 その先はルートによって異なるが、すべてのルートでベアトリーチェは死亡している。クレアが駆け落ちするルートも存在するが、そこでも主人の闇堕ちは変わらない。


「クレアについても何か書いていたようだけど、ちゃんと覚えてる?」


 サッと血の気が引いた。


 見られていた。

 クレア・ヴィスコンティを殺す、などと書いていたのが。

 いや、ギリギリ塗り潰している途中か? そうであってくれ。


「……お、覚えております」


 乙女ゲーの主人公だ。言われなくとも記憶に刻みつけられている。この世界で生きていれば、いずれ遭遇する時もあるだろう。


「そう。クレアはあなたを気に入ってるみたいだから、忘れていなくてよかったわ」


 ベアトリーチェは当初、主人公の親友として登場する。それが後々ラスボスへと化けていく、というのがシナリオの筋になっている。


「そういうえばあの子、素敵な付き人が欲しいとか言ってたわね」


 スッと伸びてきた主人の手が、リザの手に重ねられる。


「わたしの前から居なくなっちゃ、いやよ?」


 興奮の余り、リザは握っていたペンをへし折ってしまった。


「一生お仕えさせていただきます」

「ありがとう。ふふっ」


 その後も色々話し込み、記憶の確認ということで情報を整理していた。その内、主人の口から大きなあくびが発された。


「ごめんなさい。そろそろ寝るわ」

「申し訳ありません、お手間を取らせてしまい……お部屋まで抱えてお連れします」

「子供じゃないんだから。いいのよ、わたしの懐刀(コンフィダント)にはいつでも万全で居てほしいもの」


 それから一緒に歯を磨き、おやすみの挨拶を言い合って主人と別れた。

 自室に戻ったリザは、即座にベッドへと身を投げる。


 ──危なかった。


 まさか、見られているとは思わなかった。

 プライバシーなどは正直どうでも良く、むしろ主人にいつ見られても恥ずかしくない己で居たい。だが、それとこれとは話が別だ。


 よくよく考えれば、知識欲の強い主人が転生について知れば、自分の未来を知りたがるのではないだろうか。

 主人が未来の可能性について知れば、それが契機となって悪逆の芽が開くかもしれない。そういう意味でも、危なかった。転生については伝えないことを基本方針としていくべきだ。


 そして、もう一つの方針──未来を変える手段も、定まった。


 オニール・ファミリーの転換点。抗争におけるボスの死を防ぐ。


 現状、オニール・ファミリーは大人たちの経営で回っている。それが崩れて暴走に至るのなら、現状を維持すればいい。


 結論を出したところで、次は手段が問題だった。

 ゲームシナリオの通りなら、抗争は確実に起きる。それをファミリーに周知し、ボスが殺されないよう警戒態勢を敷く必要がある。

 伝える情報には具体性と信頼に足るソースが必要だ。現状リザにはそれらの持ち合わせがなく、これらの調達が急務となる。


 そして、それを持っていそうな人間といえば──情報屋。

 心当たりはあった。というより、もうリザ=風子にはそれしか手段が残されていない。


 それすなわち、『紅のオメルタ』攻略対象の一人──中国人の情報屋、ヤオ・フウリンに接触し、情報を手に入れる。

 ストリート・ギャングが抗争に乗り出すなら、街のどこかに兆候がある筈だ。そして凄腕の情報屋であれば、その兆候はきっと掴んでいる。


 現時点でリザとヤオに接点はなかった。彼と関係を築くのは容易ではないだろう。特に、オニールの家に仕える〈白人〉のリザには。


 だとしても、上手くやるしかない。人の命が、輝かしき少女の未来が懸かっている。


 それに、リザはこの方針を取ることにわずかながら安堵していた。

 情報屋との交渉。とりもなおさず、暴力的な手段を用いない解決法である。

 マフィアの世界で未来を変えるとなれば、誰かをぶっ飛ばすだの殺すだのが必要そうなものである。だが、交渉であれば暴力を使う必要がない。


 穏便に事を済ませられる──それ以上に嬉しいこともあるまい。


 〈To be continued〉

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